World Wide Wrath

―――エメリアとVが接触する数時間前―――


 各PMMCが一時的に連携し、その代表として一人の男を差し向けた。

 最大手PMMCの社長。セラーズという男だ。

「お前の望み通りにした。今可能な限りの戦力を集め、この地域に展開、指揮権の一部を、あのエッジという男に与えた」

「ああ、上出来だ。感謝する」

 私は、Vのアジトの近くの建物で会合を持った。もうすぐだ……


「しかし、お前は何を考えているんだ? 強大な戦力を集めて、自分たちを襲わせるように頼むとは…… しかも、それに対して報酬を払う。にわかには信じられん行為だ」

「まあ、経営者の戦略的行為とでも言っておこう。独立に際しての対価、今回の仕事の報酬はちゃんと用意してあるからな。確認してくれ」

 私は、ブリーフケースを差し出した。セラーズはケースを開け、中身を確認する。

その後、電話を掛けた。秘書か何かに確認を取っているのだろう。


「確かに、受け取った。我々が提示した金額だ。そして、各社の債権の放棄、そして君たちが独占していた技術の開示。格安の特許料での使用許可。ありがたい限りだ。……だが、気前が良すぎる。何か裏があるんだろう?」

「じゃあ、やめるか?」

「いや…… いいだろう」

 セラーズはブリーフケースを閉め、自分の足元へ置いた。


「だが、ここまでしても、お前が有利になるように計算ずくなんだろう? いくつか報告を受けた。この地にユナイテッド・アビスの者たちが相当多く潜んでいるな。あの山岳での戦闘に参加していた者も確認されている。これほど速く、大規模な輸送は考えられん。しかも、それを捉えた旨の報告はどこからも上がっていない。何を隠し持っているんだ?」

 目に力を入れて、セラーズを睨みつける。声に力を入れ、大きさを抑えて言う。

「これからはライバル企業になるんだ。自社の秘密を簡単に教えると思うのか? 盗みたかったら、目を凝らして見ろ。そして、その目を磨いていくんだな」

 セラーズはしばらく黙った後、ポケットから何かを取り出した。


「ところで、これは私の友人から君にだ。あのラボから見つけたと言っている。」

 弾丸の入った袋を差し出す。

「あの女を貫いた弾だそうだ」

 ドクン、と体が揺れた。

 その袋に手を伸ばし、袋から弾丸を取り出した。

 手の感覚で分かる。あいつの、エメリアのものだ……

 しばらく見つめて、手で撫でる。そして舌で舐めた。

 ゴクリ、と飲み込んだ。


「ぬぐぅ」

 体が固まり、倒れた。


 体が動かない。私の知らない、何か…… いったい誰が……

「聞いたときは疑ったが、こうもあっさり行くとはな」

 なんだと……?

「君を殺す手筈を友人が整えてくれた。そして、君の力を頂く術をな」

 ……

「君のユナイテッド・アビスとEE社を分割して、各PMMCが分け合うことになっている。これでようやく正常な企業間の競争に持ち込める。経済は安定するだろう」

 ……ふざけるな

「とにかく君のような化け物は、今この場で始末する。あとは、私の友人がうまくやってくれるはずだ」


 セラーズは拳銃を取り出して、私へ向けた。


 ―――ピリリ、ピリリ、ピリリ―――


「ん……」


 セラーズの携帯電話が鳴り、取り出した。

 画面を見ると、私に背を向けて電話の相手と話し出した。

「ああ、君か、ブラッディ・サン」


 意識が朦朧としてきた時、視界に何かが動くのを捉えた。そして、それは近づいてくる。


「君の言う通りだったよ。礼を言う。これで、世界は自由な経済活動を取り戻せる。技術革新を求める者は、自由にそれらを追求することができる」


 ネズミだ。なんだ、こいつは?


「それは、第二のイノセント・ドラクルになると言いたいのか? 今更何を言うんだね。あの施設の存在を公にした時点で、こうなることは予想出来ていただろう?」


 そのネズミは、私の目を覗き込む。そして、私の腕に噛みついた。


「進化した医療にどっぷり浸かって、新たな力を吹き込まれた戦争、そして世界経済。それらを享受している人類の肉体が、すでに第二のイノセント・ドラクルになっているんだ。そして、この世界はドラキュラ伯爵に蹂躙される大英帝国そのものだよ」


 意識がはっきりした。そして、体がだんだん楽になっていった。もう少しで動くことができそうだ……


「確かに、この女のおかげで、私の目的は達せられた。だが、私は以前からこの女の危険性を訴えていただろう? もっと時間はかかったかもしれないが、この女じゃなくたって良かったはずだ。君の頼みだから生かしておいたんじゃないか。瀕死だったあの時に私は―――」


 私は、後ろからセラーズの首を絞めた。


「……お前は、……私を……、殺すべきだった……!!」


 そのまま首をへし折った。

 倒れたセラーズの横に、電話が落ちている。その電話を取り、語り掛けた。

「これも含めて、お前の贈り物ってわけか? また、余計なことをしやがって…… ああ、わかってる」

 そう言って、電話を切った。



―――Vのアジトでの、Vとエメリア―――


「ジェーンの企みを防ぐ方法はある」

「どうすれば良いんだ?」

「ジェーンがパニッシュド・ウロボロスを使うためのトリガーは、私を自分の手で殺すこと。つまり、ジェーン以外の誰かに私を殺害させればいい」

「……おい。まさか……」

 Vは、控えめだが、強い口調で言った。


「そうだ。お前に私の命を奪ってもらいたい」

 覚悟は決めていたのか。ずっと前からそう決意していたようだ。


「直接は無理でも、方法はある。この部屋は、核シェルターとして設計されていた。私を、ここへ閉じ込めるだけで良い。そのまま、忘れてくれ。記録は全て消すように手筈は整えてある」

「そんなこと……」

「私は、自ら命を絶つことが出来ない。それだけは、どうしても出来ないんだ。たとえ世界が危機にさらされるとしても。それが、あの子のためにできる償い。私がすべきただ一つの事なんだ……」

「あの子って、ジェーンか? でも、それなら……」

 その時、その部屋に声が響いた。


  <<  そうだよ。その通りだ。

      あんたはずっと正しかった。

      だから、私は今ここに居るんだ  >>


 部屋の中に人が溢れた。どこかで見た装備。ユナイテッド・アビスだ。包囲され銃口を向けられている。そして、ジェーンが現れた。後ろにエリナがいる。

「……一体、どうやって…… いつの間に? どうやって先回りを……?」


「私が力を得る為に、お前の全てを欲した。お前を真似る。お前の力をコピーする。そう願い、動き、考える。そうしていくうちに、お前との繋がりを感じた。お前の考えが少し見えるようになった。声や、見ているもの、それが自分のものになっているようだった。それを辿ってきた。あとは、私の諜報網で絞り込んでここへ来た。ここへ到達する執念こそが、私のVenomだったのさ。きっと」


 ジェーンはVへ視線を移す。

「また会ったな、"Vic Mama" (犠牲者のママ) "We will meet again" (再び会うだろう)。もっと良い物を想像していた。そうなって欲しかった……」

「……私もだ」


「もはや、私が言う言葉はただ一つ。”さようなら” だ」

 Vは私を見て言った。

「レインメーカーを助けてやってくれ。あいつだけは――」

 バン! という音と共に、Vの頭から血が噴き出した。Vの体は床に崩れ落ちた。

 その様を見つめていたジェーンは、銃を持つ腕を下ろし、私を見た。

「お前……!」

「エメリア!」

 ジェーンに向かって行こうとした時、私に銃撃が浴びせられた。すんでのところでジャクリーンが私を引っ張り、避けることが出来た。

「あいつ…… あいつは……!」

「やめろ! 今は下がるんだ!」

 ああ、分かってる。Vの遺体もしばらくはあのままにするしかないってのも、分かってるんだ。

「アーニャのサポート受けて、エッジが全部やってくれた。ここはPMMCが包囲する。外へ出て合流するぞ!」


 でも、でもな、ジェーンのあの顔。あれはダメだ。ダメなんだよ。

 あんなひどい、滅茶苦茶な顔はダメだ。あれじゃこの先、何をやったって破滅しかない。世界もあいつも、地獄に変わってしまう。


 私たちは自由なんだろ?

 外に出られたんだろ?

 それでも、苦しくても、どうにかしようと思っていたんだろ?

 お前は何を考えてきた?

 何を思って生きてきたんだ!?


 私たちは、建物の外へ出た。日は落ち、夜の帳が降りている。周りはPMMCの兵士たちが溢れ、包囲している。徐々に兵士が多くなってきた。ここでジェーンをつぶす気だ。

 ジャクリーンが道を切り開いてくれた。何であの場に来れたのか、なんでここが分かったのか、引っかかるが、今はうまく考えられない。

 離れた場所にエッジがいる。隣にアーニャもいる。

 私たちは二人の許へ向かった。


 ジェーンは建物の屋上に行こうとしているようだ。上空も完全にPMMCが制圧している。逃げることは出来ない。

 だが、私は知っている。ジェーンは引き金を引いた。

 手に入れてしまった。

 私は、それ以上考えられなくなってしまった。

 このまま、終わってくれ。

 そればかり願っていた。

 そうはならないことも分かっていた。


「出てきたぞ!」

 PMMCが屋上に狙いを定める。ライトが屋上のジェーンを照らし、あらゆる兵器がジェーンを吹き飛ばす準備が整った。

 PMMCの司令官と思しき兵士がマイクで呼びかける。

「武器を捨てて投稿しろ。言うのは一度きりだ。今すぐ捨てなければ攻撃する!」

 ジェーンは拳銃を取り出し、地面に置いた。両手を挙げて前へ進む。

 そして、大声で叫んだ。



みんな。私の話を聞いてくれ。


私は今まで、何をしていても不満だった。

何もしなくても苦しかった。


さんざん滅茶苦茶な事をやってきたと思うよ。


でも、それは誰かと一緒に居たかったからなんだ。


無茶苦茶なことを誰かに言えば、嫌な顔をしたり、私を罵ったりする。

そうすれば、その瞬間は誰かと繋がっていられる。


誰かに酷い事をすれば、相手は私に殴りかかってくる。

私を避けていく人たちもいた。でも、その瞬間はその人たちと関わっていられる。


痛くもないのにうずくまったり、何も知らないことに愚痴を言ったり、

知りもしない人のことを馬鹿にしたり、自分で自分を傷つけたり。


でも、私は命を貰った。命の力を知ってしまったんだ。

どうやっても勝てなかった人から、大切なものを貰ってしまったんだ。


そして、私は今、心の底から怒ってる。

私が、どうしても許せないものがある。

そのために、命の力を全部使ってしまっても好いとさえ思っているんだ。


……だから、言う……


全部、私が悪いんです。ごめんなさい。何でもします。許してください。

もう、痛いのは嫌だ。辛いのは嫌だ。逃げてばかりでごめんなさい。

生きていてごめんなさい。だから、……だから、さよなら



そう言って、ジェーンは指を鳴らした。


その瞬間、世界が闇に落ちた。


 辺り一帯から、叫び声があがる。暗闇の中、何が起こっているのか分からない。

 だが、人が苦しんでいるのが分かる。痛いのが分かる。私も痛い。地面に這いつくばって悶えている。

 「一体、何が……」

 そう声に出したものの、私が今どこにいるのか、這いつくばっているのか、立っているのか、息をしているのかも分からない。周りからは恐ろしい声が木霊し、さらに大きくなっていく。


 上の方に光が見えた。何かが光っている。照明弾か、ライトか分からないが、徐々に明るくなっていく。

 そして、ドドドドドッという音と共に、周りの声がさらに苦しく、痛く、大きくなった。そして、どんどん大きくなっていく。


 私は、どうにか、立ち上がることが出来た。

 そして、少しだけ事態を把握する。

 ジェーンは、パニッシュド・ウロボロスを起動して、世界のデジタル・インフラは破壊された。

 システムの庇護を失い混乱したPMMCに、ジェーンが侵略を開始した。自分に苦痛を与え、それを全世界に伝播させた。ジェーンの傍にいるPMMCはその時点で壊滅状態だった。そこにパニッシュド・ウロボロスの無効障壁で守られたユナイテッド・アビスが銃撃を加えている。

 これでは、ただの虐殺だ。


 私は、ジェーンを見た。

 ジェーンは、両手を上にあげ、天を仰いで叫んだ。


「見たか! ブラッディ・サン! 私は勝ったぞ!

 もうお前の助けは要らない! 私は自分の力で生きていける!

 これが私の勝ち取った自由! リバティもフリーダムもここから始まる!

 私のビヨンドだ!!」

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