読み、書き、演算、記録、制御、そして還元

 アーニャを呼んで、状況を伝えた。こんな所で再開するとは妙なものだ。だが、嬉しいな。私は。


 それから、ジャクリーンに少し話してもらった。


「私は、自分の体を全てハイドローグにした。その先を見る為に」


「私の体は、サークレットの影響でハイドローグがさらに変化している。サークレットが関わったものを、エネルギーとして取り込むことが出来るんだ。レインメーカーと一緒に作り上げた」


「医療の進化で戦場は変わった。体が失われても再生できる。脳が破壊されない限り、終わりは無い。破壊と再生を繰り返し、脳以外に生身の体は無くなる。そして、脳が生身だと言える保証もなくなる。」


「私が見つけた役目は、誰かの記録や記憶を私の中に置くこと。そして、力の一部を学ぶこと。妙な言い方になってしまうかもしれないが、死肉を喰らうことで、戦場で生き延びた。戦場以外でも、似たようなことをしてきた。そして、ここへたどり着いた」


「レインメーカーとは、うまくやってきた。私の力を一緒に育ててもらった。ハイドローグの作り方。兵士たちの弔い方。人間との語らい。私が守らなくちゃいけなかったのにな……」


 ジャクリーンが話し終えてから、一呼吸おいて聞いた。

「レインメーカーは、今どこにいると思う?」

「彼女の体のハイドローグの痕跡を辿ってきた。それをもう一度辿っていこうと思うが…… この辺りの地図を持っているか?」

「うん。持っているよ」

 アーニャが小型のタブレット端末を取り出し、私たちの現在地をマップで表示させた。ジャクリーンはそれを見て考え、あるポイントを指差した。

「この建物。おそらく何かの倉庫だろう。そこに、彼女の『足跡』が続いている」

「わかった。行こう」

 私たちはラボから出た。また、三人で進めるとはな。


 私は二人に先行して、警戒しながら進む。

 妙だ…… 静かすぎる。敵がいない。あのラボからここまで一人の敵も見ていない。何故だ?

 倉庫が見えた。ジャクリーンを見る。

 あれか? と指を差して示す。ジャクリーンは頷いた。扉に近づきゆっくりと開ける。内側に入り、扉の後ろも確認。中に一人の女がいた。その女に尋ねる。

「お前が、レインメーカーか?」

「……そうだ」

「ちょっと待ってろ」

 私は、外に出て二人を呼ぶ。

「アーニャ、確認してくれ。居るのは彼女一人だけだ」

「うん」

 三人で倉庫に戻る。

「レインメーカー!」

 アーニャが叫んだ。

「アーニャ。お前が来てくれるとは…… だが、ジャクリーンも来てくれたようだ。泣けてくるな……」

 二人はレインメーカーに近寄り、無事であることを喜んだようだ。その表情が少し曇り、二人同時に声を上げた。

「すまない……」「ごめん……」

「謝ることなんて無い。私こそすまなかったな」

 レインメーカーが答えると、二人の顔は少し明るくなった。それから、レインメーカーは私を見て言った。

「お前はエメリアだな」

「知っているのか? 私を」

「……知っているんだ。お前が生まれた時からな……」

「……」

 確かに、アーニャが言ったように、悪い奴には見えない。私の誕生や、あの施設のことに関わっていたなら、もっと憎しみが湧くと思っていたんだが、あんまり出てこないな。

「お前を助けるように頼まれた。大金を積まれたよ。一体、あんたは何をやっていたんだ?」

「ジェーンの目的の実現のために、協力を…… していた」

「まだ、途中だったんだな。だからあいつは――」

「私の研究は完成してしまった。ジェーンは、それを手に入れた」

「……ならなんで、ジェーンはお前を生かしておくんだ?」

 言ってから、少し後悔した。アーニャの顔が少し引きつっている。

 まずかったな……

 レインメーカーは、少し俯いて言った。

「奴らは私を殺さない。少なくとも目的を達成するまでは」


「奴らは私のトリガーを知った。だから、私を生かす。私も、ジェーンもそれが運命だと感じた。私が死んだら、奴らに何が起こるか分からないだろうからな……」

 レインメーカーが呟いているが、何のことかさっぱり分からない。アーニャもそう感じたようで問いかけた。すごく心配しているように見える。

「ねえ…… 何のこと? 何かすごく怖い事が起こるんじゃないの? 私は、どうすればいいの?」

 その時、地面が揺れた。この感覚、覚えがある。ジャクリーンもそう思ったようだ。私が銃を構え、ジャクリーンがナイフを両手に持つ。私が先行して倉庫から出る。銃を構えて警戒。その後ろを、レインメーカー達が通っていく。倉庫から離れようと動き出すと、地面の揺れはさらに大きくなった。地割れや隆起が生じ、重い音が私たちに迫ってくる。そして、地面から何かが飛び出し、私たちに向かってきた。

 ギンッ! と音がした。

 何があったかを理解した。ジャクリーンが飛び出してきた何かを防いだ。両手にナイフを持ち、それで突き出された何か、刀を防いでいる。刀を持っているのは、かつての仲間。

 Cecilia the Earth Amphisbaena

「ここから離れろ!」

 ジャクリーンが叫ぶ。私はレインメーカーに駆け寄る。

「走れるか!?」

「ああ、大丈夫だ!」

 アーニャと一緒にレインメーカーを連れて、走り出した。ある程度離れたところで、足を止める。

「アーニャ! 安全な所まで逃げて、隠れていてくれ! 私は、ジャクリーンを助ける!」

「分かった! 気を付けて!」

 振り返って、二人のいたところに戻っていった。

 セシリアを倒すには、私が『噛みつく』しかないだろう。今出来ることは何か、考え始めた。

 待てよ…… ウォルンクァの力も働いているなら、何故大部隊で襲撃してこなかった? レインメーカーを餌にして、おびき寄せたところを攻撃すれば……

 ……!

 走りながら、奴らの狙いを考え続け、何かが閃いた。


「全身を作ったのか…… 呪いを呪って力に変えるのか……?」

「違う……! 私の呪いも、世界への恨みも、全部私の力だった……! だから、全部受け入れて、全部生かして、全てを還す。それが、私の役目だ……!」

 ジャクリーンとセシリアは、つばぜり合いをしながら話し、そして、弾かれた。そのまま、二人は走りながら斬りつけ合う。周りには金属が弾かれる音が響いた。


 この基地は、囮か? 何か罠でも?

 いや、この地面…… そうか…… PMMCを突入させて、周りをアンフィスバエナの力で陥没させる。そして、ここに閉じ込める気だな……


「エッジ。突入は止めろ。だが、急に止まるな。徐々に速度を落として基地の手前で止まるんだ。様子を窺いながら、その場に留まれ。そして、いつでも退却できるようにするんだ」


 ジェーンたちが潜んでいるとすれば、背後にある、あの小高い山。あそこから、閉じ込めたPMMCに攻撃を仕掛けるつもりだったか。


 ジャクリーンとセシリアが戦っている背後。その部分を感じる。自分の手がこの巨大な山脈全体を触っているかのように。

 そして、大勢の人間たちの重みを感じる。エッジたちのPMMC。そして、ジェーンの軍隊。あるポイントに集中。そこへ集める。


 エリナ…… ウォルンクァの力が仇になったな。『この力』を気付かれないようにしていたのは正解だった。そして、お前の力が大いに私の助けになってしまうんだ。


 準備は整った。私は、ジャクリーンとセシリアの背後に回り込んだ。そこへデコイAとデコイBを仕掛ける。


 もう少し…… もう少し…… 来た…… 出来た!


「セシリア!」

「!」

振り返ったセシリアに銃を撃つ。

二発撃ち、二発とも刀で弾かれた。

ジャクリーンが後ろからナイフで襲い掛かる。そこへ、私は銃を撃つ。

「!」

ジャクリーンの足元へ銃弾が撃ち込まれる。ジャクリーンは足を止め、体が固まる。そこへセシリアは蹴りを放った。ジャクリーンは後ろに吹き飛ばされた。

「ぐっ……!?」

セシリアは私の方へ向かってくる。あと、もう少し、そこだ!

私は、セシリアに向かって走り出した。セシリアは刀を構え、振り下ろす。私は右腕にナイフを持って刀を受ける。力で押し切られ、右腕に刃が食い込むが、そのまま私はセシリアの横を走り抜けた。

「! 何だ!?」

 セシリアは、予想外の行動にたじろうたようだ。私を追うまでの動作がすこし遅かった。その時、私は、デコイを解除した。

「なっ!?」

 セシリアの立っていた地面が消えた。大きな谷と化したその場所の底まで滑り落ちていく。そして、そこへ周りの土砂が流れ込む。

 背後の小高い山ごと、崩壊した。


「大丈夫か?」

 私は、ジャクリーンに駆け寄った。

「ああ、私はなんとかな。どうやって、あんな巨大な穴を? いや、穴なんてもんじゃない。亀裂というかクレバスに近いじゃないか……」

「ああ…… まあ、アンフィスバエナの力も、きっと私とつながりがあったんだろう。あいつの力の流れを見つつ、その一部を私があそこに流していった」


「そして、デコイAとデコイBを混ぜて出力を強力にした。調整の難しい荒業だ。地表があるように偽装する。その隙に地面を掘っていった。偽装の解除と同時に一気に穴が開くようにな」

「ちょっと待て。どういうことだ? お前にも、セシリアと同じ力があるってことか? それなら、どうしてもっと早くジェーンの軍隊に使わなかった? あれだけの力があるなら、一気に壊滅させることも出来るんじゃないか?」

「私はセシリアと同じ力は使えない。これが出来たのは、セシリアが力を使った際の反作用みたいなものなんだ。多分だけどな。山と話しながら、自然の調和に少し協力させてもらって、あれが出来た。これが今、私が出来る精一杯だ」

「? 良く分からないが、何とかなったのならそれでいいのか……」

「ああ、きっとそうさ……」

 あのあたりに居たジェーンの軍隊にダメージを与えられただろうか?

 与えられたとしても、僅かだろうな。

 セシリアは地面に埋まっても、すぐに出てくるだろう。そして、ジェーンたちを助ける。

 私は、エッジに情報を伝えて、PMMCを展開してもらった。危険が迫れば知らせが来るだろう。


 私たちは、アーニャが居るキャンプの端に戻ってきた。

「アーニャ、彼女は無事か?」

「うん。大丈夫。怪我もしていないよ」

 私は頷いた。レインメーカーに話の続きをして欲しいと頼むと、彼女はアーニャの肩に手を置いて微笑んだ。とてもいい笑顔だが、とても悲しく見えた。

「あのラボで話そう。ちょうどPMMCのキャンプへの道の途中にある。ジャクリーンなら、敵が迫って来ても、感じ取れるんじゃないか?」

「そんなに頼りにはならない。だが、目と耳を研ぎ澄ませておくよ」

「頼む」

 私たちは、レインメーカーのラボへと戻っていった。

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