呪われたる竜騎士

 僕の父にしてスコルの酋長であるナーブは、スコーリアを奉じる神族の祖となった。神域において執り行われた試練を、ナーブは見事に克服したらしい。

 こうしてナーブは北辺に狂神を奉じる岳国を建国することを宣言した。ここにスコルボレア岳国が興ることとなったのである。


 僕の妻であるネクタルは、この岳国の宰相に就任した。建国したとはいえ、北辺山脈の洞穴に棲むスコルの生活が急変するわけではない。この建国の目的はスコーリアの信奉を高め、三年後に訪れるであろう蝗災と戦乱に供えることである。それを成すための改革の権限は宰相ネクタルに集約され、彼女は行政職の頂点として振る舞うことになった。


 スコルの民の間から、外部の者が要職に就くことへの反発が起こらなかったのは、彼らの伝統的生活様式について改める類の政策が一切取られなかったことにある。そもそも複数の部族に別れて争っていたスコルを統一したナーブに対する支持は絶対的であり、その酋長が全権を委任した以上はこれに異議を挟む者はいなかった。またスコーリアの神子にして酋長の息子であるスタフティに嫁いだ者となれば、むしろ歓迎される雰囲気すらあった。


 そんなネクタルが最初に行ったことは、山脈の麓に位置する集落の併合と、北部のエセーリオが居住する地域における自治区設立の扇動だった。


「内政に注力するだけの余裕はまだ無いわ。今はまず岳国の建国をアツァーリの地に認めさせ、スコーリアの権威を知らしめなければ。」


 北辺山脈に接するクリソピアト平原の北部はすでにスコーリアの権勢が及ぶ地域となっていた。南北を流れる川の水が赤く染まっているのがその証である。しかしながら実際の支配はエセーリオの郷士身分の者らが握っていた。エライオンの血脈から遠いとはいえ神族の傍系にある彼らの属性は正しき善のままである。とはいえ、並みのエセーリオらはすでにスコーリアの狂気の影響を受けて中立を過ごして狂なる善に傾きつつあった。


 そのような情勢下において、ネクタルが僕に使徒としての任を命じてきた。


「北部郷士連盟にとっての中心都市であるカルエに向かって。そして、ある人物と会って欲しい。」


 ネクタルが指示した人物の名はプロドシアという。僕は聞き知らぬ名について詳細を求めた。ネクタルによれば、プロドシアはエライオンの第四使徒だった人物である。だった、というのは使徒の地位を辞して出奔したためだ。


「目的はなんだ?戦うにしても、すでに相手は使徒ではないのだろう。」


 僕の答えにネクタルは眉間に皺を寄せてため息をつく。


「戦うのではなく、味方に引き入れて欲しいのよ。というより、こちらの陣営に与してくれるところまでは固まっているから、詳細を詰めて来てちょうだい。」


 ──本当に大丈夫かしら、というネクタルの呟きが聞こえてくる。そもそもなぜ僕なのだ、と問えば先方があなたを指名したからよ、ということだった。


 ネクタルはすでに北部一帯の水辺に簡易の転移門ポータルを設置していた。『池沼』の異能を授かる姫君にかかれば、停滞した水溜りは転移の召喚術を行使するのに都合の良い場所となる。


 平原の北部──エリオロポス王宮と北辺山脈の中間地点に位置する都市カルエ。郷士連盟の内でも、北部はエライオンの領域を他神の侵攻から防ぐ要地だ。中央部が商業に秀でており、南部が広大な農地を有しているのに対して北部は貧しい。しかしながら逆境にあって北部人は尚武の気風を重んじてきた。


 ネクタルの開いた転移門が通じていたのは、カルエ壁外の貯水池だった。水面の一部に、光を吸い込むほどに黒い一角が浮き上がって消えた。

 山岳の洞穴に開いた虚空に飛び込んだと思えば、僕は突如として水中に投げ出された格好だ。僕は一応泳げるものの、水中が得意ではない。本性が隕鉄であることに由来するのか、必死で手足を動かさねば体が水深くに沈んでいく。


「もうちょっと丁寧なやり口はないのか。」


 岸に泳ぎついて愚痴を呟けば、虚空が再び開いてネクタルの声が飛んでくる。


「ごめんなさい、あなたが金槌なの知らなかったのよ。」


 金槌じゃない、一応泳げると抗弁しながら、地の元素術を身体に走らせて余分な水分を吸わせてやった。


「門衛に話は通してある、というよりもカルエは現在プロドシアによって占拠された状況にあるわ。対してエリオロポス王宮から追討の軍も出ている。ただどうも使徒級の人物が派遣された様子は無いのよね。」


 貯水池を離れればネクタルとの連絡は途絶える。僕の任務はカルエからプロドシアを脱出させ、北辺に導くことになるだろうか。


 木々の茂る小さな森を、小道に沿って抜ければカルエを取り囲む壁が見えた。しかし様子がおかしい。石材を組んで造られた壁は数か所にわたって崩落し、壁としての役割を果たしていない。

 ではすでに市街に追討軍が侵入したのかと考えたが、カルエの方角は静かなものだ。むしろ最も大きく壁が崩れる南側に、幾本もの煙が立ちのぼっている。火災かと思ったが、それも違う。

 僕の立つ位置は、ちょうど風下にあった。煙がたなびいて、肉を焼く匂いが流れてきた。なるほど太陽が中天にかかる刻限であることを考えれば、これは炊煙だろう。では、あちらに追討軍の陣が敷かれているのか。


 炊煙とは反対側、北に向けてカルエの壁を巡っていく。北西の門に近くなれば、壁はほとんど無事だった。僕は『蝗災』の恩寵を働かせ、灰色の呪腕の表面を自然な肌色に塗り替えた。あえて奇異な容貌を見せて、相手を驚かせる必要はない。

 左肩から先を露わにして襤褸を纏う姿は、流民のようにも見えるかもしれない。布の下には魔剣を佩き、竜眼を提げているが、竜骨の鎧は置いてきた。あまりに重々しい武装は交渉ごとには向いていないとネクタルに指摘されたためだ。


「しかし、この状況は武威を示すべきではないのかな。」


 たどり着いた門を守る守衛は、僕に対して誰何すいかすると、非常時であるから確認をとれるまでは、と言って拘束しようとしてきた。しかし魔剣ストラティオを抜いて恐怖の瘴気をあててやれば、すくみ上って膝から崩れ落ちた。

 剣先を首にあてて案内するように促せば、素直に門を開いて市中に入れてくれた。街路には人影がまばらだが、石と泥で造られた家屋の中からは、人の気配がする。怯えや恐怖もあれば、露骨な殺気もあり、冷静な観察の眼差しもある。


「プロドシア殿にお会いしたいだけなのだが。」


 門衛の背を剣の切っ先で押しながら、街路の真ん中を歩いていく。魔剣の瘴気の影響なのか、門衛の男の歩みはのろのろとしている。これではまるで僕が男を人質にとっているようではないか。


 男は僕の呟きを耳にして、震え声で答える。


「プ、プロドシア様ならこの道をまっすぐ行けばお会いできる。」


 礼を言いながら剣を引けば、男は力無くその場にしゃがみこんだ。男の横を通りすぎる際にストラティオが、最初からそう言え、と脅しめいた声音を出すと、彼は喋る剣を凝視したまま眼球を反転させて失神してしまった。


「これではまるで僕が暗黒騎士みたいじゃないか。」


 ストラティオのくつくつとした笑い声が響いてくる。僕の現在の職位クラス狂戦士バーサーカー魂鍛冶ソウルスミスの複合職だ。魂鍛冶ソウルスミスの職位は、スコーリアの『鍛冶』の権能と密接に関わる特別な職位クラスである。

 師父ツァーリオの職位は神性を帯びており、僕の鑑定では見通すことができなかったが、師父から教えを受けた僕の職位クラスは、自然と戦士ウォリアーから狂戦士バーサーカーへと昇格した。

 魂鍛冶ソウルスミス職位クラス複合職デュアルクラスとして持てるようになったのは、地獄での婚儀を終えてからだ。忘我の使徒チャオ・シィ、マニの菌株との連戦を経て、邪神に連なる神から多くの恩寵を授かったことで、僕の階梯レベルは大きく上昇し二十三階梯に達した。

 二十階梯レベルというのは定命の者が達する一つの限界とされている。異形の種族であったり、神の血脈である神族であったりすれば別だが、並の者が神に信奉を捧げて恩寵を受けながら術理、武芸を磨き完成して到達できる程度の位置、というわけだ。


 最も僕の場合は階梯レベルそのものよりも、神子として注がれた過大な恩寵と、隕鉄としての本性、鉄竜から交渉して得た強力な武具術具、何よりアツァーリの地において最強の使徒であるツァーリオによって指導された経験がある。これまで格上の相手との戦いによって魂の階梯を大きく向上させてきたが、それは僕自身の実力との差を様々な要素によって埋められているためだ。


 カルエ市街の建物は二階建てになっている。道幅は大人が三人通れるほどで、広いとは言えない。街路は入り組み視界は制限されている。門衛の男の言葉に従ってまっすぐに進めば、道が緩やかに曲がってちょうど市街の中央部へと続く広場へ出た。


 広場の中央には周囲の家屋よりも一つ分高い屋根を持つ教会があった。油神エライオンを奉じる教会だろう。磨かれた石造りの壁は陽光を反射して輝いている。その屋根には鐘塔が備えられているが、その陰になる箇所が不自然に盛り上がっていた。

 凝視すれば、こちらの存在を察知してか陰が身じろぎした。鐘塔を這いずって屋根の上に立ち上がった陰の正体は、成長した鉄竜である。

 竜は首をもたげると、がちりと噛み合った牙を解き、赤い舌を晒し咆哮を発した。即座に襲い掛かるわけではないが、威嚇的な態度である。北方の竜の御野に住む竜達に比べれば、礼儀がなっていない。

 鑑定を投げ掛ければ、この鉄竜は目を見開いてこれを拒絶した。縦長に細く開かれた瞳孔が、きゅっとすぼまって、こちらに向けて鑑定を投げ返す。

 僕は布衣を翻し、腰に提げた竜眼によって、こちらも鑑定を拒絶した。互いに名乗りも上げる以前から、鑑定を投げ合うという展開は、交渉というよりも武断する構えに近い。


「神スコーリアの名代として参ったスタフティと申します。プロドシア殿にお会いしたい。」


 鑑定を投げ合うという戦いの作法に通じるのであれば、知性のある竜であろう。用向きを伝えれば、プロドシアと引見させてくれると予想された。

 鉄竜の目が細くなり、にまりと笑っているように見えた。儀礼を知る金属竜は舌を躍らせて喋ったりはしない。彼らは竜の言語が強い魔術的な力を帯びていることを知っているからだ。そして、それと対峙する者は容易に騙され、あるいは魅了されてしまう。

 誠実であろうとする善性に傾いた金属竜は、自らの鱗を振るわせて、金属の響きで音を奏でることを知っている。


「おれがプロドシアだ。」


 反響する金属音が、僕の耳に届いた。油神の都市カルエを占拠していた鉄竜こそ、今は使徒の地位を脱したプロドシアその人だった。

 ずるりずるりと身を這いずって、屋根の縁にまで来るとプロドシアは一息に飛び降りた。畳んでいた翼を広げれば、鉛色の翼膜が風を孕んでふわりと着地した。

 巨体に見えたプロドシアは、空中でその姿を変えていた。竜頭竜鱗はそのままに、僕と変わらぬ背丈となって、二本足で立ち上がる。


竜成人りゅうなりびとか。」


 竜成人りゅうなりびと──もとは人の身でありながら、北竜神ボレイオスの恩寵を賜って、竜のさがを得た者を指す言葉だ。


「流石は名高い竜眼卿──半竜人ハーフなんて呼んでくれたら、ぶち殺すところだったぜ。」


 理解の薄い者からすれば、プロドシアのような竜成人りゅうなりびとは、竜と人が交わって生まれた忌子であるとして扱われることもある。半竜人ハーフ、というのはそういうった者に対する蔑称だ。ただし当人達以外には蔑称として認知されていないのだが。


「僕も僅かながらボレイオスの恩寵を受けている。鉄竜の長の手による祝福に過ぎないが。」


 鉄竜との交渉事を請け負う人界の代表者として、僕は鉄竜の長から血に祝福を授かっている。北竜神ボレイオスは竜の御野に君臨すれども治めはしていない。彼の地では複数の竜種が互いに牽制し争い、力を高め合っている。


「そうかい。おれは三十年の間、鉄竜の長に傍仕えして、竜となった。」


 黒々とした光を帯びる金属質の竜頭を振って、プロドシアは誇らしげだった。三十年──定命の者からすれば長い年月に思われるが、竜の寿命からすれば瞬く間の出来事だろう。成果なく認められず恩寵を授けられなければ、人生を棒に振ったであろう試練だ。


「それではプロドシア殿は僕の先達ということになりますね、兄様とお呼びした方がよろしいですか。」


 多くの竜は強欲であるものの、鉄竜は集団の規律を重んじる種だ。長を頂点として先に産まれた者を尊び、また年長者は弟を庇護して育てる。


「よせ、もとは流民に過ぎない身だ。狂神の神子、それでなくとも竜族との交渉者として、先代の竜眼を預けられた貴公に頭を下げられるような身分じゃねえ。むしろ下げるな、長の眼の価値が下がる。」


 伝法ではあるものの、こちらの立場を尊重した物言いだ。口を開くことなく金属質の音を響かせて、プロドシアは僕を教会の中へと誘った。


 教会の内部は昼だというのに真っ暗だった。本来であれば聖油が燃え流れるはずの、床に刻まれた溝は乾ききっている。窓の無い造りは宗教施設としてだけでなく、軍事的な目的にも適しているように思われた。


 高い天井を有する礼拝堂を、竜頭の騎士に先導されて歩く。奥に鎮座する祭壇の脇を抜けて小部屋に入ると、そこは書庫だった。僕とプロドシアが入れば、部屋のほとんどが満たされてしまうほどの小さな書庫は、行き止まりのように見える。

 プロドシアは奥の書棚に収められた本を数冊手に取ると、代わりに金属質の分厚い板を差し込んだ。鍵の役割を果たすのであろう板によって留め具が外れたのか、固定されていた書棚は横に滑り、その奥に下へと続く階段が現れた。


 ネクタル姫から聞いているかもしれないが──プロドシアはそう切り出しながら、奈落へと続く螺旋階段を降りていく。


「おれは元はエライオンの第四使徒だった。故あって北方を飛び出してから、放浪していたおれを拾ってくれたのがメティオーテ殿下だ。」


 彼はある深さまで来ると壁の一か所を、鉄爪で擦り上げた。摩擦の熱が火花を発し、壁に刻まれた溝を火が走っていく。緩やかに分かれていく火の枝は壁に模様を描く。地下の暗黒を走っていく火が奈落の底に着くと、そこには油溜まりがあったらしい。一際大きな炎が立ちのぼり、地下の階段を真昼のごとく照らした。


「殿下はおれを寵愛してくださった。あの方は決して王としてふさわしい強さは持っておられなかったが、情に篤い方であった。おれは殿下の闘士として王宮における闘争に勝利し続けた。」


 エライオンに仕える使徒は、神が直接選定するのではなく、神族が推挙する者が追認されるという形式をとっているらしかった。第四使徒とは、使徒としての序列を表すものではあるが、プロドシアの力量が上位使徒に劣っているわけではない、と彼は付け加えた。


 壁にはアツァーリの地の勃興についての壁画が描かれている。雄大な大地と豊かな自然の恵みに抱かれ、巨人と呼ぶにふさわしい体躯に鋼の肉を持つアツァーリアン神族が闊歩する。大神アツァーリは北方の竜神ボレイオスと幾度も拳を交え、互いの神力を讃えあった。螺旋を描きながら下へ下へと描かれる壁画は、あるところで黒々と塗り潰されている。漆黒の壁が続く中、美しい女の横顔が現れる。


「蝗災の魔女アクリダだ。黒く塗りつぶされているのは、アクリダの使役した蝗が空と大地の全てを覆う様だという。」


 遠い古紀のことだ。今のアツァーリに息づく者の多くは、このような伝承を忘れてしまっている。アクリダの横顔から先──そこから先には何も描かれていなかった。


「中途で終わっているのか。」


問えば、プロドシアはかぶりを振って否定した。


「忘却の海獣ゼキラワハシャの仕業だといわれている。古紀ロストエラの終わりに何が起こったのか──彼の神は『忘却』の権能を振るい、不正神と煉獄の大君の助力を受けて、その全てを隠蔽した。」


 プロドシアは神話によく通じていた。ただそれ以上の具体的な内容については言及しなかった。下手に口にすれば、ゼキラワハシャの注視を受けるからだ、と彼は説明する。


 螺旋階段の終わり──奈落の底には巨大な燈火台が備えられていた。そしてその正面には僕の背丈よりも遥かに巨大な、師父ツァーリオのような巨人のために設えたであろう扉がそびえていた。素材は青みがかった金属としかわからない。ゆうに百年以上経過しているにも関わらず、風化することなく堅牢な様子である。


「ここは本来、アツァーリの崩御とともに殉死したアツァーリアンの墓所だ。兄弟神の戦争が終結して以来、三百年にわたってエセーリオの郷士が代々守ってきた。扉は封印されており、これ以上先に立ち入ったことはない。貴公を案内したいのはこちらだ。」


 正面の扉に背を向けて、燈火台を回り込んだ裏側には人並みの大きさの扉があった。荘厳な大扉に比べれば、質素な木製の扉である。しかしアツァーリ地方の主だった建材は石か泥、金属であって、あえて木材を選択するというのは北方か東方に所縁のある場所にしか用いられない。


 扉をくぐれば、そこには円状の祭壇があった。変成術で編まれたのか、複雑な規則性で絡み合う枝が祭壇には敷かれている。そして、その中央に僕の拳ほどの鉛色の球体が置かれていた。

 それの正体を、僕は見知っていた。鉄竜の卵だ。


「おれの子だ。メティオーテ殿下の側室が産んでくれた。」


 ──母となった女は死んだ。

 そう呟いたプロドシアの表情は、鉄竜の棘鱗に阻まれ伺い知れなかった。曰く、メティオーテは側室の懐妊を知って非常に喜んだそうだ。彼は中年を過ぎて子に恵まれなかったからだ。


「事実──あれはメティオーテ殿下の子でもあるのだ。」


 反響する金属音の声音が、哀愁めいたものを帯びている。

 プロドシアは──メティオーテの闘士であり愛人でもあった。床を共にするうちに、プロドシアはこの王族に心から惚れ切り、密かに子を設けようと企んだ。

 そして寵愛を受けること久しくなった古参の側室の腹を借りたのだという。


 自嘲気味にプロドシアは語りを続ける。


「第一使徒であるイランプシに露見するまで、そう遠くは無かったよ。何とか腹女を連れてエリオロポスを脱したものの、出産時に彼女は亡くなった──おれもこのざまだ。」


 プロドシアの背中から分厚い鉄の鱗が引いていく。めくれ上がるようにして現れたのは人の肌だった。尋常ではない太さの骨が背を貫いて、それを筋肉の鎧が覆っている。だが、それは餓死者の亡骸が陽に晒されて粉々になったような色合いをしていた。皮膚は骨と肉に張りついて一部の隙間もなく緊張しきっている。


「『疎水』の恩寵を焼き付けられた。おれはもう水を飲むことも、小川を越えることも叶わぬ。水溜りにすら近づけない。この夏は雨が少なくて助かったものだ。」


 からから、と笑う竜成人は僕という狂神の神子に触れて、正気を手離しかけているように見えた。


「プロドシア殿──ご子息を後見させていただきたい。」


 交渉は、後からすればよい。今はただ、この騎士と新たに生まれる子息のために、僕のできることをするまでだ。それが竜眼卿としての責務だ。


「──お頼み申す。」


 プロドシアは最後まで、鱗に守られた面相を僕に明かすことは無かった。



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