第7話 そこは俺にとって深遠でもなんでもない

 手ごたえは、あった。


 にもかかわらず、ジュンイチローは今度こそ吹き飛ばされていた。

 皇女が繰り出した左脚の蹴りは想像以上に強烈で、まるでボーリングの球を顔面に食らったような衝撃に、身体ごと意識も持っていかれそうになる。

 もし喰らう直前に体を捻ってダメージの軽減をしていなかったら。

 もし四方がロープではなくコンクリートの壁であったならば。

 そして何より。

 もし何の手立てもなくただスカートをめくろうとしただけであったならば。

 試合はそこで終わっていただろう。

 ジュンイチローは吹き飛ばされたロープにすがりついて、かろうじて立ち上がる。

ダメージは大きい。大きいが……

「信じられません!」

 シャラ皇女の精神的動揺もまた大きかった。

「今のは貴方を倒すのに余りあるものでした。なのにどうして立ち上がれるのですか、ジュンイチロー!?」

 手ごたえがあったのはシャラ皇女も同様だったのだ。

 それだけに一発KO出来なかった現状が理解できない。

 あれ? どうして? 私なにかミスった?

 シャラ皇女は混乱している!

 今だ、ジュンイチロー! ベ○マの呪文を唱えて体力回復する暇があったら、ありったけの力を振り絞って皇女のスカートをめくりあげろ!

「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 ジュンイチローが吼えて、マットを力いっぱい蹴った。目指すのはただひとつ、シャラ皇女の深遠。先ほどのダメージで言うことを聞かない体を無理矢理に動かし、まさに全身全霊の力で突っ込む。体の節々が悲鳴をあげているが無視。勝機は今、ここしかない!

 そしてついに、皇女の懐深くへ潜り込んだ。

 その瞬間。

「やっぱり、私に落ち度は考えにくいようです。となると、ジュンイチロー」

 お互いの体温を、鼓動を、感じられるほどまでに接近したジュンイチローを皇女が見おろす。

「貴方、私に何かしましたね?」

 シャラ皇女の問いかけと、右膝が跳ね上がるのは全くの同時だった。


 あれほど騒がしかった会場がしんと水を打ったように静まり返る中、シャラ皇女はゆっくりと右膝を降ろす。

 スカートは例によって一ミリも跳ね上がることなく、皇女の秘密を今回も守り抜いた。

 惜しい。

 本当にあともう一歩のところだった。

 あそこで皇女が正気に戻りさえしなければ、今頃マットに女の子座りでしゃがみこんでいたのは彼女の方であったであろう。

 が、現実は非情だ。

 膝で首を強烈に刎ね上げられ、マットに両膝をつき、皇女の腰に抱きつくような形になったジュンイチロー。おそらく意識を失っているのだろう。抱きついたままピクリとも動かない。

「ジュンイチローは今も夢の中で私と戦っているのかもしれませんね……」

 皇女がポツリと呟く。

「でも、残念ながら、彼でも私には勝てませんでした。やはりこの地球にも私の深遠を覗き込める男性はいないようです」

 本当に残念ですが……と、シャラ皇女は寂しげな目で会場を見渡した。

「地球の皆さん! 皆さんはとても素晴らしい人たちばかりでした。宇宙での儀礼には不慣れなのに、皆さんは私の婚活にとても興味を持ってくださり、多くの男性が私に挑んでくださいました。本当に感謝しております。ですが」

 皇女の言いたいことを察したのだろう。会場から「帰らないで」コールが巻き起こる。もっともその多くが「このまま見せないで帰るなんて生殺しもいいところだ」的な意味合いが強いのだが、皇女は持ち前の空気の読まなさを発揮して嬉しさ半分、寂しさ半分の表情で

「ありがとう。本当にありがとうございます。でも、そろそろ」

 次の星へ行かなくちゃ、と続けるつもりだった。

 が、

「……その必要はない」

 その言葉を遮る者がいた。

「ジュンイチロー? 目覚めたのですか、よかったです」

「ああ。悪かったな、あんたの腰を貸してもらったよ」

 ジュンイチローがふらつきながらも立ち上がる。

 その様子をシャラ皇女が意外そうな表情で見つめるのは、果たしてジュンイチローがもう立ち上がれるほどまでに回復していることに驚いているのか、それとも腰にしがみつくという絶好のポジションから何もしてこなかったジェントルマン精神に感嘆しているのか。それは誰も分からない。ただ、

「目覚めたばかりのところで申し訳ないのですが、必要はないとはどういうことなのでしょうか? あなたとの戦いはもう終わったと思いますが?」

 先ほどのジュンイチローの言葉に、疑問を持っていることは誰から見ても明らかだった。

「試合は、終わってなどいない」

「ジュンイチロー、でも、あなたはさっき」

「終わっていたら、俺は今頃あんたの母星に奴隷として送り込まれてるんじゃないのか?」

 あ、とシャラ皇女が小さく声をあげた。

「あんたは倒したつもりでいたようだが、残念だったな、まだやれるんだ、俺は」

 もっとも膝を貰った後に追い討ちを喰らったらきつかったがね、とジュンイチロー。

「まったく、貴方には驚かされるばかりです、ジュンイチロー。でも、本当にこれ以上のサプライズがあるのですか?」

「ああ」

「私の旅がここで終わる、と?」

「そうだ」

「私の深遠を貴方が覗き込んでくれる、と」

「そこは俺にとって深遠でもなんでもないんでね」

「素晴らしいです!」

 ならばジュンイチロー、今再び尋常に勝負! とばかりにシャラ皇女が構えを取った。

 その時。


 シャラの横を一塵の風となったジュンイチローが横切る。


 かくして。ついに。

 彼女のスカートがふわりと舞い上がった!


 

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