鉄の女は、死者の為に何を望むのか?
Dawn of not a Beast
ドレイクが私に銃を向けている。罠にはまったのか……
「俺たちは沈む船から逃げだす鼠だな。この施設は危険だ。だから、逃げ出すことに決めた。だが、その前にお前を殺していく」
倒れている私に、ドレイクが顔を近づけてきた。出口の扉付近には何人も塞いでいる。完全武装の施設職員たち。私が仕掛けたトラップを圧倒して私を打ち倒した。私も相当倒したはずだが、これほど多くいるとは……
「俺の見るところ、この施設全体が変化して俺たちを追い詰めた原因は、あの問題児じゃない。お前だ。お前がやらせているんだろう?」
違う。私は違う。
「だからお前を葬る。そのための大規模作戦だ。どうやって集めたか知らんが、大量の武器や薬品、それを使って集めた資金や資源。それを頂いていくよ。お前を葬ってからじっくり探させてもらう」
私に銃を突きつけて、ドレイクが言う。
「死ぬのが怖いと心の底から感じた時、初めて命の重さがわかるんだ。死にたくはないだろ? 良かったよ。命を大切にしない奴から命を奪っても、これっぽっちも面白くない。そうだろ?」
「私にも、ちょっといたぶらせてもらえませんかね?」
出口の方から声がした。
「今、忙しいんだ! 来るな!」
出口付近に立つ一人の兵士の方を向き、ドレイクが怒鳴る。
「そいつに足を斬りつけられた。その分を返させて欲しいんですよ」
その兵士は、自分の太もも付近の傷を見せた。服が破れ、皮膚から血が出ている。
「ああ、それと、こいつの部屋に隠してありました。長い間、ため込んだみたいですね。札束や貴金属や宝石がどっさり、こいつが金庫番だったのかも。これ、ここに置いておきますね」
ドレイクと兵士たちは、置かれたカバンに群がった。眼の色が変わっている。もう私はどうでも良いようだ。
「それにしても、この足の傷、よく見ると血を塗りつけただけのようじゃないですか? あれ、聞いてない?」
その兵士は私に近づき、私の顔を覗き込んだ。
「こいつには、こいつらには散々痛みを貰って来た
セシリアには殴られ、エリナには蹴られ、ジャクリーンには物で殴られた。
アーニャと寝た時は噛みつかれて、エッジを襲った時は首を絞められた。その朦朧としている時に、潜んでいたアーニャに殴られたな。傍にあった何か重い物で。
そして、こいつには体に無い傷を貰った。
痛いのも、苦しいのも、全部自分のものにできるもの。
そんな強さ。鉄の心 "Iron Hearted" いや、"Iron Hurts"か?」
マスクを外し、私に向かって微笑む。
ジェーンは、私に背を向け、両手を広げて立つ。右手に何かを持っている。
「そのバッグの贈り物は、私たちからだ。底にあるのは、爆弾だ」
右手に持っているものの突起を押す。
ジェーンは、爆風、爆炎、降り注ぐ何か、から私を守った。
―――――
「エメリア、起きて」
「ん……」
眠っていたか…… いや、眠れて良かったんだな。体のあちこちが痛くて、どこか気分が良い。こんな時でもしっかり生きている。
「お前は、寝たのか?」
「うん、少しね。どうにか完成したから」
「そうか」
アーニャは、戦う事を決めた味方の部隊に、精神、身体の安定を保つシステムを組み上げた。効果はわずかだが、ジェーンから流れる痛みの奔流を押しとどめ受け流すことはできるようだ。ユナイテッド・アビスの兵士たちが使っているものを盗み出し、自分流に使いこなしているようだ。
「私とエッジでみんなの準備は整えておいた。ジャクリーンも準備万端。あとは行くだけだよ」
「分かった。何から何まですまないな」
「……」
アーニャが首を振りながら、俯いた。何かまずかったかな……
「昨日聞いた話だと、ヨルムンガンドの偽装に使っていた技術は、開発や運用が難しくて、多くは使えない。一度解除すれば、それで終わり。そして、今は開発する術がない。だから、あの視覚や気配を消すものはもう無い。それでいいか?」
「うん。そのはず。保障なんてできないけど。私はそうだって確信してる」
「そうか。そうだな。ありがとう」
Vのアジトで使っていたのが最後か。
私がアーニャと協力して作ったデコイ。それと似たようなものをあいつも作った。
この先、隠れる必要はない。そして、私たちを倒せば、堂々と姿をさらして世界へ踏み出せる。
「ヨルムンガンドの防衛手段は、対空機関砲が幾つかあるくらいだったな」
「うん。あれは、移動手段か、一時的な拠点にすることしか想定していなかったみたい。もしかしたら、それすら考えていなかったかもしれない。ただ、集めて固めるのみだったのかな……」
ヘリの傍まで来ると、ジャクリーンが扉を開けた。
「よう。お前もまだ、うなされるんだな」
「見てたのか…… ああ、私もさ」
ジャクリーンは手を差し伸べた。
「これが終わったら、悪夢も終わるか?」
「終わらないさ。きっと。覚えているのは、私たちだけじゃない。私が歩いてきた全ての場所に何かが残ってる。それを全部飲みこんでいけば、別の何かも見えるかもしれない」
私はジャクリーンの手を取り、ヘリに乗った。
「そう信じて行くだけさ」
「ああ」
私と、ジャクリーンとエッジが乗り込み、アーニャが操縦席に就いた。
「オーケーだ。お前の歌声はしっかり守るからな」
マイクを装着したアーニャが頷いて答える。
「ワルキューレのつもりで行く?」
「どっちかっていうと、私たちはワルキューレに倒される側だからな。火の神を盗む勢いで行こう。そうすりゃ空も落ちてくる。」
「うん!」
ヘリは飛び立ち、仲間たちはヨルムンガンドへ向かう。
ユナイテッド・アビスの無効障壁を打ち破る何か。
アーニャが見つけ出した、デジタルでは解明できなかった何か。
歌にのせて、人の耳からシステムを侵食していく。
それを使えば、あいつらにも少しだけ痛みが流れるようになる。
それが、アーニャのVenom
作った歌の名は "Sympathy for the Pain"
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