祓魔の鍛冶
山腹に敷かれた祓魔の結界が、死霊術師の動きを鈍らせる。
ストラティオ──暗黒騎士を装うアクリダの第五使徒の正体は、彼が佩いていた剣だった。
事前に占術で入念に調べ上げた結果得られた情報からすれば、ストラティオは一度として攻防に剣を用いていない。無論、その巧みな体術は騎士を名乗るに相応しいものだが、不自然にも自分の護りよりも剣を優先するように振る舞っていた。
肉体を磨り潰されても、魂の器である剣が無事でさえあれば、いつの間にやら召喚術で転移して逃げおおせるというわけだ。
邂逅の往事、師の手により、使役者であるストラティオが殺された後も、不死者は動き続けていた。本来であれば術者の戒めを解かれた魂は冥府へ速やかに還るはずなのだ。要するに騎士然とした肉体は擬態に過ぎない。
彼に当時の記憶が残されていないのは、短期的な記憶は屍人の肉体に留めながら、随時に剣の本体へと記憶を統合するような仕組みなのだろう。師の鮮やかな手並みは、その更新を許さぬままにストラティオを殺し続けていたのだ。
故に、このストラティオは師に敗北し殺されたことを知らぬまま、三日に一度、こうして山腹にまで出向いては、その度に殺され続けてきたのだろう。
ツァーリオが、このような欺瞞を見抜けていなかったとは思えない。恐らくは僕の成長を測る教材として、この第五使徒を生かしておいたのだ。
人を食ったような趣向だ。僕が気付かぬままにストラティオの肉体だけを破壊して報告すれば、師はどのような顔でそれを受け取ったのだろうか。
いずれにしても、課された試練の端には辿り着いた。問題はここからだ。
「童と侮って手妻で欺こうとしたのが間違いであったわ。」
ストラティオの声音は、象られた肉体からではなく、握られた剣の方から響いてくる。光を宿すことなく窪みを残しただけの眼窩は虚空を彷徨い、その装いも、今や騎士めいた装束ではなく、ゆったりとした漆黒の外套を纏っている。
「ストラティオ──砕かせてもらうぞ。その魂。」
『鍛冶』の小権能に属する『鎚』の権能に対する理解を深める。僕の握る鎚は、今やただの武器ではない。魂を穿つスコーリアの神威の具現。『鍛冶』を司る神が鍛えるのは、鉄のみに非ず。その内に魂を宿す魔剣の性根を叩き直してやる。
だが、隙が無い。先ほどまでの騎士には無い威圧感が立ち込めて、打ち込むことを躊躇わせる。瘴気を漂わせるストラティオに対し浅慮に振る舞えば、たちまちに逆転される想像が脳裏に描かれる。
何より鑑定が一切通らない。相手の占術に対する抵抗が高まったのだ。全く別の敵へと変異したと言っていい。
「なんだ?来ないのならば、こちらから行くぞ。」
薙ぎに迫る剣から、声が響いてくる。鎚の柄でかろうじて受け止めるが、腐朽した肉体とは思えぬ膂力に押し込まれる。これが
ぐるりと鎚頭を回転し、祓字を見せつけるように押し込んでみるが、ストラティオに苦しむ様子は無い。
「私はここだぞ!スタフティ!」
鎚柄から引かれた剣が音声を発し、その軌跡が逆巻きに襲い掛かる。屍の肉体を得ながらも、本体は剣であるからして単純な退魔術を無効化するのか。致命的な弱点の克服を果たした不死者という撞着に動揺を覚えれば、いなし損ねた切っ先が頬を撫ぜた。
血飛沫が剣を濡らし、地に赤い弧線を描く。薄皮一枚を斬られただけだ。それでも止まることのない連撃に、反撃する機を掴めないまま防戦に徹する。
どうやら戦士としての技量だけでは大きく劣るらしい。思考を切り替え、地精に呼びかけて先ほどまでよりも攻撃的な元素術を行使する。
棘枝を象った地術がストラティオの脚を抉る。構うことなく前進してくる
横薙ぎに振られた腕の関節部分を鎚頭でかち上げ、石突で腹を撃ちすえる。体勢を崩し、不恰好に宙を泳ぐ剣を、足下から伸びた地精の手が掴む。
「縛れ縛れ縛れ縛れ!!」
詠唱とも呼べぬ無様な叫びだが、地精の手は続々と伸びて剣を一時に地に落とす。
「ここが鉄床!」
褐色の巌に寝そべる魔性に振り下ろす、スコーリアの鎚。
「照覧せよ、我が神よ!」
打たれた剣から絶叫が轟く。一振りごとに火花が散り、内に秘されてきた魔性が霧散していく。やめろと懇願し呪う叫びを清澄なる鎚の音が掻き消していく。噴き出す汗が瞬時に乾き、一打ちごとに熱気が増していく。
剣を折れば器を失った魂は、また新たな器を求め彷徨うだろう。死霊術に熟達したストラティオならば、その程度のことは容易く行ってしまうに違いない。
だが、今や彼は自らを閉じ込めた剣の内側で、浄化の熱に責め苛まれている。祓字を柄頭に刻まれた鎚、『鍛冶』の異能を授かったスコーリアの寵児による打ち直しだ。
赤熱する剣から、ストラティオの声が弱々しく消えていく。
「おのれスタフティ…よくぞ…。」
それは僕を呪いながら称賛する狂なる騎士の声だった。死霊術師でありながら、剣を佩く偽りの暗黒騎士──ストラティオの魂は、ここに砕け散った。
「良き鍛冶であった。」
頭上からかけられた声は師のものだった。仰げば鉄の王と、その傍で心配げな視線を投げかけるリーコスの姿があった。
「儂では剣を折ることはできても、祓い清める打ち直しはできぬ。あの者に正しく引導を与えることができたのは、スタフティ──そなただけであった。」
試したのは確かだが、異心があったわけではないのだ、と師は言外に伝えようとしていた。
僕は師に頷き、スコーリアに祈りを捧げた。
いずれかの尾根から、赤毛の少年が、僕に呼びかけた気がした。
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