アクリダの第五使徒ストラティオ
山巓に編んだ庵に座し、時の訪れを待つ。
庵を発ち、眼下に蠢く
アクリダの第五使徒──ストラティオは、確かに壮健な様子でそこに立っていた。
黒く塗られた騎士装束、腰には簡素な造りの直剣を佩いている。
「そこにある童よ!我は狂にして悪なる池沼の女神、アクリダの第五使徒、ストラティオである。北辺に名高き勇士ツァーリオ殿に御取次ぎを願いたい。」
慇懃な態度だが、童と呼びかけられたことが、僕の自尊心を害した。しかしこの様子では、ツァーリオに幾度となく殺された記憶を、この男は有していないのだろうか。
「師父はあなたとはお会いにならない。」
自分でも思った以上に重い声音が出た。平生に見せたことのない様子に、背後でリーコスが頭を低くするのを感じた。野生を剥がれた獣では、死闘の気配に耐えられないらしい。行け、と命じれば獣は庵のある位置にまで素直に下がった。
「鉄の王が弟子を取ったとは寡聞にして知らなんだが、そなたのような若者とはな。師の名を汚す前に取り次がれよ。」
侮る声はこちらが激するのを狙っての挑発だ。見え透いた手だ。僕はストラティオの手管を地霊からほどほどに聞き出している。
埋葬者──埋葬の騎士ストラティオ、アクリダの司る『池沼』の大権能の内、小権能に属する『埋葬』を能くする使徒だ。加えて黒塗りの騎士装束は、ストラティオの
「師父より、あなたを討つようにと命じられている。」
憤激の高まりを抑えられただろうか。僕は眼前の騎士に対して鑑定を仕掛けているものの、術への抵抗を受けて十分な情報を引き出せずにいる。
名、種族、
僕の現在の
今回は
占術の達人ともなれば、相手の得手とする武芸や術の適性、抵抗の強度、授かった異能の強さなどを一目に見抜くことができるという。何より他者から自らの情報を守る欺瞞の技術を身に着けるためにも、戦いにおける占術の重要性は非常に高い。
僕は結局与えられた三日間を、ストラティオの秘密についての確度を高めながら、占術からの防護巫術の開発に充てることになった。今も身に着けた護符は頼りなくも、僕の出自について、また重要な抵抗の強度について隠してくれている。武芸や術の適性を暴かれるのは受け入れよう。どちらにしても一たび剣を交えれば分かることだ。
ストラティオは僕の言に対して、あからさまに態度を崩してきた。恐らくはこちらを鑑定した結果を受け取ってのことだろう。
「笑止!使い走りの童子如きが、我を討とうというのか。お前の師とやらは狂うたのかね。」
端正な
使役者の意志に従って、
「お前の屍を使いにして、ツァーリオに送り届けてやろう!!」
あらかじめ備えておいた
「退魔術の心得はあるようだな。だが付与した術具の蓄えには限りがあろう。」
死霊術が初等の術からして、分かりやすく強い理由は、圧倒的な物量にある。生者よりも冥府にある死者の魂の方が多いのは道理なのだ。一度祓われたとしても、死霊術師の魔力を呼び水に、有象無象の亡者を立ち上がらせればよい。
ここまでの展開は予想した通りだ。『埋葬』に通じるストラティオは、恐らく多くの屍の在処を知り、また多くの死者を篤く葬ったことから、アクリダの権威及ばぬ北辺山脈においても、この程度の死霊術を行使してくることはあるだろうと思っていた。
師の手管を、そのままに真似することはできない。だが僕は山脈の地精と対話することには長けている。
祓字を刻まれた礫片を核として、地精を受け入れる
だが効果は抜群だ。撒かれた礫片の一つ一つ、そして結界に用いていた石までもが、縦横に山岳を走破する。核に退魔術を施されているために、周囲を掠めるだけで不死者は浄化され霧散する。
何より広範囲に清めを受けた大地は、新たな不死者の顕現を許さない。
使い魔を潰されたストラティオは額に青筋を浮かべながら、胸元から皮紙を取りだし、詠唱を始めている。あれには恐らく、更に強い死霊術を行使するための補助陣が描かれているに違いない。
だが、もう遅い。僕は間合いに近づいたぞ。
「腐敗の邪神よ、アクリダよ、伏して願い奉る──」
円弧を描いて飛びかかる剣が、ストラティオの詠唱を遮り、彼の握る補助陣を裂く。皮紙に食い込んだ剣ごと投げ棄て、距離を取ろうとする暗黒騎士に対して、間合いを詰めながら細かな地の元素術を投げ掛けてやる。
僕は、相手の足下を少しばかり不整にしただけだ。ちょっとした躓きが、後退しようとする重装の暗黒騎士の体勢を崩す。だが流石は使徒たるストラティオは地を踏み砕き止まった。だが、それで十分だ。
中断された詠唱を継ごうとする騎士の腹に、両手で握り込んだ鎚の一撃を見舞う。一撃、二撃、三撃と連打すれば騎士の胸甲が潰れひび割れる。
「痛いかよ、ストラティオ!」
表情の歪みを見れば
「小癪な!」
足首に絡む地精の手を払う隙に、僕の連撃が再びストラティオを捉える。今度はその脚を折ってやる。一撃、二撃、三撃目を待たずに、ストラティオの大腿は砕け、敵の体は勢いよく斜面を転がっていく。
荒く息を吐くストラティオの後頭部を、投擲された石が打つ。流れる血が、残雪を赤く染めていく。攻撃の手を緩めはしない。死を感じさせてやる。
師より預かった両手鎚を振りかぶり飛びかかる。ぎりと握る手に力を込め、敵の身体をまるごと大地に埋没させるイメージを描く。しなり、振り下ろす。
「受け止めてみろ!!」
そうだ、受け止められるものなら、受け止めてみろ。この暗黒騎士は、騎士とは名ばかりの死霊術師だ。十五
師の投擲を受けたときのように、不敵な笑みを絶やすことなく、ストラティオは僕の一撃に相対する。そうだ、僕は知っているぞ。お前がそのいけ好かない余裕のある態度で、この場に臨むであろうことを。だからそんな相手に、僕が命を賭けるつもりはない。十全に備え、一方的に屠殺してやる。
振りぬいた鎚が、ストラティオの頭蓋を砕いた。鎚頭にも祓字を刻んである。
──だが、師は僕に死闘になると宣告した。つまり、ここはまだ始まりではない。
風に乗って飛散していく塵が、戸惑うように宙を舞う。祓字の結界を事前に敷いたのは、警報のためではない。それを核とした
「逃げられると思ったか、偽りの暗黒騎士。」
地を擦る音とともに、鋭い剣閃が僕の首を薙ごうと迫る。鎚に備えた石突でいなした先にあるのは、独りでに舞う一振りの直剣だ。僕の問いかけに応えることなく、剣は舞踏のように空を切る。飛散した塵を纏い、改めてストラティオの肉体がその場に現れる。
「貴公の名を聞こう。」
油断ない声音が響く。周囲の魔素を吸引しようとする死霊術師に対し、祓の結界がそれを咎めるのを感じる。ようやく僕を見た使徒に対し、名乗りを果たす。
「偉大なるスコルの長、ナーブが一子にして北天の凶星。
狂にして中庸なるスコーリアの使徒、ツァーリオに師事する戦士。
我が名は──スタフティ。」
覚えておこう──と、ストラティオは呟く。
ここが、ここからが、真の戦いの始まり。
紛うことなく互いの命を賭けた死闘が始まろうとしていた。
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