Venom Cri(es)mson

風祭繍

ぎりぎりの所で、立ち止まりながら

Cold Bloody War

-1-


 草むらの中に身を潜め、私は全てを見ていた。

 銃弾が飛び交い、叫び声が上がり、人が倒れる。私の目に映るのは、世界に拡散した戦場の風景。映像ではない、本物のLIVE。そこで感じるのはただの事実のみ。


 ここは戦場で、私はまだ生きている。


 多くの人が殺し合い、死体が転がっている。


 認識するのは、事実のみ。そして次にどうすればいいのかを考え、動く。


 戦闘が終わったようだ。

 一つの陣営がこの場で勝利した。生き残っているものを助け、安全な場所へ退いていく。その陣営の目論見がどうであれ、この場には用は無いのだろう。自陣の防御を強化するか、この先のエリアを制圧にかかるのか、それとも他の何かか。とにかく、私の目的を果たさなければならない。私は草むらから身を起こした。


 ターゲットは死体となっていた。私の目的はそいつのバックパックにある。私は、バックパックをはぎ取り、自分の腰に装備して、その場を去って行く。


 戦闘が終わっても、戦場は眠らない。もうすぐこの場所には、死体や装備を回収するために、両陣営から部隊が派遣されてくる。そいつらに見つかれば、危険は増す。

 今では死体も財産なのだ。戦争がビジネスへと変わりつつある中、意見の対立を糧に、争いは進化していく。武力と医療の力でビジネスを行うPMMC(Private Military and Medical Company)の台頭により、各陣営の兵士は肉体を強化、改造される。そして、死んだ後も研究対象となる。死んだ後に一体何をされているのか、なんて考えたくもない。


 とにかく、ホットゾーンを抜け、仲間との合流地点へ向かわなくては。しばらくは、背の低い草むらが続く。その先の森へ入れば単独での行動は有利になるだろう。存在を疑われなければだが。

 警戒しつつ進んでいると、前方に無人機が飛行しているのが見えた。

 どうやら、どこかの部隊の進行方向とぶつかってしまったようだ。無人機は攻撃してこないが、偵察の能力は優れている。空と陸に放ち、危険を察知する。あいつらを交わして、その先の部隊をやり過ごさなければならない。

 

 無人機を交わす術は、僅かながらに持っている。相棒の技術力と私の経験で作り出した特製のデコイ。無色透明の気体を発生させ、これで無人機のセンサー、制御機構に誤認識させることができる。

 一つは、『何か、異質なものある』という曖昧な感覚を生じさせるもの。

 もう一つは、『自然の中の何か』という認識を生み出す。

 私は単純に、前者をデコイA、後者をデコイBと呼んでいる。

 デコイAで無人機を誘導し、デコイBを所々に置き気配を殺し、匍匐して進んでいく。これで無人機は回避できた。だが、何かがあったという事を隠すことはできない。無人機からの情報を得た兵士がこの辺りを捜索するだろう。

 そして、やってきた。兵士が二人。先程のデコイAを投げた辺りへ。無人機の来た方角から予想していたから、兵士から距離を取ることが出来た。

 敵の本隊は森とは別の方角から来ているようだ。このまま距離をとって森へ入ることにしよう。ゆっくりと進んでいく。


 ガシッ


「!?」

 右足首を何かに掴まれた。見ると地面から手の様なものが生えて私の足首を掴んでいる。


「モグラか」

 地中を進む無人機だ。陸上や空中の兵器と比べると高価なため配備数は少ないが、時々混ざっていることがある。だからこそ油断が生じる。うかつだった。


 周囲の雰囲気が変わったのを感じた。大勢の人間、そして無人機がこちらに向かってくるのが分かる。ナイフで右足に絡まった触手を破壊する。そして走り出した。

 後ろに向けてスモークグレネードをとデコイAを投げる。煙が撒かれるとそれに向けて拳銃で3発撃った。そして、デコイAの出力を最大にする。これで無人機のセンサーに大量の反応が現れ、人間は煙幕で視界を遮られる。だが、混乱するのも長くて30秒ほどだろう。だから、全力で走って逃げ、森の中へ入った。

 森の中までは、おそらく敵は追ってこない。奴らは戦闘の為に来るのではないのだ。自陣の兵士の死体の回収が最優先事項。だから、私を見つけ出すなら、別に捜索部隊が送られてくるはず。私は、森を抜けた先の合流地点へ急ぐ。


 合流地点の4WDにたどり着くと、運転席の人間が私を迎えてくれた。


「大丈夫だった? エメリア」

「ああ、なんとかな。回収してきた、この通り。アーニャ、出してくれ」

「分かった」


 私たちを乗せた車は、戦場から離れていった。



-2-


 助手席に座りながら脱力する。

「何とか撒いてきたが、追ってくるかな?」

「大丈夫だと思うよ。死体や装備の回収の方が利益が出るだろうし、エメリアの追跡にかかる費用は、リスクを考えても大きすぎるから」

「そうか……」

 今は、命も死体も戦場の管理もビジネスだ。どこかに乗っかっていると思うと罪悪感もあるが、あまりにも淡々と動く世界を見ると自分の心も動かなくなってしまう。

「収入のためとはいえ、早めに足を洗いたいな」

「うん…… でも、このままだと、たぶん……」

「戦場は拡散を続けるな……」

「うん……」

 私たちは、何でも屋をやっている。出来ることは何でもやって稼ぐ。そして、他の所では受け入れられなかった仕事が多くなってくる。今回の戦場での探し物など。

 私たちの仕事は評判が良いようだ。そして、戦場での仕事が多くなりつつある。戦場が増えれば、私たちの稼ぎも増える。だが、これではダメだ。

 戦場で稼ぐのは私たちだけじゃない。PMMCはもとより、私たちのような隙間産業も数多くあることだろう。見えない所で何が起こっているかなんて、知りようもない。

 私の感覚がまだマシな方だと思いたい。そして、これを保っていられると信じたい。


「もうすぐ回収屋と接触するよ」

「分かった」

 前方からトラックがやって来る。拳銃を確認してトラックに注意を向ける。

 広い草原の中で、車が二台だけ。何が起こっても助けは無い。

 アーニャが車を止めた。腰のバックパックを外し、アーニャに渡し、隣に止まったトラックに集中する。

 トラックの助手席から男が降りてきた。右手に少し大きめの金属片を持ちそれをアーニャに差し出した。アーニャも同じような金属片を出し、男のそれと合わせる。デジタル技術の進化が留まるところを知らない中での、アナログの認証。割符だ。

「お望みのもの」

 アーニャがバックパックを差し出す。

「確認する」

 男が運転席の人間にバックパックを渡し、しばらくすると何かを受け取ってこちらに向き直った。

「確認した。依頼の品だ。感謝する。そして、これを……」

「受領するね」

 アーニャは紙にサインして、報酬を受け取る。紙幣と価値のある鉱物だ。

「では、これで」

「ええ」

 そして、私たちは彼らと正反対の方向へ走っていった。しばらく走った後、アーニャが口を開いた。

「追跡は無いみたい。もう大丈夫だよ」

「ああ、そうか……」

「このまま帰るから、疲れたなら眠っていいよ」

「ああ……」

 そして、私は眠りに落ちた。


 私たちは、戦場からやや離れた町に拠点を持っている。安全と危険が入り混じり、人や物資の出入りが多い。紛れやすく、立ち去りやすい。そんなところを転々としつつ、仕事をこなしていく。そうすると、土地や人、危険や困窮、需要と供給なんかに鼻が利くようになってきた。目立たないように稼いで、私たちはどうにかやっている。

 人通りの少ない区画の、ほとんど廃墟のような建物が、今の私たちのアジトだ。外側はボロいが、中身はアーニャが整備してくれている。自作のコンピュータとセキュリティ。独自の暗号と通信システム。自家発電の設備まで揃ってる。そして、すぐさま移動できるように分解、収納可能なパーツで構成され、私にもそれを扱えるようにマニュアルまで作ってある。気を回し過ぎだ。

「アーニャ、すまない。私、今日はもう……」

「うん。もう、眠って大丈夫だよ。後の事はやっておくから」

「そうか、ありがとな……」

私は、自分の部屋に戻って、ベッドに倒れ込んだ。



-3-


 次の日、アーニャと私は、モニターの前で待機していた。

 仕事の依頼があったのだ。依頼してきた者の名前は『ブラッディ・サン』。私たちと何度か仕事をした相手だ。私たちと話すこともあるのだが、その場合は音声のみで、モニターに説明の詳細を乗せるという方式でやり取りする。あらかじめ送信されていたメールに、その旨が記載されていた。


「来たみたい」

「ん」


 モニターに"BLOODY SUN"と黒い文字が表示される。その文字以外は真っ白だ。


「久しぶりかな? また仕事をお願いしたいのだが」

「中身によるな。あんたのはいつも重労働だから」

「そうだろうな。だが、いつもそれに見合った報酬は用意しているつもりだ。サポートもだ。今回もそのやり方は変わらない。」

「つまり、戦場での仕事か」

「その通りだ。だが、今回は少し事情が込み入ってくる。お前たちのことに関して」

「……? どういうことだ?」

「始めに、報酬を提示させてもらう。前金と成功報酬だ」


 提示されたのは、昨日受け取った紙幣の30倍ほどの額だった。こんな額の報酬は見た事が無い。

「相当危険ってことか?」

「それもあるが、さっき言ったように、お前たちの事情に関わってくることだ。だからお前たちに頼みたい」

「とりあえず、中身を聞こうか」

「うむ。ジェーン・ドゥを覚えているか?」

「「っ!!」」

 私とアーニャは体を強張らせてしまった。

 ジェーン・ドゥ。名前のない女。私たちと因縁深い女。絶対に関わりたくない女。


「お前たちならば、分かるはずだ」

 沈黙が訪れ、呼吸が乱れ始める。整えてから話し始めた。


「たまたま、私たちが知っている奴だったとしよう。そいつをどうしろって言うんだ?」

「どうにかして欲しいのは確かだが、ジェーン・ドゥにではない。その女の下から助け出して欲しい人物がいる」

「誰だ?」

「レインメーカーだ。彼女は今、ジェーン・ドゥに囚われている」

「レインメーカー? 誰だ、それは?」

 私が聞き出そうとして、次の言葉を探していると、

「そんな!」

 アーニャが立ち上がっていた。

「?」

 アーニャの体が震えている。知り合いか?

 レインメーカー…… 私は知らない。だが、アーニャに深く関わる者で、私が知らない奴なんているのか?

 つまり、それは……

 嫌な感覚が体に回る。

 まさかな……

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