Quality of Life-Saving そして、その対価

Gentle Network

-1-


 イノセント・ドラクルのスタッフは、自衛の技術を求められる。実験体が研究によって強力になるとともに、スタッフたちも力を強めていった。そして、一部の者が抜きん出て、スタッフをまとめる役割を担う事になる。

 ドクターとソルジャーの力を併せ持つその者たちは、ドレイクと呼ばれた。


 イノセント・ドラクルは変化している。

 耳で聞こえる何か、匂いに混じる何か、空気に潜み肌に感じる何か。

 何の根拠もないが、何故か分かる。分かる気がする。

 そして、あいつにも。

 アーニャの様子が最近おかしい。ドレイクへの態度が従順ではあるが、眼から放つ視線が痛い。私は彼女の視線に痛みを感じる。私に向けるものも、誰かに向けるものも。


―――――


 ようやく巡ってきた。

 自分の命を絶つ力。でも、あいつらに一つ仕返しをする。

 エメリアには、怒られるかもしれない。でも、もうそんなことも考えられない。私は消えるべきなんだ。

 働いた報酬として、あのドレイクの装備を盗んでもらった。今、あいつは丸腰で装備を探している。そして、ようやく買えたこれで――


 ガチャ


 隠れていたトイレのドアが開かれた。エメリアが見つけた。私を。

 どうしてわかったんだろう……

「アーニャ…… それは、拳銃か?」

 拳銃を持ってうなずく。

「ベレッタM9、……私の騎士……」

 エメリアは、一歩近づいて話す。変な顔だよ。なんだか、笑っちゃいそう。

「……何をしてるんだ……」

 弾倉を持って、装填。

「9ミリ……パラベラム弾……」

「ドレイクに見つかったら、また酷い事になるぞ。あいつは、おまえを――」

エメリアに視線を向ける。おかしいな。今は、すごく気分が良い。

「わたしは…… とっくに…… ひどくて…… みにくい……」

 足音が近づいてくる。速足だ。乱暴な音。

「お前たち、何をしている!?」

 装備を付けていないドレイク。エメリアを見つけてやってきたんだね。焦りと不安が見えるよ。もう、どんな怒鳴り声も私には響かない。悲鳴を上げているようにしか聞こえないから。

「ドレイク…… アナスタシアは、実弾を装填した拳銃を持っています……」

「!」

 立ち上がってドレイクを見た。

「平和を望むなら……平和のために平和の維持を……

 怒りを燃やすには……怒ることに怒る……


 両足を均等に地面に着ける

 すべての重さを、土踏まずに集め、地面に落とす

 構える 

 地面から手、銃までを一つにする

 頭は、外れやすい

 胸は肋骨で防がれることがある

 アマチュアが致命傷を与えたいなら、狙うのは、腹」

「おい……」

 ドン!


 何か言いかけたドレイクに銃弾を叩きこんだ。

 ドレイクは倒れた。あれほどの恐怖を感じた者がこんなにあっさり……

 今までのは一体何だったの……?


 もう、いい。これで終わり。ごめんね、エメリア。

 私は、銃口を顎の下に置いて引き金に指をかけた。

「アーニャ!」

 引き金が引かれる、銃を奪おうとしたエメリアの右目を銃弾が抉った。

「ぐぅおああぁー!!」

 悶え苦しんでいるエメリアを見ながら、私は座り込んで、何もできなかった。

 私は何をしているんだろう。私は、これから、何を……


 周りが騒がしくなっている気がする。耳鳴りがして良く分からない。

 トイレに誰か入ってきた。

 ジェーンだ。

 私たちを見た後、落ちた拳銃を拾い、残りの弾丸をすべてドレイクに撃ち込んだ。

「私がやった。全部な。そいつの右目もだ」


 それから、ジェーンをしばらく見なかった。

 どうして、私はまだ生きているんだろう……

 今日はこれから、何を……


―――――


「はっ」

4WDの後部座席で目を覚ました。

「大丈夫か?」

「……うん。大丈夫」

 もう、あそこにはいないんだ、私。

 ……良かった……

「すごい汗だぞ…… 少し止まって風に……」

「ううん、大丈夫。窓を開けていれば」

「そうか。分かった」

 水を少し飲んでから、深呼吸。

 これが現実。信じよう。


-2-


 私が運転して、アーニャには後部座席で休んでもらっていた。こいつは今の体になってから、戦場を駆けることをあまり経験していない。実際どうなってしまうか分からないな。

 あのうなされ方から見ると、まだ夢に見るんだな……

 私もだけど。

 

 しばらく、車を走らせ、ブラッディ・サンから指定されたポイントで停めた。

 この辺りで、PMMCとコンタクトするためのガイドと合流する予定だ。

 「もう少し先だな。ここで降りて歩こう」

 「分かった」

 私たちは車を降りて歩き出す。夜明け前の暗闇で、見通しは良くない。警戒しながら進む。このまま真っすぐ進めば小屋があり、そこが合流地点だ。

 背の高い木や草がほとんど生えていないから、身を隠す場所があまり無い。狙われやすいかもしれないが、何かが潜んでいるなら、私も気付きやすいだろう。

 空の色が明るくなって来た時に、小屋を見つけた。

「私が調べてくる。ここにいてくれ」

 アーニャはうなずいた。

 銃を構えて小屋に向かう。ドアを開けて中を確認し、入る。

 誰も、いないか……

「銃を捨てろ」

「!」

 男の声がした。ドアの影に隠れていたか。背中に銃が向けられているようだ。

 だが、この声……

 拳銃を床に置いてから、両手を挙げて立ち上がる。

「そのまま、うつぶせになれ。両手は頭の後ろに」

 背中を向けたまま、私は言った。

「……安全装置がぞ。神経質な奴だな」

「……は?」

 相手は言葉の意味がつかめず混乱したようだ。やっぱりな。こいつも……

「指とトリガーの間に空気を感じて、右手が緊張する。左手の力が抜け、銃口がやや下がる。元に戻そうとする際に、安全装置に目を向ける……」

 相手の首が動くのを感じて、私は身をひるがえして銃を掴み、左手で銃を引き寄せながら右手で相手の腹に肘を打ち込む。

 「っ!」

 そのまま銃を奪い、足を払って転倒させた。相手に奪った銃を向けながら言った。

 「不安が多いな。だから、私の言葉が容易く入り込んだ。自分を見失うと危険だぞ。戦場でも、それ以外でもな」

 「くっ……」

 目だし帽をかぶった男は、私に視線を向け、歯を食いしばった。

 「プレッシャーに押されているな。アンダー・プレッシャーお前みたいのを大勢知っている。それを掻き消そうと無茶をして死んでいった奴も多いぞ」

 「……やっぱり、まだ差は埋まってないか……」

 「? どこかで会ったか? 私に恨みでも?」

 相手は左手を挙げて、右手で目だし帽を取った。

 「! お前…… エッジか?」

 「ああ」

 イノセント・ドラクルでの仲間。

 夜の縁にいるニーズヘッグ "Nidhogg on the EDGE of the Night"

 あんな場所でも仲良くなれる相手がいた。こいつとアーニャは特に。

「お前も、戦場に?」

「他に出来る仕事が無かった。でも、このガイドは志願した。もう一度何かを見たくて……」

「何か、ね……」

「……」

 銃を返してから言う。

「やっと、あいつにも返せるな。本物の騎士を」

「?」

 エッジと一緒にアーニャの許へ向かう。

 どんな顔をするかな……


-3-


「こいつがガイドのようだ」

「そ、そうなんだ……」

 アーニャとエッジは一度顔を合わせると、お互いに俯いてしまった。こいつらずっと支え合ってたからな。十年ぶりか…… 私が引き裂いてしまったんだよな……

「アーニャ。本物の騎士が戻ってきたな。これで、お前は大丈夫だ」

「う、うん…… え、ちょっと」

 エッジの顔を見る。まだまだ不安が多いのはお互いさまだ。こいつの眼は真っすぐで、迷いが無い。

「エッジ。お前も、この事件にジェーンがいろいろ動いているのは知っているんだろ?」

「ああ」

 エッジは頷く。なら

「やっぱりな。私はあいつと向き合わなくちゃいけないんだ。やっと、それだけの力がついたってことなんだろう。十年間たまったツケを払わなきゃいけないんだ」

 アーニャを見る。口を半開きにして私を見ている。

「アーニャ。お前はこれでエッジと生きていける。この件は何としても私が片を付けるから、お前はエッジと一緒に見ていてくれ。危なくなったら――」

「待って!」

 目が怖いな。

「勝手に話を進めないでよ。私はレインメーカーに会いに行かなくちゃいけないの。自分で決めた事だし、私がやらなきゃいけないことなんだから。それに、エメリアと離れるようなこと言わないで」

「……」

 まいったな。まずいことを言ってしまったか…… でも、お前はエッジといるべきなんだよ。私じゃダメなんだよ。

「俺は」

 うん?

「俺は、この仕事が終わったら一度話し合いたい。それからじゃダメか?」

「……いや、それが良いな。そうしよう。うん」

「うん」

 私たちは頷いて次はどうすれば良いか、話し合うことにした。



-4-


 この先に展開する味方部隊の拠点まで、エッジが案内してくれる。私たちはエッジの後ろについて、歩き始めた。

「拠点のすぐ傍でも戦闘が起こっている。用心していこう」

 エッジが警戒を促す。言われなくても、だな。

「ジェーンの部隊はどんな感じなんだ?」

「実態は良く分からないが、これは言える。恐ろしく強い奴らだ」

「……そうか」

 あいつは、この世界でも力を発揮してしまっているんだな。そんな力を持って、何をしようって言うんだ。


 エッジが無線を使って連絡するようだ。

「サークルメッセンジャーから、チーム・アルファへ。荷物を運んできた」

「チーム・アルファ、了解。与えられたデータとの照合を求む」

「ちょっと待ってくれ」

 エッジが無線機を私たちに向けてきた。

「お前たちの名前を言ってくれ。それと声紋で認証を得る」

「わかった。私は、Emelia the Rolling Nagi 」

「私は、Anastasia Ananta 」

 しばらくして、無線の相手から返事が来た。

「アナスタシアの次が違うようなんだが」

「ああ…… 昔の名前だね。あの、もう一回、

 Anastasia "Infinite Dreams" Worm 」

「認証完了。ご苦労だった。来てくれ」

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