Like the Cracks upon the Ground

 ジェーンを追いかけて、ユナイテッド・アビスの兵士たちは、私から去って行った。私は、レインメーカーの亡骸と共に座り込んでいた。

「エメリア!」

 アーニャの声だ。私は、応えようとしたが、声が出なかった。どうにかしようとする熱が体に溢れ、なんとか右手を挙げることが出来た。

「いた! あそこ!」

 アーニャが近づいてくる。だが足音が一つじゃない。ジャクリーンじゃないな。それに、大勢だ。

「大丈夫!?」

「私はな…… レインメーカーは、助けられなかった……」

「っ……」

 アーニャはレインメーカーを見て、顔をひきつらせた。泣いてるのか……


「……その兵士たちは? あの場にいたPMMCか? どうして……」

 アーニャは眼をゴシゴシこすって、自分の頬を三回叩いて、私を見た。相変わらず好い眼だ。

「ジャクリーンとエメリアが戦っている時に、私がデジタル・インフラを復旧させたの。ほんのわずかだけどね。ジェーンの干渉を防いで、精神をどうにか保つことができるようにした。その上で、私が彼らと雇用契約を結んだ」

「どうやってそんな……」

 そんな芸当、神業ってレベルじゃないぞ。コンピュータの誕生からIT革命の歴史を一からやり直して、自分のものにするのをたった一瞬でやってのけたようなもんじゃないか。なんでそんなことが出来るんだ……

 声に出そうとしたが、口や舌が回らなかった。それを察したのか、アーニャが答えた。

「私、レインメーカーと話しながら、色々作ってみたりしていたの。ほとんど遊んでいるようなものだったけど。彼女は、その時からこうなった時のための対策を立てていたみたい。私との話の中で仄めかしてみたりしていたんだと思う。」

 アーニャはレインメーカーの顔を見つめた。

「あのメモから導き出された外部ストレージに、ほとんど完成したものがあった。私へのメッセージも含めて」

 頬に触れて、撫でている。眼に涙を溜めながら続ける。

「ジェーンが目的を遂げてしまった場合、どうにか人々を活かす方法を。私たちが生き延びる為に僅かずつでもデジタルから離れて行って、より良い回答を見つけられるようにって。」

 私の顔を見て言った。

「だから、私が未完成の部分を補って、OSと制御システムを作り上げた。出来たのは、ついさっき、だった……」

「そうか…… やっぱり、お前はすごいな……」

 そう言って、私は意識を失った。


 私が目を覚ましたのは、どこかの部屋の中だった。

 アーニャの説明によると、Vが拠点としていた場所の近く、そしてヨルムンガンドが臨める場所。その辺り一帯をアーニャが買い取り、PMMCの兵士たちが拠点に出来るキャンプにしたようだ。

 この時点においては絶好の立地。大混乱のさなかとはいえ、こうもあっさり手に入るのは妙だ、とアーニャも言っていた。

 考えられるとすれば、Vが何らかの予測を立てて土地や人々、公共インフラなどに働きかけ、それにブラッディ・サンがさらなる仕掛けを施した。この状況を正確に予測することはしていなかっただろうが、アーニャの行動も見て、それを予定の一部に盛り込んだのかもしれない。

 

 このキャンプにいる兵士たちはアーニャがシステムを掌握し、各個人の体調などを最適化できるようにしている。かつてのシステムとは比較にならない程、効果は小さいだろうが。そして、直接の指揮はエッジが執るようだ。

 ジャクリーンは、どうにか体を回復させたようだ。アーニャのシステムはハイドローグも機能できるようにしているらしい。私は、ジャクリーンにアーニャを呼んできてほしいと頼み、そして、三人で話すことにした。

「レインメーカーにこれを託された」

 私は渡された物を二人に見せた。

「カセットテープ……。今時こんなものがあるとは……」

「アナログの強みかな。見つかるのに時間がかかる」

 カセットテープは三本あった。それぞれ、アーニャ、ジャクリーン、エメリアに宛て、文字が書いてある。

「アーニャ、プレイヤー持ってないか?」

「うん。あるよ」

 レインメーカーとのやり取りに、この方法を使っていたらしい。プレイヤーは常時携帯していたようだ。

「お願いなんだが、この三人でこれを全部一緒に聞きたいんだ。だめかな?」

 二人はなんのためらいもなく了承してくれた。



アーニャ宛のテープ


R :……まあ、以上がサークレットに関して、私が知っている事と理解していることだな。

A :それって、つまり……

R :お前のサークレットは細胞や体の各器官と一体となっていて、それを除去することはできない。だが、サークレットの生成を止めることはできる。

A :! それは、どうやって……

R :覚悟を持って聞いてくれ。いいか?

A :……う、うん。

R :お前に自覚は無いかもしれないが、お前の肉体、知識、思考、ITとそれを利用したシステムへのスキル。それはサークレットと共に、お前が生きてきたことの積み重ねであり、成果だ。たとえ呪いを込められたものだとしてもな。生きるなら、それを無にすることはできない。つまり、その能力に見合った負担をしなければならないんだ。それがお前の場合、時に呼吸困難になり、筋力が弱いということになっている。その負担をだれかに背負ってもらう事になる。

A :そんな…… なんで……

R :サークレットの効果はまだまだ未知だ。だが、入力と出力と見れば少しわかりやすくなる。人間が酸素を吸って、二酸化炭素を排出する。その関係と似ているんだ。現在の地球環境にとって、サークレットの存在は何らかの役割となってしまっている。もうこの影響を排除することはできない。できるとしてもそれに代わる何らかのものが必要になってしまうんだ。

A :……

R :私に出来るのは、そして話せるのはこれが全部だ。すまないな……

―――――


A :私の様子がおかしいのを、エメリアに気付かれちゃった。

R :それで? 私の事を話したのか?

A :ううん。 話してない。でも、なんだかいろいろ話しているうちに、サークレットに関することを話しちゃったんだ。

R :それで? どんなったんだ?

A :もしも、私から呪いを外せるなら、喜んで引き受けるって。

R :ほおぅ……

A :言い辛い事があるなら、何も聞かない。目隠しでもなんでもして、やるだけやってしまっていいぞって。お前の事を信頼しているからって。

R :相変わらずだな。いや、以前よりも強くなったのか…… だが、それは強さなのか……?

A :私、どうしよう……

R :こればっかりは、自分で決めるしかないな。まあ、時間はある。それに処置はかなり簡単なんだ。厄介なことにな。お互いに注射を一本打つだけで済む。

A :……

R :私も、しっかり向き合うよ。もう、眼をそらさない。だから、呪いは私も引き受ける。

A :……うん。

―――――


R :この世にある様々な痛みや苦しみ、それには、何かの原因となるものがある。一人の人間が生まれる以前からのものもある。それを突き詰めていってもきりがない。だから、今自分にできることを考えて、それをやっていこうって思うのがいいんじゃないか。私はそう思っていろいろやっているんだ。それで罪が全て消えるわけじゃないと思うがね。

A :私は、どうすれば良いのかな。

R :それもきっと、お前にしか見えないものが正解なんだろう。正解と言っても完全な正しさなんて無い。だから、その時やろうと思ったことをやるのが一番いいんだろう。間違いがあってもそれに気づいて、やり直すことも出来る。今のお前なら出来るさ。今の私がそう思ってる。


 ある事柄の発端となったもの、それが集まって悲劇となってしまう。

 それなら、その発端を探っていくことで、だれかの思いを未来に託せないか。

 "Ground Zeroes"に溜まった、"Ground Tears"

 それを、すくってやれる何かになれたら、それもきっと何かの発端になれるかもしれない


A :……続き、読みたい。

R :? 続き? 何のことだ?

A :あの本棚にある本。続きが無い。先が気になる。

R :ああ、あれか…… 私は途中で読むのを止めていたな。じゃあ、買って来てみるか。でも、それだと……

A :私、レインメーカーの話が聞きたい。私の感想言うから。自分で色々探してみるから。だから……

R :ははは…… そうか、そうだな。そういえば、私にそんな友達はいなかったな。ああ、そうだ。そうしよう。そうしてくれ。私もそれが良い。これからよろしくな。友よ。

―――――



R :ずいぶんと、貪欲になったな。私の趣味の範囲はとっくに超えてしまっているぞ。もう私の紹介は必要ないな。

A :そうかな? 知らないことばっかりだよ。こんなに物語が溢れているんだから、一生かかっても出会う事が出来ないものがたくさんあるんでしょ? 少しでも多く知りたいよ。

R :まあ、その意気込みは分かるけどな。あんまり量をこなすことに夢中になっていると肝心の中身を楽しめなくなってしまうんだよ。時々陥る罠のようなものだな。

A :ん…… 同じことをエメリアにも言われた。

R :やっぱりな。それで、どうしたんだ?

A :エメリアは音楽が多いみたいだけど、短い歌詞にもそれぞれの物語があって、願いが込められている。そういうものを見つけるのは面白い。みんな違うのに、どこかに同じものが見える。良く分からないけど、それがすごく良いって。

R :そうか、やっぱり、エメリアは何かすごいものを持っているんだな。この世の大いなる秘密みたいなものに気付いているのかもしれない。私たちの選択は、まあ、正しかったんだろうな。お前が本を書くとしたら、彼女がモデルになるのか?

A :うーん…… どうかな? まだ、見たり読んだりの量が少ないから決められないけど、子供向けの話が良いのかなって思ってるんだ。童話とか、昔話とかって私たちと似ている所が多いような―――


(テープ終わり)



ジャクリーン宛のテープ


R :……まあ、以上がハイドローグに関して、私が知っている事と理解していることだな。

J :ほとんど分からないな。

R :つまり、人工物であっても、誰かの体の一部になった時点で生身の肉体と同じようなものになる。個性が生じてシステムでの統一制御は、ほぼ不可能だ。それぞれに面と向かって話し合うしかない。

J :それで、私の望みはどうなんだ? 出来るんだろうか?

R :結論から言うと、脳以外の全てをハイドローグに置き換えても、サークレットを除去することはできない。

J :……そうか。

R :だが、お前の場合、呪いを希望に変えることはできるかもしれない。

J :!? どういうことだ?

R :お前のサークレットは、驚異的な身体能力をもたらしているようだが、おそらくそれは、自分の体への理解が強まったからだと思う。その欲求が強まるごとに体の機能も強化することができたんだろう。そして、それがもたらす効果はもう一つ。他者への理解だ。

J :何の話だ?

R :まあ、普通の人間にも通ずる、生きるためのヒント、というところか。いろいろ試しながらじゃないと分からないが、おそらく

―――――


R :この短期間で、そこまでの体を作るとはな。結局、科学の知識も殆ど吸収してしまったじゃないか。

J :興味が湧けば、それなりにな。道を楽しんでいるものは何より強い、みたいなことが昔の本にあったような気もするし……

R :それで、サークレットの負担も自分でどうにかコントロールできたと?

J :何とかな。だが、本当にこれで良いのか? 出来過ぎ、というか私にとって都合が良すぎるような気もするが……

R :どうにかなっているなら、それで好いんじゃないか? どこか間違っていて、あとでツケを払う事になっても、今をおろそかにしては意味ないと思うぞ。私は。

J :そうだな、食べる量が大幅に増えたとしても、それを消化できるなら好いんだろう。それも楽しめ、か…… 本気でそれを思うなら、人の役に立つ、誰かを幸せにできる仕事をしたいもんんだ。

R :良い言葉だ。そうだな、お前の役割はまさにそれだろう。自分で見つけたなら間違いない。

 失ったものの痛みを感じる幻肢痛、"The Phantom Pain"

 亡くしたものを想う気持ちは大切だ。でも、どこかで気付く。

 失ったものが痛いんじゃない。誰かの痛みじゃない。

 全ては自分のものなんだ。

 自分で思えば、失ったものからの癒しがあるかもしれない。

 "The Phantom Cure" そんなやり方もあるだろう。

―――――


R :ずいぶんと貪欲になったものだ。アーニャと似たり寄ったりじゃないか?

J :まあ、実用書よりもフィクションの方が役に立つことも…… というか、そっちの方が面白く見たり読んだりできるからな……

R :なるほどな。ところで、あの記録は何なんだ? 何のために私に残しているんだ?

J :その…… エメリアだけ何も知らないのは、ちょっと申し訳ないから、ここでのことは記録しておきたいと思って…… まあ、信じてもらえないかもしれないけど、そうすれば私の気分が楽になるし…… だめか?

R :いや、全然かまわないよ。そういう人間は多いぞ。同じようなことをしている奴が近くに居るだろうしな。

J :?

R :それで、エメリアから離れて、何か見えたものがあったか?

J :エメリアの気付きには敵いそうもない。あいつの眼や耳は凄すぎる。サークレット云々じゃ説明がつかない。一体何をすれば追いつけるのか……

R :尊敬できる友人でも、そんなに比べるもんじゃない。人は皆違うんだから、同じ物差しじゃ測れない。昨日のお前より優れた点がちょっと見えづらいだけさ。

―――――



エメリア宛のテープ


エメリア。お前に、私は何もあげていない。そして、お前はここまでやってきた。

それほどの強さを持つお前に、私はこれ以上、何もやれることはない。

だから、私の気持ちを言う。正直に。それが私に出来る精一杯だ。

聞いてくれ。でも気に入らなかったら、ここで止めて、このテープは捨ててくれ。


このテープを聞いているということは―――――



「……まったく」

「泣いてるのか?」

「ただの雨だよ……」

「ひどい顔……」

「お前らだって……」


 しばしの沈黙の後、アーニャが言った。

「誰かの為に、雨も泣くことがあるかもしれないよ……」

「そうかもな……」


 プレーヤーのスイッチに手を伸ばそうとした時だ。

「待って、何か聞こえる」

「まだ、何か入っているのか……」




―――見たか! ブラッディ・サン! 私は勝ったぞ!―――



何て光景だ…… ただ自由を、幸せを願った者同士なのに……


……殺しているもの、殺されているもの……、血を流し、倒れている……


誰に判る? あれが私で無いと?

私たちは制御を失わない

では、制御を失っていると判断するのは、誰なんだ?


私は何と向き合っているんだ?

世界を破壊しているのは私

私がやったことは、世界を―――



そこで、テープは終わった。

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