第6話 めくるか? 殺られるか?

 地球にやってきて、多くの男性と戦ってきたシャラ皇女。

 残念ながら全て期待外れな結果に終わったが、それでも戦う前はいつも「この男の人なら……」と胸が高鳴ったものだ。

 そして今、その胸がいつも以上に激しく鼓動し、皇女に告げている。

 ――目の前に立っている男こそが、地球で最強の男だと。


 スカートめくりに大切な技術とは何か?

 多くの人が手先の器用さだと答えるだろう。

 が、ジュンイチローの考えは違う。手先の技術も勿論大切だが、一番大切なのは足回り。いかに相手に気付かれず、スカートをめくれる距離に近づくかが肝要だと考えている。

 もっとも今回の戦いは四角いリングの上で、既に相手とは対峙している状況だ。

 それでもやはり勝利の鍵を握るのは足回りだとジュンイチローの考えはブレない。

 だから本気モード……かつて武者修行で訪れた異国の地で、現地の人々から「シューレス・スカートリフティング・ボーイ(素足のスカートめくり小僧)」と恐れられた素足スタイルで、この戦いに挑む!



「ようやく……ようやくこの時が来たのですね!」

 皇女の口から感極まった言葉が零れ落ちる。

「……そうだな」

 対してジュンイチローは素っ気無い。

「あなたこそが、地球最強の男」

「最強かどうかは知らないが」

 ジュンイチローがキュッキュと、素足でのマットの感触を確かめながら答える。

「スカートをめくらせたら、俺の隣に立つ者などいない」

「素晴らしいです!」

 感嘆するシャラ皇女。

 やがてルール確認が終わってコーナーへと戻されると、皇女はいつもと同じようにミニスカートのふちを軽く持ってお辞儀をした。

「さぁ、ジュンイチロー。私の深遠を覗き込んでください!」

「ああ!」

 それが試合開始の合図だとばかりに、ジュンイチローが稲妻の如きダッシュで皇女に迫った。


 まさに一瞬の攻防だった。

 地を這うような低い大勢でスカート目掛けてダッシュするジュンイチローに、シャラ皇女が右足をしなやかに、まるで鞭のように振るう。

 絶妙なカウンターの右ミドルだ。

 リング周りのカメラマン達がファーストコンタクトを収めようと一斉にフラッシュを焚く。全員がシャラ皇女の蹴り上げた太腿の内側、つまりはスカートに隠された部分を捉えようという構図になったのは勿論偶然であるが、にもかかわらず皇女のミニスカートが瑞々しく健康的な内腿にぴったりと張り付き、その秘密を守りぬいているのは決して偶然ではない。

 どんな爆風であろうが、どんなに動き回ろうが、決してスカートをめくりあげさせないのが宇宙で生きる女性のたしなみなのだ。

 スカートをめくれるのは永久の契りを結ぶ相手のみ。

 その秘密にジュンイチローが迫るのをシャラ皇女も、そして多くの者が期待(ただしその意味合いがかなり異なるのは言うまでもない)していたのだが……。

「ああーっ!」

 皇女の放ったキックに、ジュンイチローがダッシュで近付いた時以上の勢いでコーナーポストへ吹き飛ばされ、会場に悲鳴が響き渡る。

 シャラ皇女と、最強メクランカーによるせいきの一戦。しかし、いざ幕が開いてみれば一瞬で勝負は終わって……

「おおーっ!」

 否、終わっていない。

 強烈なカウンターを喰らってKOされたと思われたジュンイチローが、何事もなかったかのようにコーナーポストから歩きだす。

 悲鳴が歓声に変わった。

 しかし、強烈な一撃を喰らってどうして無事だったのだろうか……。

「驚きました。あの勢いで近づいてきたのに、咄嗟にバックステップで緊急回避するとはさすがですね」

「あんたこそ。スキをついたつもりが、むしろあんたの掌で遊ばされていたとはね」

 二人のやり取りに会場のあちこちで感嘆とも驚愕とも取れる感想が漏れる。

(スゲェな、気付いたらジュンイチローがポストに叩きつけられていたから、てっきりシャラたんのキックを喰らったんだと思ってたわ)

(俺も。てか、ジュンイチローなんて見てなかったし)

(まぁな。オレたち、シャラ皇女のスカートの中身にしか興味ないしな)

 ……さすがは高い金を出してチケットを手に入れた猛者たちである。貪欲だ。貪欲すぎるっ!

「ふふっ、一緒に踊りましょう、ジュンイチロー」

「ああ、付き合ってくれ」

 しかし、そんな観客の思惑など当のふたりにはどうでもいいことであった。

 強者との出会いを願うシャラ皇女が、ゆっくりとコーナーから離れ、リング中央に出てくる。

 その皇女を中心にして、ただ目の前のスカートをめくり上げることだけに命を賭けるジュンイチローが、右に回り始めた。

 ファーストコンタクトのような一瞬の攻防を捉えようと観客たちが息を飲んでふたりを見つめ……じりじりとした空気がふたりを包み込んでいく。

 わずかなミスがまさに命取りだとふたりとも分かっているのだろう。

 シャラ皇女は決して隙を見せず、ジュンイチローも何度かアタックを繰り返すも踏み込みが浅く、無理をしなかった。

 そもそもこの戦い、言うまでもなくジュンイチローに分が悪い。

 シューゾーとの一戦からも分かるように、シャラ皇女の攻撃力は遥かに地球人のそれを上回る。先ほどは何とか回避したとはいえ、一度でもまともに喰らえば、ジュンイチローとてそこで試合終了だ。気力と体力を消耗する展開ではあるが、焦りは禁物だった。

 対してシャラ皇女も常に集中力を切ることの出来ない厳しい試合だったが、それでもジュンイチローほどではない。ジュンイチローの動きに正しい対応さえしていれば、そのうち相手がじれて自滅するのは目に見えていた。

 だから余裕があるのはシャラ皇女のはず……だったのだが。

 じらしを切らしたのは、意外にもシャラ皇女の方だった。

「ジュンイチロー、いつまでこうしているつもりなのです?」

 シャラ皇女がふっと体から力を抜く。

「私は踊りたいと言ったのですが?」

「お気に召さなかったかい?」

「私はもっと積極的に体を寄せ合うのが好みなのです」

「やれやれ。お互いさっき知り合ったばかりだというのにチークダンスをお望みか……」

 はしたないでしょうか? と問いかけるシャラ皇女に、ジュンイチローも脱力してにやりと笑う。

「いや、積極的な女の子は嫌いじゃない」

 直後、ジュンイチローが動く。

 これまでよりもずっと鋭く、早く。

 そして深くへと――。


 手ごたえは、あった。

 見事なタイミング、申し分のない角度、充分すぎるスピード……何もかもが完璧だった。

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