Mechanical Memories
-1-
エッジは相当な信頼を得ているようだ。PMMCの反応で分かる。銃の腕、機械の知識、情報技術、体力もある。そして、ハイドローグの扱いが上手い。そこまで来ると階級がどうのこうのなんて関係なくなってくる。そういう人間が一人いるだけで部隊全体が力を高まる。
やっぱり、お前はアーニャの傍に居て欲しいな……
ハイドローグ。世界に広まった医療技術の新体系。人工物の体のパーツだが、体に装着されると、その者に適した形に変わっていく。まるで、持ち主の望みを知っているかのように。そして、体の一部となる。コンピュータや各種デバイスなどは言うに及ばず、体の各部位、内臓器官などにも使う事が出来る。戦場で体の一部を失っても、これで補えるようになった。なってしまったんだ。
ハイドローグは、ハイドラマーと呼ばれる物質を使って作られる。この物質を核として様々なものを生み出す。この物質は命令を与えられると、何かの意思を持っているかのように、必要なものを周りに集め形作る。その様がまるで、多数の頭を持つヒドラが首を伸ばして増殖しているように見えた事から、ハイドラマーと呼ばれた。
ハイドラマーの生成方法は謎が多い。多くのPMMCは生成方法を知っているようだが、機密扱いで開示されない。だが、年々需要は増している。そして供給が追い付ていることから、徐々に秘密が明かされているのだろう。全面開示は時間の問題だと思うが。
ただ、私たち、イノセント・ドラクルで生み出された者たちに、ハイドローグはとても相性が良い。外の人間と比べると、パーツの生成・適合のスピード、その後の扱いやすさや威力。すべて私たちの方が強力だ。まるで、もともと私たちの体の一部であったかの如く。そこで、思い至った。ハイドラマーの生成には、サークレットが関わっていると。
サークレットとは、私たちの血液に流れる物質だ。イノセント・ドラクルで生まれた者に生得的に備わっている何か。
アーニャが教えてくれたことだが、私たちは外の人間に比べてエネルギーの消費量がとても多い。呼吸や水分の摂取、食糧の補給、排せつ行為は、外の人間たちとあまり変わらないにも関わらず、体を動かすために使う力が多く必要だ。生まれながらに重りを着けられているかのようだったわけだ。
つまり、そんな状態で通常の生活が出来るようになった場合、私たちは外の人間たちに比べて、運動のしやすい体になっているということだ。そして、外に出た事で、
それを徐々に外す方法も見つけ出している。
だが、分かっているのはそれくらいだ。ハイドローグとの相性は、直感だ。出来ることをやりながら、色々見つけ出していくしかない。
エッジもきっと、そう考えて色々やっているんだろう。あの中に居た仲間たちは、どうしているのかな……
-2-
「奴らの拠点まではもう少しなんだ。だが、ここから先へは進めない。何故かは分からないが、いくつかの部隊が一気に壊滅してしまった。斥候は悉く排除される。状況がまったくつかめない」
PMMCの上官はそう話していた。私が斥候を買って出ると、エッジが護衛に着くことになり、アーニャも同行することになった。部隊が撃破されたポイントを幾つか見て回ろうと思い、地図を見ながら、双眼鏡で偵察する。高地にある建物を見た。
「あれが、ジェーンの基地か…… あそこが、ラボ…… あのあたりにレインメーカーがいるのか」
戦場となっている場所へ焦点を向ける。
「なるほど…… 装甲車が破壊されているな。それも、相当な数だ。……上の方の基地から狙撃されたのなら分かるが、それにしては、被害が大きすぎるな。ミサイルやロケットランチャーの類でも配備されているのか?」
エッジに尋ねる。
「配備されていてもおかしくはないが、使われた形跡が無いんだ。奴らは白兵戦でこちらを圧倒している。だから、あの破壊力のことは謎なんだ」
「ふぅん。 ……ん?」
私は、地面が隆起しているのが気になった。そして、それらを追っているうちに、ある考えが閃いた。
「エッジ、一緒に来てくれ。それと、さっきの話は止めにするかもしれない」
「? ……とにかく、一緒に行くよ」
私たち三人はPMMCの拠点のはずれに来た。そして話し始めた。
「エッジ、この辺りに、最近雨は降ったか?」
「いや、ずっと降っていない。ここ一か月は全くないはずだ」
「ふむ……」
私は地面を足で踏みしめたり、すり足で擦ったりした。湿っている。ほんの僅かだが、私には分かる。これは、まさか……
私は、地面の土を少しつまみ、口に含んだ。
「何をやってるんだ?」
私は口の中で土を転がしてから吐き出した。
「ウォルンクァだ…… あいつがいる。あいつは見ている。この辺り一帯を全部……」
「なんだって? どういうことだ?」
「エリナだよ。あいつは自分の力を追求していったんだろう。私と同じように。この土の味にあいつの感じがするんだ。これは、うまく説明できないが。私たちがこの場にいる事もすべて見られている。こっちの状況は筒抜けだ。疲弊してきたところを大部隊で攻撃してくるかもしれない。急いで動く必要がある」
その後エッジに話をつけてもらい、小隊を一つ出して貰えることになった。状況が動けば、主力部隊を動かすとのことだ。
Elina the Water Wollunqua
かつての仲間。水の名前を与えられたもの。その力を追求してあらゆるものに浸透させることを覚えたか。自分のフィールドの全てを感じることができるんだろう。状況の把握は得意だったな、あいつ。
そして、あの破壊力はおそらく、アンフィスバエナ。地中を動く、双頭の蛇。どこにいるか、どこから出てくるか分からない。だから、地面をかき乱す必要がある。とっておきを使うしかないな。
私は、エッジと小隊に先行して、敵部隊の中に潜り込み、敵兵士を拘束する。そして首に注射を打ち込む。これも、アーニャと一緒に作ったもの。一時的に感覚と思考を乱し、こちらの意図した行動をとらせる。同士打ちをさせるようなところまではいかないが、こちらの望むポイントへ誘導することができる。私たちは、これを『エキドナ』と名付けた。
幾つかの場所で敵の背後から近づき、締め上げてエキドナを打ち込む。それを繰り返して、敵に私たちの『毒』を混ぜていく。そして、エキドナを打った兵士に仲間を伴って移動させ、そこを私たちの小隊が叩く。私のデコイで、敵には何が起こったか分からない。消えているわけでも、存在しているわけでもない、妙な反応として認識されている筈だ。そして、エリナにも。
エキドナを打った兵士の死骸はそのまま地面に放置する。惨たらしいが、これも作戦の内だ。これを繰り返して、この辺り一帯にエキドナを侵食させる。ウォルンクァの力がどれほどか分からないが、この影響は無視できないはずだ。何かがおかしいと思うだろう。
周囲の戦場に展開していたPMMCをこの場に集めてもらった。こちらが優位になってきた。これで、主力を投入すれば、あの基地までの道は開けるだろう。最後の仕上げだ。
私は、敵の部隊の中心部へ潜り込む。そしてエキドナを打ちこみ、撒いていく。
「アーニャ、準備は?」
<<いつでも、いけるよ>>
無線を切って、大きく息を吸う。私の存在を強力に示すデコイAを投げ、起動する。
ジェーンの部隊が一斉に、デコイAが投げられた場所を見た。そして、次の瞬間、部隊全体が感電したかのように震え出し、動きが止まった。デコイAに反応した瞬間、エキドナを介して、アーニャが情報の洪水を流し込んだ。処理しきれなかった者たちは体が硬直してしまう。大仕事の時のとっておきだ。
「エッジ、今だ!」
<<了解!>>
動きの止まった敵に向けて、味方のPMMCが突入する。一網打尽だった。
旗色が悪くなったのを見ると、ジェーンの部隊は撤退していった。
ジェーンの許に、エリナとセシリアか……
あいつらと戦う事になってしまうとは、酷い話だ。だが、これも私が招いたことなのか…… あいつらと戦う事が、私に必要だとでも? 今は、やれることをやるしかないか。
私は、『歯』に集中する。
エリナ、セシリア、ジェーン。その三人を倒す、息の根を止める様を想像する。持っている知識を総動員して『毒』作り出す。そして送り込めるように『歯』を研ぐ。十年近く、これに似た事をして来てしまった。それが役に立つことになるとは……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます