第4話 その男、ジュンイチロー
「もう一度言いましょう。これは侵略です。私たちの素晴らしき伝統を、あの女が侵略してきたのです!」
眼鏡男がばんとスクリーンを叩く。
スクリーンにはすでにシャラ皇女の姿はなく、代わりに一人の男性が虚ろな目で縫い物をしている様子が映し出されている。
「この方は著名な女性下着職人でした。が、女性がぱんつを穿かなくなった結果、彼の仕事はめっきり減ってしまい、なんとか男性下着の仕事には手を出してはいないものの……」
スクリーンの男がおもむろに出来上がったぱんつを頭に被る。
おしりの部分に可愛らしいクマちゃんが描かれた、幼児用のぱんつだった。
「ぐへへへへ、おぱんつ、おぱんちゅ最高だお!」
「……このような有様です。ええ、彼だけではありません。我が社でも女性下着が売れない代わりに幼児用や男性用に力を入れた結果、ロリやホモが増えるという世紀末的様相を呈しております」
さらにと男の言葉でスクリーンがさらに切り替わる。今度は真っ赤な日の丸……もとい円グラフだ。
「これは我が社のマーケティング部が全国のレイヤー達へ『今後、島風コスでパンツを穿くか穿かないか?』とアンケートした結果ですが」
なんでもシャラ皇女が地球にやってきた理由が、この島風コスプレだと言う。あの極限に切り詰められたミニスカを見て「この星には凄い力の持つ女性がいる! だったら男性にも期待できるかも」と思ったそうだ。
「なんと全員が穿かないと回答してきました! これは由々しきことです。島風コスと言えば、あのスカートから左右の腰に伸びる黒いパンティラインこそ至宝! アレがない島風など島風ではないっ! アレをパーンしない島風など到底認められるものではないのですっ!」
そもそもアレをスカートを吊り上げてるサスペンダーか何かと勘違いした皇女はとっとと自分の星へ帰れ、なんでいまだに地球におるねんっ! と男は我を忘れてヒートアップする。
どうやら島風コスに色々と思い入れがあるらしい。が、この会議は決して島風コス対策委員会ではない。
「あー、キミ、その円グラフよりももっと見てもらうべきものがあるのではないかね?」
「え? いや、ありませんが?」
「あるだろう! あの女のおかげで、我が社の売上げが急降下してしまったこととか!」
「社長、お言葉ですが、そんなものを見せたところで彼を説得するのは難しいと事前に申し上げたはずですが?」
男は眼鏡の縁をかすかに持ち上げて、社長と呼んだ初老の男を冷ややかに見下す。
「お金なんて二の次。大切なのは、女性のぱんつ、そしてそのぱんつを穿くという文化そのものではないですか!?」
そして今度は逆に晴れやかな表情で、これまでのプレゼンで魂に訴えてきた男に再度話しかける。
「そうでしょう、エクストリームスカートメクランカー・石田ジュンイチロー君?」
石田ジュンイチロー。1996年4月生まれ。十八歳。
一見ごく普通の高校生に見えるが、「AKB? よく知らないけど、全員めくったぜ?」の名言とともにエクストリームスカートめくりの能力を開花させて以来、トップを走り続けてきたその道の一人者である。
彼の匠の技術の前ではいかなる女性でも、スカートの中を守ることは不可能。もちろん、今回のシャラ皇女襲来においても、彼女の秘密に一番近い人物と目されていた。だが……。
「……その肩書きはやめてくれないか。俺はもう引退したんだ」
数々のシャラ皇女への挑戦が繰り広げられる裏で、ジュンイチローは突如として引退宣言を行った。
理由はただ「スカートの中身に興味を失った」とだけ。
世間は大変驚き、そしてジュンイチローを自分の命を賭ける気概を持たぬ意気地なしと厳しく罵った。名のあるエクストリームスカートめくりの達人(メクランカー)たちがシャラ皇女に敗れ去るたびに、叱責は厳しさを増し、戦場へと戻るべきだと声の高まったが、ジュンイチローが復帰を決断することはなかった。
「どうか、引退を取り消してくれないかね。このままでは我が社は倒産してしまう」
それでもジュンイチローの復活を切望する者は後を絶たない。
特に「シャラ皇女の秘密を知りたい」だけの世の男たちとは違い、女性下着メーカーは社運を賭けて切実たる想いで訴えかけた。
彼らは今ならばまだシャラ皇女を打ち破ることで「やっぱりぱんつ穿かなきゃ危ない」と、世論を逆転させられると信じているのだ。
「金ならいくらでも出す。だから頼む、あの悪魔のスカートをめくりあげてくれ!」
一体いくつのメーカーに拉致られ、懇願されたことであろう。
しかし、それでもジュンイチローの心には決して届かなかったのだった。
……そう、この時までは。
「ジュンイチロー君。私はね、あなたがどうして引退したのか、その理由がなんとなくわかるんですよ。君は若いながらも私と同じ匂いがする……」
銀縁眼鏡男がフフッと笑った。
この後、どのようなやりとりがあったのかは、誰も詳しくは知らない。
ただ、結果だけをお伝えしよう。
2014年8月20日。
石田ジュンイチロー、エクストリーム・スカートめくり界に電撃復帰。
同日、シャラ皇女に挑戦を申し込む。
皇女、これを快諾。
決戦は8月31日。
会場のチケットは販売開始わずか一分足らずで完売、ただいま年齢制限ありのPPVの受付を行っております。
せいきの一戦を見逃すな!
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