第5話 リングで穿かない皇女がオレを待っているんだ……

 数年間から、ジュンイチローにはある予感があった。

 近い将来、自分はメクランカーから引退するであろう、と。

 決して技術的に衰えが見えてきたわけでもない。気力も充実している。

 それでも終焉の近付く音が、ジュンイチローには聞こえていた。

 シャラ皇女の来訪はあくまでひとつのきっかけに過ぎない。

 自分の中で、メクランカーとしての時代が終わったのをただ感じ取ったんだ――。


「って、こんな感じの記事が二ヶ月前に載ってたんだけど……」

 試合を一時間後に控えた、会場の選手準備室。

 ジュンイチローとふたりきりになった幼馴染のヨーコは、エクストリーム・スカートめくり専門誌『月刊めくりめく』の号外版『ジュンイチロー引退特別号』を片手に詰め寄った。

「なのに、なんで電撃復帰なんかしたのっ、ジュンちゃんっ!?」

「……」

 無言ながらも言葉を探すジュンイチロー。

 返答を待ちつつも、ヨーコはジュンイチローをじっと見つめた。

 ジュンイチローとは家が近所で、保育園に入る前からの知り合いだった。

 だからジュンイチローのことなら何でも知っていると自負している。

 何歳までおねしょクセがあった、とか。

 甘いもの好きで、コーヒーが飲めない、とか。

 ひそかに犬が苦手、とか。

 さらには好きなぱんつの色、好みの女性のタイプ、初めて買ったエロゲのタイトルから、どこにお宝を隠しているかまで熟知している。

 だから勿論、ジュンイチローがどうしてメクランカーを引退したのかだって察しはついていた。でも、それだけに今回の復帰は理解出来なかった。

 ジュンイチローの性格からして、いくらお金を積まれようが、いくら頼まれようが、もう二度とスカートめくりなんか出来ないと思っていた。それなのに何故……。

「シャラ皇女に教えてやりたいと思ったんだ」

 ぽつりとジュンイチローが呟いた。

「教える? 教えるって何を?」

 宇宙からやってきたシャラ皇女に、地球人は宇宙の常識を教えてもらってばかりだった。

 そんな皇女に、スカートめくりだけが取りえの、ごく普通の高校生が教えられることなんて一体何があるというのだろう?

「それは……試合を見てくれ、としか言えない」

 ジュンイチローがふっと顔を背ける。

「ジュンちゃん、人と話している時はちゃんと相手の目を見る!」

 すかさずヨーコにぐいっと正位置に戻された。

「いい、ジュンちゃん、あの皇女さんのスカートに挑戦するってことはどういうことか分かっているの?」

「……分かってるさ」

「本当に? ジュンちゃんにそんな度胸はあるの?」

 ヨーコは知っている。

 ジュンイチローはなんだかんだでとっても臆病だってことを。

 なのに……。

「ああ、覚悟は出来ている!」

 珍しくジュンイチローがヨーコの瞳をじっと見つめ返して断言した。

 今まで見たことがない、強い意志を秘めた瞳に見つめ返されて、思わずヨーコはたじろぐ。

 あのジュンちゃんが?

 本当に?

 信じられなかった。信じたくなかった。

 だって……。

 だって……そんなっ!?

「だったら!」

 だからついヨーコはジュンイチローを突き放して、こんなことを言ってしまう。

「今、ここで、私のスカートをめくってみなさいよ!」

 これはヨーコの意地。

「ただし、私も皇女さん同様、穿いてないよ!? めくれなかったら私の奴隷になってもらうんだからね!」

 ヨーコの知っている臆病なジュンイチローならば、こう言われてめくれるはずがなかった。いや、身動きひとつすら出来ないに違いない。そしてこのまま対峙するということは、ジュンイチローがシャラ皇女とのリングに立てないことを意味していた。結果、試合放棄となって、世間からのジュンイチローへのバッシングはとんでもないことになるだろう。

 だけど、ヨーコはそれでも構わなかった。むしろそちらの方が良かった。このままジュンイチローをリングに向かわせ、永遠に失うよりかはずっと良い。いざとなれば自分が止めたと世間に公表して、ジュンイチローと一緒に非難を浴びよう。その覚悟は出来ていた。

「ヨーコ……」

 だけど、この状況下において、ジュンイチローが近付いてくるかもしれないという覚悟は……

「……え、ちょっと」

「ヨーコ、俺はもう恐れない」

「ちょ、ちょっと、ジュンちゃん! やだ、こないで……」

 ヨーコには出来ていなかった。

「そろそろ行かなくちゃ。リングで穿いてない皇女さんがオレを待ってる」

 慌てて後ずさるヨーコの脇を、ジュンイチローが低い大勢のまま一陣の風となって通り抜ける。

 その時、ふわり、と。

 ヨーコのスカートがめくれあがった。

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