Falling with the Infinite

-1-


 ブラッディ・サンは、必要な情報のファイルを送信してきた後、返事を待つと言って通信を終えた。私は、アーニャに向き合っている。

「誰なんだ? レインメーカーって」

「私の、友達……」

 すこし、沈黙。その後、私が口を開く。

「……お前がそこまで動揺するような友達か。私が知らなきゃいけない理由なんて無いけど、少し話してくれないか?」

「……怒らないで聞いてね」

「ああ」

 アーニャは一度深呼吸してから話し始めた。

「レインメーカーは、イノセント・ドラクルの研究者だったの」

「やっぱり、か……」


 イノセント・ドラクル。無邪気な竜公。名前の由来は分からないが、それが存在する場所に関係があったという噂だ。誰が設立したのか良く分かっていないが、それは存在した。私たちは、そこで生まれた。


 科学技術、遺伝子技術、心理学、医学、あらゆる技術をすべて研究、実験、行使できる研究所。中に居る者にとっては、監獄か地獄だ。十年ほど前、その存在が世に曝された。関係者、首謀者、責任問題、その他諸々が動き出したが、世界規模でのスキャンダルにはならなかった。つまり、世界中が関与していたんだ。ひっそりと閉鎖がきまり、こっそりと私たちは解放され、あっさりと痕跡が消え去った。何も分からないまま放り出された私たちは、途方に暮れながらも寄り添って生きてきた。二度と関わりたくないものの名前だ。


「どうして、そんな奴と友達になれるんだ? 私たちを弄んできた奴らだろう?」

「うん…… 私もそうだったけど、レインメーカーとは気が合うっていうか……」

「気が合うって、お前……」

「それに、私の願いを聞いてくれた」

「願い?」

「私を人間にしてくれたから……」

「……ん? 人間? ……! まさか、私にある――」

「そう」

「……そうなのか……」


 アーニャはある時から、名前を変えた。アナスタシア・アナンタ。それが今の、彼女の本名。外に出てから二年くらい経った時か…… そういえば、あいつと連絡が取れなくなったのも確かそのころ――

「私だけじゃなくて、ジャクリーンも彼女に助けてもらったの」

「は?」

 広い世界に出た直後、私たちは三人でどうにかやってきた。私とアナスタシア。そして、もう一人がジャクリーン。私がアーニャと仲良くやっていたもんだから、ジャクリーンがどこか孤立してしまったような気はしていた。そして、徐々に距離が開いていって、消えた。


「ジャクリーンは、そのお礼に、レインメーカーを守るって言ってた。だから、私たちから離れたの」

「ちょっと待ってくれ」

 考えが追いつかない。何を言ってるんだ? だったら、どうして……

「どうして、私は知らないんだ? お前たちの事と、レインメーカーの事を」

「私たちで、決めた。あなたにだけは、黙っておこうって」

「何でだよ?」

「……それは、上手く言えない。たぶん私たちにも分からないんだと思う。でも、三人とも同じ気持ちだった。エメリアには、手助けをしちゃいけないって」

「……なんだそれ?」

「ごめんなさい。私の、あれを、引き受けてくれたのに。本当にごめんなさい。でも、私たちが今、どうにかやっていけているのは、この選択が正しかったって思えるの。だから、私は……」

 アーニャの眼に涙が溜まっているように見えた。これは、本気だ。なら、ジャクリーンも、きっと同じような気持ちだったのかな。もしかしたら、今も。深く息を吐いて、アーニャの眼を見る。

「私は、仲間はずれじゃないって思っても良いのか?」

「うん! そう。絶対に。だから……」

「分かった。信じるよ」

 アーニャの顔が明るくなる。心底安心したみたいだ。まあ、これで良かったんだろう。


「さて、今聞いた話から想像すると、レインメーカーっていうのは、相当な腕の研究者なんだろうな」

「うん。現在のPMMCの技術力にかなりの貢献をしたみたい」

「そんな奴が、よりによってジェーンにさらわれて、研究を強いられる、か……」

「助け出さないと、大変……」


 ジェーン・ドゥ。イノセント・ドラクルで、私たちの身近にいた女。暴力、略奪、支配。私たちを、なぶり続けた奴。

 イノセント・ドラクルからの解放直前、あいつは管理側を追い詰めた。その結果、あいつは解放時に全身に傷を負っていた。医療機関へ連れていかれ、その隙に私たちはあいつから逃げた。


 この仕事をしていると、時々噂を聞く。PMMCの一部に、強大な勢力が形成されつつあるようだ。実態はつかめないが、勢いのある企業群から、ある名前が繰り返し発せられている。


 ジェーン・オーシャン・ドゥ。


 別人だ。と、私は自分に言い聞かせてきた。もしも、こいつが、この世界でも強大な力を手にしてしまったら……

「引き受けよう」

「うん」

 私たちは、送信されてきたファイルを開き、読み始めた。そして、ブラッディ・サンへ返事を出す。


-2-


 ブラッディ・サンからの依頼は、レインメーカーを助けることだが、私たちがやることは、その一部のようだ。レインメーカーは、相当貴重に扱われているようで、PMMCの大手三社がそれぞれ救出作戦を検討していたらしい。ブラッディ・サンはそれを統合して、大部隊を編成した。私たちは隠密行動部隊として参加すればいいらしい。

 レインメーカーが捕えられているのは、私たちがいる地域の西にある山岳地帯のようだ。偶然だろうな? 下を見下ろせる場所に陣取り、研究所とベースキャンプを備えている。登ってくる敵を攻撃しやすく、危険が迫ればヘリで逃げ出せる。まさに高い砦だな。私たちを、PMMCの部隊に合流させるためにガイドが派遣されているらしい。まずは、そのガイドと合流する。


 私が準備をしていると、アーニャも慌ただしく動き出した。どうやら一緒に来るつもりらしい。

「今回は、単独での仕事じゃないから、お前は来なくて大丈夫だぞ。ここからサポートしてくれればいい」

「ダメ」

「ダメって、お前……」

「私も行く。レインメーカーの所へ」

 アーニャは真っすぐ私を見る。眼をそらさない。

「……銃は撃てるか?」

「うん」

「なら、それを持ってずっと私の後ろにいるんだ。いいな」

「うん」

「私は、大丈夫だけど、山では無茶をしないでくれ。いいか」

「うん」

「よし、じゃあ、続けよう」


 そして、私たちは戦場へ向かった。


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