第5話 義賊試験
「さて、弟子よ。喉も潤ったところで、本番行ってみますか?」
飲み終わったペットボトル(&金糸龍の財布)をゴミ箱に放り投げると、カスミは高々に宣言して歩き出した。
僕はまだ烏龍茶を口に含んでいたので、黙って聞きながらついていく。
「キミの実力、度胸はなかなかのものだよ。若いのに大したもんだ、うんうん」
あんただって同じくらいの年齢だろうと思ったけど、やっぱり烏龍茶を飲んでいるのでスルー。
「だから、うん、キミはこのテストを受ける権利があると判断しました。おめでとー。ぱちぱちぱち」
誰がいつテストを受けたいなんて言ったんだよ? でも烏龍茶が美味しいので以下略。
「で、本題のテストなんだけど、キミに預けてるウサ耳スマホを取り出してみるがよろし」
そう言えば、と言われるがままに尻のポケットからウサ耳のカバーがついたスマホを取り出す。とっととカスミが持つ僕のスマホと交換すればよかったのだけれど、いきなり義賊だなんだで無理矢理路地裏から連れ出されたので、すっかり忘れていた。
「それね、私のスマホじゃないんだよ、実は」
「……?」
言いたい事はあったけど、烏龍茶で口がいっぱいだから何も言えない。
「それをね、上手く本人に返すのがテストなんだけど……おっと、立ち止まって。そこの曲がり角から向こうを覗きこんでみて」
ますます暗雲立ち込める展開に眩暈を覚えながら、烏龍茶を飲み込むのも忘れて言われるがままに覗き込む。
まず目に飛び込んできたのは、通りの向こうにそびえ立つえらく高い壁。そして大仰な鉄製の門。門の前には二人の黒服の男。どちらもさっきのチンピラとは比べ物にならないぐらいにガタイが良く、クソ熱いのに胸を張り、両手を後ろに組んで仁王立ちしていた。
二人に邪魔されて見えないが、門に掲げられた檜作りの大きな表札に何が書かれているかぐらいは容易く見当がつく。
「鬼獄組って言うんだよ? もう、まんますぎて笑うよぬー?」
笑えるかっ!
いや、それよりもその鬼獄組さんが一体なんだと言うんだ?
「テストはね、そこの親分さんの持ち物であり、運悪くも昨日思わず失敬してしまったウサ耳スマホを返す事! さぁ、レッツトライ!」
カスミの言葉に思わず目を合わす事数秒。
僕は思わず烏龍茶を、彼女の顔面目掛けて噴きだした。
「うわん! きちゃないなー、キミ!」
「汚い、じゃない! なんだよ、そのデス・オア・デッドなミッション。無理ゲーすぎる!」
「無理じゃないよ。親分さんにそっと近付いて、ポケットにそのスマホをこっそり戻すだけだよ」
「簡単に言うなよ! もしバれたらどうなると思うんだ?」
「うーんと、まずアラームが鳴って、逃げてどこかに隠れようとするんだけどあっさり見つかって。そんでもって足をコンクリで固められたまま東京湾に鎮められて、頭の中で『ス○ーク! ス○ェェェェク!!』って青○武とかが叫ぶんだにゃ」
「失敗、イコール死亡じゃないかぁぁぁ。コンティニューできないんだぞ、どうするつもりだよぉぉ?」
「どっかの階段で亀さんを踏みつけて残機増やしてきたら?」
「だからゲームじゃないんだよ、人生は!」
僕は手にしてたウサ耳スマホをカスミに押し付けた。
「師匠、短い間でしたがお世話になりました。どうぞ、僕の事は忘れておひとりで特攻してきてください」
「うわっ、サイテー。男のくせに敵前逃亡しちゃうんだ? しかも、か弱い女の子を残して」
「冷静な判断に基づく撤退と言ってください。それと、か弱い女の子なんてここにはいませんから」
そしてカスミの手から、僕のスマホをすかさず奪い返す。想像していたような抵抗もなく、あっさりと奪回に成功した。少し拍子抜けして彼女を見ると、なんだか心ここにあらずな表情を浮かべている。
もしかしたら「か弱い女の子なんていない」ってのは、ちょっと言い過ぎたかもしれない。
「それでは。ご武運をお祈りしております」
でも、背に腹は換えられなかった。夏休みの暇つぶしとしては、さすがに危険すぎる。
僕はスマホをお尻のポケットにしまうと、呆けている彼女に別れの言葉を告げて一歩足を踏み出し……。
「待つんだ、小僧」
がっしりとした手に僕の肩が掴まれた。
おそろしいまでの腕力で、二歩目を踏み出せない。
恐る恐る顔だけ振り返ってみると、そこには予想通り、さっき門の前に立っていた黒服男が立っていた。
「うわわ、えーと、なんでしょうか?」
慌てて返事をして、改めて体全体で振り返る。男は肩から手を離したものの、今度は鋭い視線で僕を震え上がらせた。
「小僧、さっき持っていたスマホを見せてみろ」
男の言葉に背筋に冷たいものが走る。僕がウサ耳スマホを持っているのを見られたのだろうか?
でも。
僕は努めて冷静になろうと瞬時に頭の中でシミュレートする。
まず、僕は今、例のウサ耳スマホは持っていない。アレはさっきカスミに返した。
代わりに尻ポッケにあるのは僕のスマホ。これを男の要求通りに提示すればいい。
もし、ウサ耳スマホを見られていて質問がそこに及ぶようなら……その時は申し訳ないけどカスミに任せることにしよう。この女の子にウサ耳スマホを見せられて「誰のか知らない?」と声を掛けられたとかなんとか言って。うん、僕よりずっと危険な目には慣れているはずだ。きっと上手く誤魔化してくれるに違いない。
でも、もし誤魔化せなかったら? その時、カスミはどうなる?
僕は怖い想像を何とか打ち消そうとする。
そもそも僕は単に巻き込まれただけだ。
僕は関係ない。
全てはカスミの問題だ。
しかし、出てくるのは全て自分の保身に走る言い訳だった。この場を切り抜けるナイスなアイデアなんて全く出てこない。
「スマホね……あはは、イイっすよ」
結局、さすがにカスミが苦し紛れに「そこで拾った」とか言い出したら、僕も「そこに落ちてましたよ」と全力でフォローするぐらいしか出来ないという結論に達して、僕はお尻のポケットに手を伸ばした。
……妙なでっぱりのある、ざらざらとしたゴムの手触りのそこにあった。
「あ、あはは」
僕は変な笑い声をあげながら、今度はカスミの方を頭だけで振り返る。
彼女が涼しげな笑顔を浮かべて言った。
「弟子君は逃げ出そうとした。しかし、敵に回りこまれて逃げられなかった」
また、やられた。僕が黒服男に動揺し、対策を練り、ついでに彼女の身を案じている間、彼女はちゃっかりとジョーカーを僕の手札に戻していたのだ。
かくして僕は半泣きになりながら、それを黒服男に差し出して、こう言うしかなかった。
「これ、そこに落ちてました」
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