the Wrong Ends of the Wrong Means

 私は、Vが乗っていた車で、ジェーンたちを追った。

 奴らが向かった先は、おそらくVが睨んでいた海岸。だが、あそこには何もなかった。どういうことなんだ……


―――ガーーー……


「!? 何だ?」

 車のラジオが付いたようだ。だが、スイッチなんて入れてない。自動的に入るのか?

 だが、今はそれは出来ないはずじゃないか……


<<エメリア…… きっと、お前だな……>>


「レインメーカー!」


<<これは、Vと私の連絡手段の一つだ。>>


<<ジェーンに隠れて、話している。そっちから話すこともできるが、方法は教えないでおく。私の話を、少しだけ聞いてくれ。>>


「何を言ってるんだ!?」


<<私は、人の歴史をいくつか見てきた。そして、お前たちの歴史を。>>


<<イノセント・ドラクルの消滅の後、私は世界各地の書物や伝承を漁っていった。>>


<<何のために、何故そんなことをしたのか、今ではもう分からない。>>


<<だが、一つ思い至ったことがある。>>


<<遥か昔から、人間はほとんど変わっていない。>>


<<偉大な者たちが残した知恵の数々が、現代でも価値を見出せるのは、その証拠なんじゃないか?>>


<<だが、確実に変わっているものがある。>>


<<進化と呼べるかもしれない。>>


<<それは、道具<ツール>と技術<テクノロジー>だ。>>


<<『奴ら』が生まれるずっと前から、道具と技術が、自らを進化させるために、人間を使っているんじゃないのか?>>


<<だが、人を置いてけぼりにして進化を続けるはずのものが、自らその歩みを止めた。>>


<<それをやったのは、お前たち、そして、お前だ。>>


<<伝えたかったのは、それだけだ。>>


<<それだけなんだ。すまなかったな……>>


「待て! 待ってくれ!」


 咄嗟に、車から飛び降りて、地面に伏せた。

 私が走っていたコースが銃撃され、車に穴が開く。

「待ち伏せか……」

 ふと、私は地面に目を向ける。そして、土を口に含んだ。

「ここも、ウォルンクァのフィールドか」

 つまり、このあたり一帯はエリナが全てを見ている。私がどこに居て、何をするかを全部知ることができる。つまり……

「あそこだ!」「撃て!」

 兵士たちが私へ向けて銃撃してくる。私は走って逃げ、身を隠せる岩陰へ。

「……ふぅ、ふぅ…… どこへ逃げても無駄だ…… あいつは全部見える……」

 残りの力を使ってしまえば、ジェーンと戦う事が難しくなる。だが、今は、この場を生き延びて、レインメーカーの許へたどり着くしかない。あいつなら、なんとかしてくれるかもしれない。それに賭ける。

 ゆっくりと深呼吸して、思いを巡らせた。

 体に何かが巡るのを感じる。血と熱、何らかのエネルギー、そしてVenom


 エリナは私を見ている。だから、私もエリナを見ている。この一帯を掌握している。つまり、私も掌握している。私の全てを出し尽くす。この瞬間のために……

 土に触れている手で感じる。まるでそこで考えているかのように。

 兵士は四人……

 兵士たちで私を囲み、追い詰める。お前は狙っている……

 スナイパーライフルか……

 岩陰から飛び出したところを狙う…… いや、飛び出す予兆を感じて、飛び出したところを撃つ…… 回避は難しい……

 奴らは何をしてくる。銃撃で追い詰める。それが一番確実か……

 では、不確実だが効果を望めるものは……

 ……グレネード…… グレネードだ……

 グレネードを投げる、投げる、投げる。私のいる場所に。

 投げる、投げる、投げた、投げた、投げた。

 投げられた。私のいる岩陰の上空にある。

 そして、今、私のほぼ真上にある。


 私は、それに向けて銃を撃った。


 カン! という音と共にグレネードが弾き返され、投げられた方向に戻っていった。

 岩陰の向こうで爆発が起こる。倒れた…… 三人、三人倒せた。

 もう一人が、グレネードを持つ、今度は投げると同時に、私へ向かって岩を回り込んでくる。

 こんどは、弾かない。そのまま、落とす。回り込んできた兵士を拘束し、エリナの狙撃の盾にする。

 ドン! 兵士に弾が撃ち込まれる。兵士を拘束したまま、岩陰に戻る。グレネードが爆発して、衝撃が襲う。私は兵士を盾にして防ぐ。


 だが、そううまくはいかなかった……


 足音が近づいてくる。

 私が座り込んでいる岩陰に向かってくる。さっきの爆発で体のあちこちに深い傷が出来て血が溢れている。力が入らない。落ちている銃を拾うだけの力が出ない。腕を伸ばすことも出来ない。

 息が切れている。存在を隠すことが出来ない。汗が噴き出す。体中にイヤな感覚が溢れている。もう、ダメか。ここまでなのか。

 足音がすぐ後ろに来た。銃を構えて回り込む。私を見たら問答無用で撃つ。あと、三歩、二歩、一歩、そして……

「! いない!?」

 ズッっと、エリナの脇腹にナイフを刺した。

「がっ! な、何が…… どうして、岩から…… どうやって……」

 私は、擬態を解除した。エリナの銃口から僅かにそれた岩肌。特別製のデコイB。今持てるVenomの半分を使って、この状況に最適な擬態を作り上げた。そして、もう半分は、エリナにだけ作用するデコイA。私が苦しんでいる様をエリナのウォルンカに絶えず送り続ける。苦しむ様をリアルに想像し、感じ続ける。そして、岩陰からナイフで一突き。

「お前を倒す。撃退する。殺す。そのことだけを考え続けて、私のVenomが作られた。私の意志かどうかなんて、もうわからない。だが、こうするしかない。私がやる。私がやった。全部私がやったことなんだ」

 エリナを噛み、歯に溜めておいたVenomを流し込む。そのまま、エリナは倒れた。

「私は…… 消える…… これで、やっと……」

「お前の亡骸はジャクリーンに託す。それで、お前は自由だ」

 エリナは眼を閉じ、息絶えた。最後に笑っていたような気もする。でも、こんなのは間違ってるよな。私たちは―――

「っがぁ!」

 腕に猛烈な痛みが走った。撃たれたんだ。後ろを振り返ると、銃を持ったジェーンが立っていた。その後ろにレインメーカー。護衛の兵士もいる。

 ジェーンが海岸を指差して言った。

「エメリア、見ろ」

 海岸付近の風景が変化している。何もないところに透明なヴェールがかかっているように見えた。そして、それが徐々に大きくなっていく。

 そして、その透明なものが消えていく。覆われていた何かが露わになっていく。

 大きすぎる何かが現れた。

「何だ、あれは…… いきなり海の上に島が現れるってのは、何の…… 冗談だ……」

「あれが、私が勝ち取ったビヨンド! ヨルンムンガンドだ!」

「……ヨルムン、ガンド……」

 あまりにも巨大な何か、海に潜む怪物、見えない何か…… これは、幻か……

 いや、現実だ。だが、またあれだ…… 現実なのに、どこか違う。私が見ていることを、私が見ている。また、逃げ出そうとしているのか……

 そんなわけにはいかないんだ。

「そうだ! 死者の第三帝国が残した嘆きの遺産! 人間から記憶と魂を抜き取った後にできた死骸の塊だ! そして、あれは私と、お前の城だ。あれで世界から奴らを完全に消し去る!」

 呆然としている私の足を、ジェーンが撃ちぬいた。支えることが出来ず、地面に倒れる。

「……ぐっ! お前……」

 銃を向けながら、私に近づいてくる。

「もう、私を止める者はいない。だから、こんどこそお前を……」

 その時、ジェーンの後ろに居るレインメーカーが自分の首に注射を打った。

 次の瞬間、ジェーンが悶え苦しみ、ひどい顔をしながら嘔吐した。四つん這いになって息を切らしている。震えながら、後ろに居るレインメーカーを見た。

「……貴様、何を……」

「これも、遺産の一つさ…… お前専用のパニッシュド・ウロボロス…… 私を媒介にしてな……」

 ジェーンが銃を落とし、ふらふらと歩く。周りのユナイテッド・アビス兵たちも様子がおかしい。倒れ込んでいる者もいる。

「くそっ! ぬうぅ……」

 ジェーンも倒れた。這いながら動こうとしている。周りの兵士たちがジェーンを抱え、ヨルムンガンドに向けて去って行った。私たちの事はもう見えていないようだ。


「ぐぅっ!」

 私はレインメーカーに駆け寄り、支えた。

「何をしたんだ!? 私は、どうすれば良い!?」

 かすれる声で、レインメーカーが言う。

「もう、いいんだ…… 私は、もう助からない……」

 お前を助けてくれって頼まれてるんだよ。色んな奴から。私はどうにかしなきゃいけないんだ。死なないでくれ。頼む。

「私に、『毒』を打った。そして、パニッシュド・ウロボロスを使ってそれをジェーンに流し込んだ。あいつに予期されないように作り上げた。だから、あいつが握っているシステムにも対策が無い。苦痛が、あいつから周りのユナイテッド・アビスに流れていく。しばらくはその対策に追われるはずだ。これで……」

 声に、口の動きに力が無くなっていく。待ってくれ、私は、どうすれば良いんだ……

「私のトリガーは、私の命を差し出すこと。どこで使うべきかずっと悩んでいた。お前たちへの償いのためには、自分で命を絶つことはしてはならない。それが分かっていたから、なおさら難しかった……」

「……こんなところまで来てしまったが、これで良かったんだろう…… アーニャには全てを託した。あいつなら、うまくやってくれるはずだ…… 最後まで、無責任ですまない……」

「おい!」

 レインメーカーが私にもたれてきた。

「これを……」

 差し出した何かを私が握ると、彼女は微笑み、そして崩れ落ちた。

「くっ……」

 私はレインメーカーを抱きながら、座り込んだ。

 そのまま、何も考えられなくなっていた。

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