Lonely Rain

-1-


「ああ、いたのか。ごめんね、気が付かなくて」

 一人で考えたくて、ヘリを泊めてある場所にいたら、エッジが来てくれた。

「作戦に使う歌を考えてたんだよ。有名な歌を使わせてもらった。 盗用っていうことになっちゃうかもしれないけど、世界中の色々なものに、私と似通ったものがあるのを見るのはなんだかうれしくてさ。ちょっと、こんな感じにしてみたんだ」

 首が動いちゃう。上を向いたり、あっちこっちに眼を向けたり。自分の内側を晒すのは大変なんだよ。まだね。

「私に託された名前だけどさ。"Ground Tears" っていうもの。レインメーカーが言うには、明日私たちが向かうところは "Ground Zeroes" から生まれたんだって。あれは、この一連の出来事に関わった私たち全員で生み出してしまったもの。全員の怒りや悲しみが出発点となって、この事態を引き起こした。そんなことを言ってた」

 息を吸って、上を見る。吐き出しながら話す。

「私の使命は、出発点に溜まった、人々の涙をすくい上げることなんだって。 そう思うと、いろいろ聞こえてくるよ。私たちの…… その、友達もさ、きっと自分の名前に何かを託したんじゃないかな」


   戦いが今、始まった

   多くの命が失われたが、誰が勝ったのだろうか

   私たちの心には塹壕が掘られてしまった

   母と子、兄弟たちは引き裂かれてしまう


   いったいいつまで、この曲を歌わなければならないのだろう

   いったいいつまで

   今夜私たちは一つになれる

   今夜こそ


   涙を拭え 涙を拭うんだ

   そんな赤い目を見せないで



全部聞いていてくれたんだ。ありがとう。


「ちょっといいか」

「ん? なに?」

「その、重く考えすぎてないか?」

「だって……」

 どうやったって重く考えちゃうよ。どうしたらいいのか……

「あの場所で…… アーニャが撃ってしまった後、しばらくしてからだったと思う。俺に外から密輸したいろいろな小説やマンガの話をしてくれたじゃないか」

「そう、だったね。そんなこともあったかな…… でも、それがどんなことに?」

「あの時、俺に言ってくれた言葉で俺はすごく救われた。今もその言葉がどこかで俺を生かしていると思う」

「そうだっけ…… そんな好い事言ったかな? 言えたとも思えないんだけど……」

「『馬鹿馬鹿しいものや、面白いものを見たり読んだりして、思いっきり笑うことは何物にも勝る薬だった』って。聞いたときは俺は全然そんなことは思わなかったけど、今は分かる。そしてこの世界や俺たちにはそれが必要だって思うよ。本気で」


 ……うん ……あはは ……そうだね。そんなこと言ってたんだ、私。


 恐れないで 私といれば大丈夫

 どんな魂も正直でいられるように

 ただ己のままに行けばいい


-2-


「なんだ、いたのか」

 キャンプの隅、風に当たりながら一人でいろいろ考えていた。エッジがすぐ後ろに居るのに気づかなかった。喰う側が喰われるてしまうな、これじゃ。

「さっき、アーニャと話してたんだ。ちょっとジャクリーンにも話を聞きたくなって」

「ふぅん…… あいつから託された私の名前、聞いたか? "The Phantom Cure"

 私が今この力を手にしているのは "The Phantom Pain" があったからなんだそうだ。自分に無いものの痛みを感じる幻肢痛。明日向かう予定のあれも、私たち全員が感じている幻肢痛が作り出したものなんだと。自分が失ったもの、誰かが失ったもの、それらを補おうと必死にもがいているうちに、あれは出来てしまったんだってな。だから私は、それを癒す何かになれ。そんなところかな」

 やや俯いて、眼を閉じる。こういう話の時は視界がおかしくなるんだ。もうかつての体じゃないのに。

「傷を癒すっていうのは、基本的に時間がかかるものなんだよ。経験者が語っているから、信用していいぞ。まあ、お前には大きなお世話か……」

 息を吐き出してエッジを見据える。

「あんな、とんでもないものとなったら、一生かかっても足りないかもな。でも、まあ、今日から、たった今から、出来ることはあるかもな。そう思うといろいろ聞こえてくるよ。私がやることは、まあ『立ち止まらない』ってことだろうな」

 海の方角を見て、そこに目の力を集中させる。アーニャの緊急処置でVRやARの機能は回復したが、それを使わずにイメージを作ろうとした。久しぶりだな、これ。

「あいつと向き合うと思うと、尚更ね……」


     お前のままで向かってきてくれ  昔のお前でもいい

     友達でも  かつての敵でも

     時は止まらないから 急いでくれ

     選ぶのはお前だ 遅れないで

     休んだっていいさ

     友達でも かつての思い出でもね



「ちょっと思ったことがある。さっきアーニャと話してたことだ」

「ああ」

「日本のマンガに『ブラックジャック』というのがある。天才的な外科医の話なんだ。一話完結のスタイルなんだが、ある話が俺たちに、なんというか、グッとくるところがあってさ。それをさっきアーニャと話していたんだ。ジャクリーンへのメッセージと合わせて。」

 名前は聞いたことがある。私は戦士が主役のものが主食だったから、読んでないな。

「たぶん、ブラックジャックの夢の中ってことだったと思う。師である、本間丈太郎が言うんだ。


君は、患者を治していると思っていないかね?

それは違う。私たちに出来ることは患者が自ら治ろうとするのを手助けすることだけなんだ。


そんな感じだった」

「へえ……」

「それで思った。ジャクリーンが託された"Cure"は誰かを治すって意味の治療なんだと思う。でも、今、世界が必要としているのは"Heal"の意味の治癒だよな。だからジャクリーンは世界のみんなを手助けするだけでいいんだよ。そしてそれが自分のための力になる。ジャクリーンが自分を癒して強くなる治癒の力だ。俺はそう思うんだ」

 好い事言うようになったな……

 似たようなことをレインメーカーからも聞いた気がする。

 人にとって大事なことはいろいろだが、辛い時に必要なことは、しっかり食べて、寝て、良い気分でいる事。

 私の役割が蛇を食べることなら、あいつらの記憶を世界に残すのも私なのかもな。


 お前は教えてくれた。

 涙を洗い流す何かを、私たちが見つけることができると……


-3-


「こんなところまで来たのか? 良く見つけたな。」

 キャンプの端の端、誰にも見つからないようなところで私はレインメーカーの事を考えていた。見つかりたくなかったのか、見つけて欲しかったのか、自分でもわからない。エッジの何かと引き合ったのか……

「エメリアの話も聞きたい。俺の何かを役に立ててほしいんだ。だから……」

「あの二人のことか? 私も聞いたよ。そんなものを託されていたのか。なんて、ちょっと驚いたけど、まあ納得だな。それに、あいつらに相応しいものだって思うさ」

「じゃあ、あのテープには、エメリアにも何かが?」

「私か? 私は貰ってないよ。ただ、乗り越えなきゃいけないものの手掛かりを貰った。あいつが言うには『空の境界』だそうだ」

「『空の境界』?」

「この世にある、無数の教え。イデオロギー、人々が信じるもの。それらは方向が違ったりしているけど、大事なところはみんな同じ。一部の者たちはそれを『空』と呼んでいる。そこから、あいつはその名前を思いついたみたいだ。というより小説の盗用だけどな」


「私たちが立ち向かうあれは、私たちが、私が乗り越えなきゃいけない境界線なんだそうだ。そして、境界はあれだけじゃない。生きている限り無数に存在して、私はずっとそれを乗り越えながら歩いていけってことなんだろう。きっとな。言い得て妙だ。良く出来てるよ。まったく」


「ところで、小説の方だけど。あの話の最初の章、『俯瞰風景』って言うだろ。知らないなら、別にそれで良いんだけど。それによると、俯瞰したときに感じるものは、『遠い』というものだ。あまりに広すぎる世界を見て、自分が世界から隔離されていると感じる。そんな感じだったな」


「でも、私の俯瞰風景は違った。俯瞰したときに感じたもの。それは『自分を見ている』だったんだ。動き、話し、感情を持つ。そうやって生きている私を、私が見ている。それが私の俯瞰風景。それに気づいたときの哀しさ、空しさと言ったらもう……

 あの二人と色々話していたら、二人ともそんなものがあったみたいなんだ。」


「そしておそらく、あいつも。今でも時々あるんだよ。そんな時は、何だか歌ってしまうんだ。いろいろとね」


 愛しいお前  お前は一人じゃないんだ

 お前はお前自身を見ている  いくらなんでも、そりゃあんまりだ。

 お前の頭がとんでもないことになってる  どうにかしてやりたいんだよ



 愛しいお前  お前は一人じゃないんだ

 誰かの何かが、いつかどこかで、お前を痛め続けていても

 私がその痛みを貰っていくよ  何かの助けになりたいんだ

 お前は一人じゃないんだよ


 振り返って、手を握ってくれ

 お前がいるから私は今日も生きていけるんだ

 私の手を握ってくれよ



 エッジはしばらく黙っていた。そして私の顔を見て言った。

「何も良い物が思いつかないんだ。だから、俺も一つ歌う。ちょっと変わってしまうけど」


 俺たちが階段を上がり切った後で 俺たちはかつての何処かを話していた

 俺はそこにはいなかったんだが お前は俺の友達だと言った

 俺は驚いて そいつの眼を覗き込んで言った

 お前はとっくの昔に死んだと思っていた、と


 それは私ではない

 私は決して制御を失わない

 お前は、向き合っている、世界を売った男と




 アーニャが買い取った部屋で、私たちは横になっていた。ジャクリーンはもう眠っているようだ。私はアーニャに眠れと言われているが、うまく眠れないので話し相手になってもらっていた。

 思いつくままに、くだらない事もいろいろ話した。

「歌は良い、人の生み出した文化の極み、まさにそうだな。アーニャ、お前に借りたあのアニメ。難しい事ばっかりだったから、何が言いたいのか良く分からなかったけど、そのセリフは大賛成だな。文句は言えない」

「私もまだ分からない部分が多いけど、でも一つ自分で見つけられたと思う。逃げるものと、立ち向かうものを決める『基準』になるもの。エメリアに教わったんだよ」

 そんなものかな……

 逃げようが逃げまいが、誰かの事情に他人がとやかく言える筈は無いんだから、どうにか生き延びていれば万々歳じゃないか……

 まあ、子供の時分にはしょうがないかもな……

「そういえば、あのパイロットの呼び方、確かサードチャイルドって言ったよな。『第三の子供』か…… この状況だと、笑えないな。あんまり」

「でも、あれは、英語圏の人にわかりやすくするために設定を変えたみたいなんだ。オリジナルの日本版では、サードチルドレンって言うらしいよ」


「第三の子供たち……


 The Third Children are The Children of the Damned.

 第三の子供たちは、呪われた子供たち……


 光の中で燃え上がれ

 今夜再び燃え上がれ」


 明日の事をみんながやってくれる。私も何かをしなくてはと思いながら、眠りに落ちていった。

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