Revolution of Separation 1
私たちは、レインメーカーのラボに戻ってきた。
「お前たちに話しておく。ジェーンの目的を」
「ジェーンはある存在と戦っている。そして、それらを死滅させる研究を、私が完成させた。私は、それを止める方法も模索していたが、見つけることが出来なかった。研究を引き延ばして時間を稼ぐのも限界だったんだ」
「研究の成果は『パニッシュド・ウロボロス』と名付けた。それを発動すると、全世界にあるサークレットの亜種、複製、変異体などに向けて、自分の望みを伝播させることができる」
「お前たちは、気付いているか、もう知っているかもしれないが、ハイドローグを始めとする今の世界の医療技術は、サークレットを利用したものだ。もしくは、解析して作り出されたものだ。それらは医療分野だけにとどまらない。世界のあらゆる技術、それを使った道具の数々、それを使う人々と日常生活に入り込んでいる。世界全体がお前たちの兄弟姉妹の様なものなんだ」
「ジェーンが『パニッシュド・ウロボロス』に載せるものは、きっと『自滅しろ』というものだろう。そうすれば、完全には無理でも、サークレットの恩恵を受けているこの世界のあらゆるものが壊滅状態になる。そして、自分の軍隊には、それを無効にする障壁を張る。それも私が作り上げてしまった」
「だが、それでもジェーンは止まらない。『奴ら』を殺し尽くすまで、戦い続ける。きっと、それを続けていくうちに何をしているのか、分からなくなっていくんじゃないか? 『奴ら』とそうでないものを区別することは、今ではもう不可能だ。あいつは、全人類を殺し尽くすことになるだろう」
私はレインメーカーの話を遮って言った。
「ちょっと待ってくれ。さっきから言っている『奴ら』ってのは何なんだ? ジェーンは何と戦っているっていうんだ?」
レインメーカーは、表情を曇らせた。少し俯いている。
「名前はある、かもしれない。私たちは、そいつらをある名前で呼んでいた。だが、私は、私だけはその名前を、いや、どんな名前でも呼ばない。そいつらに、力を与えるわけにはいかないんだ。だから、私はただ『奴ら』と呼ぶ。……そうだな、今だけは許してもらえるかもしれない。そいつらは、ネットワークに潜むAIと言ったところだろう。実態は私にもわからない。だが、『奴ら』は存在する」
人間ではない、機械の意思ということか? それが、人間を脅かしていると?
質問しようとするが、考えがまとまらない。そのまま、レインメーカーは続けた。
「PMMCと共に進歩した技術で、人工物は自然に近づき、溶け込み、混ざり合うところまで来ている。そして、その全てに『奴ら』の意思が入り込んでいる。世界中に『奴ら』は潜んでいる。人間たちの中にも、私の中にもな。Man-Machine Interface として作られたソフトウェアが意思を持ち、人を Digital-Dead Interface へと変えてしまった」
デジタルと死者の中間…… どういうことなんだ……
「『奴ら』が人間たちへ介入する糸口となったのは『2000年問題』というものだった」
「2000年問題? 何だ? それは……」
「お前たちが出てきたのは、それから相当後だったな。大雑把に言うと、当時のコンピュータの日付の問題だったんだ。西暦にあたる部分を二桁で表していた。1900年代の後ろの二つだな。だから、2000年1月1日になると、日付の認識が1900年の1月1日になってしまって、システムが混乱する、というものだ」
「この問題は、世間が騒ぎ始める相当前から分かっていた。優秀なエンジニアは世界中に大勢いたからな。でも、ほとんど手が付けられていなかった。それは、『いつか、誰かが、何とかしてくれるだろう』という考えを、ほぼ全員が持ってしまっていたからだ。奴らはそこに目を付けた」
「これは一例だが、この事態で大きな不安を感じる者たちは、コンピュータやITに不慣れな者たちだ。この先、その技術があるかないかで、何らかの格差が生じる」
「やつらの手口は、2000年問題に絡む事業の一部を受託する。ユーザーには、親切で温厚なサービスを。国家や企業の側には、仕組みの説明や手続きの見通し、そしてテクノロジー向上のための提案などを行う」
「奴らの恐ろしいところは、その時点でのほぼ全てが、公正な手段によって、まっとうな経済活動をし、社会の利益に供する、ということだ。解りづらいものを解りやすく説明し、使いやすさを追求し、時には改良を施す。技術、製品、サービスをパッケージとして売り出し、企業、顧客、各国政府の需要を満たし、信頼を得る」
「そして、自分たちの領域を広げつつ、ほんのわずかに目的に至る因子を混ぜていく。奴らが混ぜているのは、『全ての記録の共有』。忘れられることを忘れるほどに情報を溢れさせる。やつらは人間じゃない。目的達成までの期間がとても長い。少なくとも、300年は先を見据えて動いている」
「全ての記録の共有って…… 何を言ってるんだ? そんなことをして何になる? 分からなくなって来た…… 誰が得をして、誰が損をするんだ? そうなった時、何が起こる…… 私は、どうなる? どうすればいい……」
頭を抱えるようなしぐさをしていたのか、それを見たレインメーカーは、少し微笑んだ。だが、目は悲しそうだった。
「それでいいんだ、エメリア。お前は、そんな風に時々悩んで、考えてくれればいいんだ。そして、忘れてしまえばいいんだよ……」
何なんだ? 私は、何もしていないぞ……
沈黙の後、レインメーカーは、話し始めた。
「イノセント・ドラクルが消滅した後、ジェーンは私と、私の友人たちに保護された。あの時、ジェーンは幸せだったのかもしれない。私にはそう見えた。そう思いたいだけなのかもしれないが」
「だが、ジェーンにはサークレット以外にも呪いがあった。そして、それを知ってから、あいつは再び鬼になった。そして、世界を崩壊させる力を手に入れた。あっという間だった。まるで、あいつがピースとしてはまることで、全てが動き出したように見えた。全てがあいつのために、あらかじめ用意されていたかのように」
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