Caught Somewhere in Time
Vとの接触は一人で行う。
それが、向こうの決めたルールのようだ。こちらから連絡をとる手段がない以上、それに従うべきだろう。輸送機が着陸した空港の先にある街。そこで接触する。潜んでいるVの仲間に合言葉を言うと、Vの許へたどり着ける。レインメーカーの残したものが、そう示していた。
一人になって、街を歩く。考えをまとめようと頭が働いてしまう。その方が良いのだろうが、時々頭が破裂しそうになってしまう。
私のVenomは、私を生かすために力を発揮した。
私が大事に思う人たちを助け、ジェーンを助け、イノセント・ドラクルを変えた。
つまり、私を守り、生かすために。
私のVenomは、世界へ溢れた。
私が生きていくことができるように、世界を変えた。
イノセント・ドラクルを壊し、私を外へ出した。
私が力を得て、私と世界との接触が最適な時に。
私のVenomは、ジェーンを使って世界を壊そうとしている。
それは一体何のために?
もしも、それすら私のためなら、私はその先、何をすればいい?
今、私は、何をすればいいんだ……
街の一角にある時計屋にたどり着いた。目的地はここだ。
「いらっしゃい」
店主らしい男が私に声をかけた。私は答える。
「ちょっと時計を治してほしいんだが」
「どのようなことでお困りですか?」
「真夜中に二分ほど狂うようなんだ」
その後私は、店の前に来た車に乗るように言われ、乗り込んだ。
車の後部座席に一人の女がいた。
「あんたがVなのか?」
「そう。お前には、初めましてになるかな?」
「ああ…… もしかして、あんたも?」
「私も、あの施設の一員だった。お前が憎むべき相手さ」
「……Vってのは何の意味があるんだ?」
「特に意味は無い。私が接した幾つかの言葉。その頭文字に少し多かった、というくらいだな。Venom, Viper, Vengeance, Virus, Vision, Victory, Virtuous, Virtual, だからVと呼んでくれて構わない」
「ただ、親しい友人には、ある名前を教えることがある。『ラスチャイルド』と」
「ラスチャイルド? それは、ジェーンの……」
「そう。かつてのジェーンの名前。怒れる子ども、ワイヴァーンのヴェラ。あいつが去って行く時、歌と共に私に残していった。拾うなり、捨てるなり、好きにしろ、と。」
「今、世界に大きな変化をもたらそうとしている、もしくは脅かしている者たち。 それがみんな、私とレインメーカーが名付けた者たちなんだ。それが、私たちが名前を言う事をためらう理由なのさ」
「お前たちが、私の?」
「そう、
Vera "Wrathchild" Wyvern
怒れる子ども 竜と化した蛇 ワイヴァーンのヴェラ
Emelia the Rolling Nagi
回り続ける蛇神 ナーギーのエメリア
Anastasia "Infinite Dreams" Worm
無限の夢と共に 大地を掘り進む蛇 ワームのアナスタシア
Nidhogg on the EDGE of the Night
夜の縁から飛び立つ 翼で死者を運ぶ蛇 ニーズヘッグのエッジ
Cecilia the Earth Amphisbaena
大地の恵み 二つの頭を持つ蛇 アンフィスバエナのセシリア
Elina the Water Wollunqua
豊かな水 天と地を結ぶ蛇 ウォルンクァのエリナ
Jacqueline the Rock Garuda
世界を揺らし続ける 蛇を喰らう黄金の鳥 ガルーダのジャクリーン
そして、今の私は、怒れる子供により消えゆく毒蛇
"Wrathchild" Will Vanishing Viper
そんなところさ」
「……名前の意味は?」
「私の、一部を与えたかった。レインメーカーも、きっとそうだったのさ……」
街の端に来たところでVが窓の外を見るように言った。
「あの海岸」
「何だ?」
この辺りも紛争やテロが多いと聞く。武装勢力やPMMCが多くいてもおかしくないが、すこし妙だ。多すぎる。
Vが示した海岸の上をヘリが編隊を組んで飛んでいる。ブルースとロックが合わさったギターのメロディーが響いてきそうだ。今、この街にそれほどの危険は感じないが……
「あの子は、あそこに居る」
「何もないぞ?」
「居るんだよ……」
「?」
私たちは車から降り、建物の中へ入った。四階建てので地下もあるようだ。私たちは地下へ降りて行った。
「ここが私のアジト。だが、かつてのものだ。今、私の仲間は使っていない。私が個人的に維持している」
相当な広さだが、結構物が溢れている。コンピュータに、大掛かりな機材の数々。ここで何かの研究をしていたようだ。
「私は世界を回りながら、こういうアジトを確保してきた。いつでも、事を起こせるように。だが、お前が現れるのが、この場所とはな……」
Vの眼は哀しみに満ちているように見えた。私の眼にも何かが溢れそうなほどに。
「ここで私たちは、『奴ら』を崩壊させる研究をしていた。巨大な敵と戦う苦しい日々だったが、今思えば、あの時がもっとも幸福だったのかもしれない」
『奴ら』か……
少し段階を追って聞いていくか。
「ジェーンがやろうとしていること、世界の脅威について知っていると聞いてきたんだ。それに対抗する方法も教えて欲しい」
「対抗する手段なんて無い。いや、私が教えられることは何も無いということだ。答えはお前たちが、そして世界中の人間が知っている。自分の力で一日を生き抜くこと。それ以外に無い」
「何を言ってるんだ? 私は、ジェーンのやろうとしていることを―――」
「ジェーンが目的を達成しても、しなくても、この世界はそうなっていかざるを得ない。ただ、ジェーンが勝った場合、人々の苦しみが増すということだろう。それが、あの子の事を見ず、聞かず、語らず、知らぬ存ぜぬを通してきた世界の払う代償。善意も悪意も分けることはできない」
「あいつらは、お前たちは、一体何と戦っているんだ? 私たちは一体何の役目を果たしているんだ? ここに来たことに何の意味があるんだ?」
「ジェーンと私たちが戦っているのは、人の願いが生み出してしまった『大いなる書き手』。それには実態は無い。しかし、確実に存在し、私たちを静かに終わらせようとしている。私たちはそれをこう呼んでいる『死者の第三帝国』と」
「死者の第三帝国…… 何なんだそれは?」
「ナチスの悪逆非道の代名詞みたいになっているけど、『第三の何とか』と言うのは、学者が使っている事もあったようだ。第一というのは、神話の時代の何か。つまり遥か以前にあったもの。第二というのは、現在の私たち、そしてこの世界。だから第三の、というのは、私たちがこれから到達すべき何か」
「死者について考えると、第一が生存していた世界、つまり、私たちの世界。第二があの世、天国や地獄、この世界じゃない何処か。そして第三は、この世界に死者の願いが満ちた状態。私たちはそう考えた」
「つまり、PMMCの医療技術で、人の記憶、人の行動、その全てを記憶することが出来る。それらを永久に保存し、すべてを公開可能な状態にする。そして人々に与えていく。強制的に」
「人の記憶、そして精神には限界がある。与え続けられていけば、どこかで破たんが起こる。情報量をエントロピーと見るなら、増加を続け、どこかで飽和する。そんな状態になったら、人類はもう生命とは呼べないかもしれない。動くことも考えることも止めてしまう。もしかしたら呼吸も止まってしまうかもしれない。」
「そして『死者の第三帝国』はそれでも止まらない。その状態すらも記録し続ける。人類が滅んでも、地球が消滅しても続けるかもしれない。そんなことは死者たちも望んでいないだろうにね」
「始まりは、ほんの些細な願いだったはず。死んでいった者たちのことを、どこかで憶えておいてほしい。戦争、紛争、テロ、デジタル、ネットワーク、そして自由、それらが混ざり、嘆きと願いが世界中で交錯した。そして死者の第三帝国は生まれ、私たちが、そしてお前たちが生まれてしまった。……おっと、すまない」
「イノセント・ドラクルの消滅の後、私は、ジェーンを保護した。保護なんて言葉はふさわしくないけど」
「それから、しばらくの間、私たちとジェーンはうまくやってきたように思える。母親なんてものになれたとは思わない。ただ、お互いに何かを求めて、それを与えられていたんじゃないか。そんな風に思えるんだ」
「だが、ある時ジェーンは知ってしまった。『父親』の存在を」
「父親? どういうことだ?」
「イノセント・ドラクルを崩壊させ、自分を解き放った者がいた。それどころか、イノセント・ドラクルの中で生き延びることが出来たのは、『父親』の力だった。そして、今自分が生きているのも、『父親』の力だと」
「エメリアの力にすがりながらも、自分の力で戦い生きてきた。そう思っていたジェーンの何かが崩れ、何かが弾けた。そこから、あの子は変わっていった。だが、もしかしたら、それがあの子の本来の姿だったのかもしれない」
「あの子は『父親』と独自にコンタクトを取った。そして、私から離れて行った。」
「誰なんだ。『父親』って。本当にいるのか? 今も生きているのか?」
「私たちは、その存在を見つけた。だが、私はその者の名を呼ぶことは出来ない。もうこれ以上、私が力を与えてはいけないんだ」
「そのセリフ、もしかして……」
「そうだ。レインメーカーと一緒に決めた。二人で力を分割しようと。私が『死者の第三帝国』の名を引き受け、レインメーカーがその者の名を引き受ける。実際、意味はほとんどないだろう。私たちが恐怖を和らげたいだけなんだ」
「だが、お前も知っているはずだ。お前たちに近いものでもあるはずなんだ」
「なんだって?」
「レインメーカーが研究を完成させたことで、ジェーンの勝ちはもう決まったようなものだ。あとは、それを起動させればいい。それで、奴らは消える」
「なら、何故すぐに使わないんだ?」
「パニッシュド・ウロボロスは、人間と大地に食い込んだ『死者の第三帝国』の意志を死滅させること。奴らが根を張り巡らせている、デジタル、アナログ、人を介するコミュニケーション、インフラストラクチャー、便利で使いやすい道具や技術の数々。それらを破壊するためには、自らに強烈な苦痛を与え続け、サークレットを媒介して全世界に伝播させる。現在の世界は一瞬にして闇に落ち、人々には苦痛が溢れる。酷いやり方だが、奴らを倒すにはこれしかない。そして、ジェーンにはそれを行うためのトリガーが必要になる」
「トリガー?」
「この部分は解明できなかった。パニッシュド・ウロボロスを使うためには、どうしても、使用するものが何らかの行動を自らの意志でする必要があった。なぜその行動が必要なのか、どういう理由で決まるのか。まったく分からない。だが、これも運命だったと、今の私は受け止められる。ジェーンのトリガーは、自らの手で私を殺すことだ。だから、お前に頼みがある」
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