Revolution of Separation 3

 ラボにジェーンの声が響き、私たちは身を伏せる。銃やナイフを構えて、攻撃に備える。だが、レインメーカーを連れて、今すぐ逃げるべきか……

 見られていたのか? なぜ、そんなことを? どうして襲って来なかった?

 そして、何故今、自分の存在を示すんだ?

 そんなことが頭の中で交錯していると、再び声が響いた。


<<おい! 何をやってるんだ!? 作戦を乱すな! 待て! 何処へ行く!?>>


 焦る声が響く。こんな動揺を敵に曝すとは、向こうも相当混乱しているな。

 そして、あの声、聞き覚えがある。エリナだな。ジェーンを近くでサポートしていたのか。あいつにしては、統制が取れ過ぎだと思っていたが、そういうことだったのか。


 レインメーカーが私たちの傍で囁いた。

「あいつらは、私をお前たちに助け出させてから、侵入してきたPMMCを基地に誘い込んで、そこに閉じ込める予定だったらしい。そして、このラボの近くに大部隊を潜ませて、やってくる私たちをさらったうえで逃げる。そういう腹積もりだったようだ。だが、お前たちが、奴らの目論見をくじいてしまったから、作戦を修正している所だったんだろう」

 そして、ジェーンが後先考えずに飛び出した。大混乱だな。

 私を見つけて、何かが疼きだしたか……


 爆発音と共に、ラボの壁が破壊された。


 兵士が大勢いる。車両も何台か見える。その中にいた。あいつだ。

 ジェーン・ドゥ。


「予定が変わって悪かったな、Dr. Scary Love(恐るべき愛情)。だが、お前は連れていく。最後まで付き合ってもらうぞ」

 レインメーカーは、小さい声で呟いた。

「分かってるさ……」


 ジェーンは私を見る。あの時の目だ。私に対する、狂った信仰のような熱。

 私は、手の震えを抑えられなかった。

「どうだ、エメリア? 大した知識も経験も無い女が、たった十年ほどで、これだけの力を手にしたんだ。私が弱かったんじゃない。世界中が自分の弱さを隠そうとして、私を虐げてきたんだ」


「もう、私は騙されない。私は自分の力を自由に振るってやるんだ。奴らの言葉がまやかしだと知っているから、非難も侮蔑も私には届かない。自分たちに返っていくのみさ。それを考える暇も与えないけどな」


 私は、周りの兵士を見た。こいつらの装備、そして、さっきの話。あいつの目。

 恐怖を隠して、強めの声で話す。

「それが、お前の "Venom" か? だが、お前のじゃないな。あまりにも整いすぎている。綺麗すぎる。つまりは……」


 ジェーンが震えて答える。

「そうだ。全部お前のだよ。イノセント・ドラクルの中でも、この広い世界でも、私はお前の力に寄生していた。私が振るう力は、全部お前の力なんだよ。今も昔も、私はお前の力で生きてきた。お前と『あいつ』の力無しじゃ生きていられなかったんだ」

 怒りと喜びが入り混じったような顔だ。私が全部見抜いたことに感激し、そして、自分の力の限界に対する怒りを抑えられない。そんなところか……

 『あいつ』とは、誰だ?


「私に出来た事は、お前の力を真似ることと、コピーを作ること。後は精々飾り立てて、自分が使いやすくするくらいさ。お前が、お前が必要なんだ。お前こそが、この役目を果たすべきなんだ。世界がひれ伏すのは、私じゃなくて、お前であるべきなんだよ」


「人の意識を世界から、そして死者から切り離す。お前と私の毒で、『奴ら』を死滅させる。ライフライン、インフラストラクチャー、なんて仮面を被った『奴ら』の全てを、汚し尽くし、犯し尽くし、ずたずたに引き裂いてやる」


「その時、電子の世界、軍事力、武器兵器、医療技術、とかとかとかは信用を失う。人は自らの精神と肉体しか信じられなくなる。自ら『便利さ』を手放すんだよ。戦いに使えるのは、精々、その辺に落ちている石か棍棒くらいだ。これこそ、一つの革命だ。そうだろ?」


「今度こそお前を手に入れる。もう放さない。ずっと私の傍に置く。お前に相応しい物を揃えて、私がお前を守るんだ!」

 ジェーンの顔が歪んでいく。 私に対する妄執が、顔を歪めてしまう。

 それは、違うんだ。違うんだよ……

「エメリアはお前のものじゃない。お前について行くのは、私だけだ」

 レインメーカーが前に出て叫んだ。私は、気分が楽になった。このまま逃げ出してしまいたい。倒れて気を失ってしまいたい。だが、できない……


 レインメーカーが、ジェーンを睨みつけながら、右足で自分の立っている場所を何度も踏んだ。つま先や踵で叩くようなこともしている。

 その場所にいろ、ということだろうか?

「っ…… いや、私は…… エメリアを……!」

 ジェーンは取り乱しながら、レインメーカーに反抗しようとするが、うまく言葉が見つからないようだ。私の事になると、時々こうなった。変わっていないのか、あいつ……


 レインメーカーは少しずつ動き、私も移動する。ジェーンの目が私を捉えると、アーニャが盾になるように私の前に出て、言った。

「そうだよ! お前なんかに、エメリアは渡さない。ずっと、私と一緒にやってきたんだよ。私と一緒にいてくれたんだから。もう、お前に酷い事はさせない!」

 それを聞いたジェーンの表情は、怒りに満ちた。目が血走って、口が妙な形になってしまっている。

「……アーニャ……! お前、お前は! お前は、何をしてきたと言うんだ!? この世で最も偉大な宝を手に入れておきながら、やってきたことは、自分の傷をわずかにさらして、撫でてもらうくらいじゃないか! そんなことで、エメリアに何かしてきたつもりなのか!? 私が、私が動けなかった、あの、ほんのわずかな時間に、エメリアを奪って、私から逃げ回る日々だったじゃないか!? この! この薄汚い――」

「やめろ!」

「!?」

 思わず叫んでいた。ジェーンは、私を見て、目を丸くしている。

「アーニャを悪く言うな!」

「……っぁ!」 

 今度は、目に涙を溜めているようだ。悲しく歪んでいくように見える。私はもう見ていられなくなって、目をそらした。

「っ! っぅ! ふぅぅうっ!!」

 しばらく、息が荒くなった後、静かになった。恐ろしくて顔を見ることが出来ない。

「エメリア以外、殺せ。全部、全部だ。焼き尽くしてしまえ!」

 周りの兵士たちの銃口が火を噴いた。ジャクリーンが私たちを押し倒し、銃弾を交わすことが出来た。そのまま伏せる。レインメーカーも少し離れたところで物陰に隠れている。


<<落ち着け! 落ち着くんだ! レインメーカーは殺すな! そして周りを見ろ! 敵が集まってきているぞ! 陣形を固めるんだ!>>


 外から声が聞こえた。大音量で流れている。あの声、エリナだな。どうやらPMMCが異変に気づき、ラボに向かいながら攻撃を仕掛けてくれたらしい。ジェーンたちの攻撃が、やや弱まったように見える。それでも、こちらに向ける戦力は多い。


「アーニャ、来てくれ」

 銃弾が飛び交う中、物陰に隠れているレインメーカーと私たち。身を伏せながら、レインメーカーがアーニャを呼び、二人は近寄る。

「これは、賭けだ。勝てば世界には、少しだけ希望が残る。私はそれを信じて、お前にこれを託す」

 レインメーカーはアーニャに何かを渡したように見えた。だが、私からは良く見えなかった。

「……! わかった」

 アーニャは手渡された何かを見ると、頷き、それをしっかり握りしめた。

「頼んだぞ」

 そう言うと、レインメーカーはジェーンたちの方へ向かって行った。

「おい! 分かるか? 私だ」

 レインメーカーは、両手を挙げ、自分の存在を宣言する。すると、レインメーカー付近への銃撃が止み、何人かの兵士が取り囲む。


「待って!」

 アーニャが飛び出そうとするのを私が止めた。

「がぁっ!」

 その時、腕に銃弾が命中してしまった。アーニャは無事の様だ。

 腕を押さえて、痛みをこらえる。銃弾は、貫通したようだ。

 レインメーカーは、私の目を見ていたような気がした。そして、私は、ここを動くべきじゃないと思い、アーニャを抑えてじっとしていた。


 どれくらいの時間が流れたか分からない。きっと、一分も経っていなかっただろう。それくらいじっとしていた時、私たちの足元が崩れ、その下にあった通路に落ちた。通路と言っても、かなり狭い。だが、傾斜のある滑り台のようなもので、私たちは滑り落ちていった。しばらく、滑っていくと、視界が光に包まれ、地面に放り出された。研究施設から少し離れた場所に出られたようだ。


 アーニャが施設に戻ろうとするのを、私は止めた。

「助けないと…… 私が、私が助けないと……」

「ダメだ。このまま、エッジ達に合流して、安全なところに退く。絶対にレインメーカーは助けるから。私とジャクリーンで。なあ、そうだろ?」

 私はジャクリーンに同意を求めた。言っているのは本心だが、何か考えがあったわけじゃない。この場を安全に切り抜ける為に、アーニャを落ち着かせたくて、口から出た言葉だ。ジャクリーンは、頷いてくれた。そして、アーニャをなだめるのを手伝ってくれた。


 一瞬、ラボの方から何かを感じた。振り返ったのは私だけ。気のせいかもしれないが、たぶんあいつだ。 ジェーンは、私が逃げた事を知った。そして、悲鳴を上げたんだろう。きっと、恐ろしい声で。


 その後、エッジ達のPMMCに合流して、戦いの推移を見守った。ジェーン達は、猛烈な攻撃を仕掛けた後、一気に退却。ヘリや輸送機で脱出し、どこかに消えていった。

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