Take‐26 映画『チェンジリング(Chengeling)』(2008)は面白かったのか?

 (;´Д`) ネタバレだからね。注意してね。



 こないだ、電車に乗っていると、 ずいぶん若いお母さんが息子と娘を連れて駆け込んできたのね。


 お母さんは子供たちに「あ~もう、ちゃんと座りなさい!」トカお説教。 それからかれこれ五つほど駅を通過した頃ですかね。


「あっ!」 と、お母さん。


「ごめん!電車の方向間違ってた!」


 このお母さん、やたら声がデカいもんだから周りの人が半笑い……。


「ごめーん、ごめんね~」 と、ひたすら謝りまくるお母さんにもはや先程までの威厳なし。


 すると男の子が「ふぇ~ん……うぇうぇ~ん」 と泣き始める。


 (;´∀`) ナ… ナゼ、ナク?


 そんな私の心の声はお母さんの声と偶然にも一致。すると、お兄ちゃんに同調したのか妹の方も「ふぃ~ん…… ほぇ~ん…… 」 と泣き始める。ナニこの状況?


 このあたりですでに笑いを噛み殺していた車内の人々がマジ笑いにシフト・チェンジ。


 妹は 「おうち、帰れるー?」 と不安そう。 その表情はもはや 「なんでホタル死んでしもうたん?」 と、訴えかける『蛍の墓』の節子。


 私といえばお母さんと再びシンクロ。

 

 (;´∀`)イヤ、カエレル、カエレルカラ……


 ようやく次の駅について、「さ、乗り換えるから、いくよ」 とお母さん。


 そしたらお兄ちゃん、すでにケロッとしていて、もう、なんか面倒くなっちゃったんだろね。「えー、別に乗り換えなくても大丈夫なんじゃない?」 と。


 (ー_ー;) イヤ、ソコハダイジョウブジャナイトオモウゾ……。


 楽しくてほがらかでシュールな時間をありがとう、お母さん。でもあなた、方向間違ってんの気付くの遅すぎだから。


 ども、ペイザンヌです。


 世の中にはそんなほがらかな母子もいれば、そうはいかぬ母子もいます。


 クリント・イーストウッド監督の『チェンジリング』はこの十年の中でベスト10に入るくらい好きな作品です。


 随分前に観たのに、この映画を思い出せばいまだに震えます。これも1920年にロスで実際に起こった事件を扱った映画であります。


 ある日、突然失踪した息子。そして警察の怠慢でまったく別の子供をことになってしまった母親アンジェリーナ・ジョリー


 そういうストーリーなんでタイトルは“変える”の進行形だとしばらく思ってたけど、考えてみりゃ、そりゃ『チェンジング』(Chenging)だわなと、自分の英語力のなさを思い知ります。


『チェンジリング』とは神話などで可愛い人間の子供を誘拐した小鬼が代わりに醜い子供(エルフ、トロール、または木彫りの人形という話もある)を置いていく伝説を指します。


 医療がまだ発達していない時代、子供が他の子らと違う行動や言動をしたり、または反対に妙に賢かったり(サヴァンなど)した場合、それらの対応や理由づけとしてこのような話が作られたのではないかという説もあるそうです。


 自分の子供がこの“取り換え”か、どうかを確かめるため鞭で打ったり、中にはかまの中に入れて焼き殺してしまったというケースもあったそうですから怖いですやね。魔女狩りに通ずるものがあります。


 そんなわけですから、あまり赤ん坊や子供を「かわい~かわい~」など言ってると、小鬼や妖精が嫉妬してさらっていってしまうらしいので世のお母さん方は気を付けた方がよろしいかと。


 子供をさらうといえば日本にも鬼子母神の話などがありますが、あれは食っちまいますからね。代わりには何も置いていかない(笑)

 ただ、釈迦によって自分の子供を奪われた時には気が狂ったように世界中を探し回り許しを乞う。オチもあるしストーリー展開としてはこっちの日本というかアジア側の方が面白いんじゃないかなとも思っちゃいます。


 大江健三郎様の小説にも『取り換え子』という作品があると聞きます。筆者と映画監督伊丹十三の生前のやりとりがモチーフになっているらしいので機会があればこちらもぜひ読んでみたいものです。伊丹十三監督は大江健三郎様の『静かな生活(1995)』も映画化してますが、そちらも音楽の才能に恵まれながら障がいを持つ息子のストーリーなのでやはり何かしらこの“取り換え子”のテーマと関係があるのでしょうね。



 で、『チェンジリング』。


 観る前は苦手な方の映画かなーと思ってたもののサイコ・ミステリーっぽい展開が性に合い、ぐいぐいと、まさにグイグイと引き込まれてしまったあっという間の二時間。


 考えてみるとクリント・イーストウッドの主演映画や初期の監督作品にはサイコな人間がわさわさ登場します。有名どころだと『ダーティー・ハリー(1971)』しかり、初監督作品『恐怖のメロディ(1971)』それに続く『白い肌の異常な夜(1971)』だってそう。その辺の見せ方や扱い方は身体に染み付いているのかもしれませんやね。



 怖い、とか、悲しい映画だという人が多いけど、この映画に私が感じたのはこの一点。


 “救い”


 神々こうごうしさというのか、神とゆーものがいるとするなら、なぜ、与えておいて奪うのか?


 そして、なぜ奪っておきながらまた(慰みを)与えるのか?


 このあたりをストレートというよりは“感覚的”に伝えてくれる映画だと思っております。


  このテーマは二年後に公開された『ヒア・アフター(2010)』でもう一度取り上げられることになりますが、たまたま作中で洪水を扱っていたため、3.11.東日本大震災後の日本では公開が先送りされた映画でした。


 さらに本作の五年前には『ミスティック・リバー(2003)』という誘拐された子供目線からの映画を撮っていて、こちらは悲劇の形で終わってはいるものの、三部作といっていいくらいこの頃のイーストウッドはこういった不遇に見舞われた際にいかに心を保っていけばよいのかといったような作品を作り続けているような気がします。


『チェンジリング』は本当に悲しい残酷な映画です。にも関わらず、ポスターやDVDパッケージの写真で見られるあのシーンのなんと美しいことか!


 必死で捜索したにも関わらず、無残に殺されていたとわかる息子。望みもなく、悲観にくれる母親にある時訪れた一筋の光。


 それがこのポスターの場面です。


“息子は死ぬまで勇敢であり、正義であった”


 その〈真実〉を聞いたとき、母親はどれほど自分の息子を誇りに思ったことだろう。


 同時にその〈真実〉こそが絶望の淵にいた母親に“生きる”望みを与えたことが、力強く歩き去っていくラスト・シーンでわかります。


 どんなにそうでないふりをしてみても、そうではないと夢想してみても、所詮人間とは孤独であり、世界は残酷であります。しばしば旅の途中でそれに立ち向かっていくためのが必要になってくることがあります。


“あなたを感じたい” でもよい。


“あなたの噂が聴きたい” だって構わない。


 そして願わくばその噂が良いものでありますようにと。


 とても見えにくいけど、気付かぬうちに自分自身がそのになってしまっていることだって時にはあるかもしれない。


 聖書にある『人の見てないところで善行をしなさい』という一節は有名ですが、単純なようでなかなかどうして奥深い言葉です。


 もし、これに「なぜ?」と問いかけるのであれば「いいからしなさい」と言われることがなんとなく一番の答えのような気がします。


『情けは人の為ならず』というのも同じで、これは多分、誰のためとか自分に返ってくるためとかそんなものを越えた ーー目に見えぬ何かを“繋ぐ”ための言葉じゃないかと。


 どちらかといえば“時間”と密接な関係があり“ときが誰かの傷を癒す”といった言葉に近いような。


『チェンジリング』は、そんなことを感じさせてくれた一本でありました。







【本作からの枝分かれ映画、勝手に三選】



★『フライト・プラン(2005)』

…… 高度一万フィート上空、旅客機という密室内で娘が煙のように消失した。乗員も乗客も誰一人として娘の姿を見ていないという。夫の突然の事故死のため遺体を空輸途中だった主人公。彼女の精神が病んでいるのか、それとも……。本作とは趣が違うサスペンス……であるが、どうにも後半がぐだくだしているため???となる部分が多いのが残念。ジョディ・フォスター主演。



★『失踪 (1993)』

…… 今、調べてみると〈妄想は究極の凶器〉なるサブタイトルが付いていましたが、そんなもの公開時についてたっけな? ドライブ中にサービスエリアで彼女が煙のように突然消えた。全ては謎のまま数年が経ち、主人公は新しい恋人との生活を送っていたが、ある日見知らぬ大学教授が「あの時の答えが知りたくはないか?」と彼のもとに現れる……。

 若かりし頃のキーファー・サザーランドが主演。文字通り“過去を掘り返す”恐怖、人間の好奇心、そしてあまりにも不条理で異常な感覚のジェフ・ブリッジはスが怪しく、怖い! 不思議な感覚の上質ホラー・サスペンスです。



★『ブラッド・ワーク(2002)』

…… イーストウッド制作・監督・主演のサスペンス。心臓移植をしたFBI心理分析官が因縁ある猟奇殺人犯を追う。この映画には“心理的”ドンデン返しがあるのですが、そんなことを思って観ていなかったせいか私は全く気付きませんでした。三選で扱うにはもったいないほどで、できれば本編の方で扱いたかったくらいの本当に面白い良作、いや、傑作です。これは隠れた名作だと思いますんで、未見の方はぜひとも死ぬ前に(笑)

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