Identity ~異世界冒険譚~

雨弓落葉

Prologue

第0話―A とある少年の憎悪


 ――「前世の記憶を持っている」。


 そんな世迷い言を口にすれば、きっと周囲の大人達は僕の事を「悪魔憑き」だの「頭がおかしい」だのと罵り、挙句の果てには処刑されるか、はたまた奴隷に落とされるかだ。

 保守的で閉鎖的な村に生まれた僕は、前世の記憶については誰にも語るつもりはなかった。


 ――――けれど。


 正直なところ、僕はあの日――つまりは、前世の記憶がありながらも、こんな「剣と魔法のファンタジー」のような世界に新たな生を受け、慎重に行動しているつもりであったにも関わらず、どこか有頂天になって日々を過ごしていた。


 周りの子供達がわがまま放題に大騒ぎしている中、魔力の扱い方を学び、早速とばかりに魔力の増幅を狙って無茶を始めた。

 周りの子供達が友達同士でイタズラばかりを繰り返す中、僕だけは村はずれの森まで出て、魔法の研究を続けながら狩りを始めた。


 それらは前世で読み漁ったライトノベルでも多く取り沙汰されてきた内容で、僕もまた力が必要なのだと、渇望しつつも憧憬に胸を焦がしながら、そんな空想を実現できているのだという喜びに溺れていたのだと、思う。


 ――――だから気付かなかったのだろう。


「――ルジン、だな?」


 甲冑を着た兵達に槍や剣を突き付けられた。

 そんな僕を取り囲む兵達を更に囲む、村の大人達。彼らからの冷たい蔑むような視線を受けている事にさえ、僕はその時になって初めて気が付いたんだ。

 その大人達の中には、今生の父と母の姿もあった。


「そうですけど、何か?」

「フン、成る程な。やはりこの村の者達が言うように、貴様はその見た目通りの年端のいかぬ子供という訳ではなさそうだな。普通、子供ならばこの異常な事態に取り乱してもおかしくはないというのに」


 一人の偉そうな男が、忌々しげに僕を睨みつけながら告げる。


 それは、僕が危惧して、隠し通してきたつもりの真実。

 僕自身は隠しているつもりでも、僕自身の異常さは、閉鎖的な環境だからこそ、尚更に浮いているという事に、僕は気付いてすらいなかったのだ。


 そう、僕は異世界転生で、失敗してしまったのだ。

 心の中では自分は周囲とは違うのだと自惚れ、調子に乗り、ヘマなんてしないと高を括っていた結果が――これなのだ。


 どこかで信頼していたのだ。

 確かに両親には少々不思議な子供だと思われてしまっている節もあったし、周囲の大人達は僕を遠巻きに見ている事が多かった。そのせいで、大人達とまともに話したのはいつだったかさえ、今ではよくよく思い出せない程に疎遠だった。


 思わず愕然としてしまい、まともな思考が働いてすらいなかった。


 後にして思えば、ここで逃げる事はできなくもなかった。

 覚えた魔法を使えば、大人にだってそうそう負けないという自信もあった。

 狩りで魔物を倒しているからこそ、一般的な大人よりも自分は強いのだという確信があった。


 しかし、相手の方が一枚上手だったのだ。

 愕然としてしまった僕の首に――――首輪がかけられた。


「そいつは『隷属の首輪』と言ってな。本来なら従魔として使う魔物を抑制する為に使う代物だ。だが、本来の開発用途は、このように人に対して使う為に開発されたものでな。人に使うのは禁止されているが――悪魔憑きの貴様は、人ですらないからな」


 ニタリと笑みを浮かべて告げた、偉そうな男の物言いと顔。

 そんな男に、村長が駆け寄った。


「き、騎士様! 悪魔憑きを報告したのです! 約束通り、次の税は何卒……!」

「あぁ、そういう約束だったな。なに、心配するな」

「おぉ、有難うございます!」


 そういう事か、と瞬時に理解した。

 つまり僕は敬遠こそされていたものの、悪魔憑きかどうかなんて村の皆にはあまり関係なかったのだ。


 ただ、今年の不作を責められぬように。

 その代わりになる手柄として、僕という不気味な少年を差し出した。

 行商人のおっちゃんから聞いた事がある。

 確か領主様は、教会に取り入ろうとしていて色々と手を回しているのだ、とか。

 つまりこれは、そういう事でもあるのだろう、と。


 村は今年の税を軽くする為に、僕という存在を差し出した。

 きっと僕はこれから、領主によって教会に差し出される。

 悪魔憑きを差し出した事で、敬虔な信徒であるとでもアピールするつもりなのだろう。


 お互いに利があるからこそ、僕はその駒として利用されたわけだ。


「……フザ、け、やがって……ッ」


 薄れゆく意識の中で、僕はその男に――いや、全てに対して、絶望と復讐を誓った。





 それが――僕の最後の記憶だった。

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