四季 巡


冬が明け、桜の花が咲き始めた。夜は何処までも暗い。一本の大木からなる桜は、月光に照らされ艶やかである。

未だに空気は冷たいが、桜が咲くと名残惜しく感じる。雪が降っていた日が愛らしく思えた。

僕らは桜の下で酒を交わせながら、夜桜を楽しんでいる。小さな町の大きな公園ではあるのだが、季節によっては自然薯や、松茸などが取れることもあり、一年中賑わっている。

露店も出店するため、桜の季節となると、賑わいを増す。

陶酔しきった叔父さんが赤くした顔で桜を眺めている。

「今年も咲いたよ、咲いた、咲いた。桜を見ながら飲むお酒とやらは格別に美味しい。来年も生きてりゃ来いもんさ」

叔父さんが言い終えると、風が吹き抜けた。悪戯心なのか、桜の花を攫ってく。行かないでおくれよと願えど、叶うはずがなく、ひらりひらりと散ってゆく。

「散ってゆけ。今日も明日も」

僕の隣に座る彼女は言う。舞い散る桜を掌で受ける。そのまま、手を握った。

「散るものね、美しいものは」

「そう」

「素っ気ない。春に花みたいよ」

「桜みたいってことかい?」

彼女は首を傾げ、惚けて見せた。

「さあ、そう思うのであればそうじゃないのかしら」

「曖昧」

僕が訊ねる。

「そう、曖昧」

彼女は答える。

「曖昧ね、曖昧」

僕はお酒を喉に流し、飲み干す。

春とやらは気まぐれみたいだ。

彼女の気分のように。街ゆく黒猫のように。紙に描いた直線じゃない。自然が描く、芸術。それが春だ。

彼女もお酒を飲み干し、背中から寝そべる。杯を持った腕を上げ、月の型にはまるように杯を天に向けた。片目を閉じて、杯を見つめる。

「ここから見たら月は小さい。桜の木より小さい。なんせ、小さな杯で月は隠れちゃう」

「僕から見たら、桜の木より君の方が大きい」

彼女は閉じていた瞼を開き、僕の顔を覗き込む。

「当然ね」

「そう、当然」

彼女は起き上がる素振りを見せたのだが、再び横になる。そのまま、体をこちらへくるりと半周する。半周したところで僕の太ももへ上半身がぶつかった。

「だらしない」

彼女は自分へ問う。

僕は「だらしないね」と、乱れた長髪のに触れる。

「眠ってもいいかな」

彼女はあくびを噛み殺しながら言う。

「朝になるまでここにいることになる」

「それは御免よ、起こして頂戴」

僕はため息をはき、背中から寝そべり、彼女の方へ向く。顔が近い。鼻が当たりそうだ。

「おかしな顔」

「君こそ」

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四季 巡 @sikimeguru

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