第15話
□
さっきから、森の中の道をすすむコウは無言を貫いている。
彼の手元には白色の花束が握られ、これからお墓参りをするという事が見て取れる。
私はこの時間がひどく窮屈で、彼に請われてなければすぐにでも逃げ出したい衝動に駆られている。
リーゼロッタ=レグシオン城の救出作戦から少し経って、私達はジョナサン総司令から報酬として勝ち取ったルカエルへの飛行便の直行権を行使して帰路についた。
長らくの監禁生活で体力の落ちたエリカも連れての一日ちょっとの空の旅。すぐ過ぎ去ってしまうような時間だったはずなのだけれど、意外なことにコウが我侭を言ったのだ、『知り合いの墓に寄りたい。この近くだと思うから寄ってくれないか』って。
久しぶりの彼の我侭に私は快諾し、エリカは何も言わなかった。例の如く、飛行便の御者はリッテルトさんで、竜はメヌエットだったので反対意見は一つもなかった。
コウが着陸を指定したのはどこか見たことのある村の少し外れた場所だった。
最初、いきなり飛来したワイバーンに村の人々は軽い恐慌状態になってしまったけれど、コウがその背から降り立ち、説明して回ると次第に落ち着いていった。
その村で一番偉いと思われる人が出て来たあたりで私はこの村が、コウが死にかけた時に助けてもらった村だと気付いた。
という事は、彼が寄ろうとしているお墓というのは十中八九、あの彼女のお墓であろう。
その事に考えが行き着くと、彼はまだ彼女の事を覚えているんだ、まだ引き摺っているのだろうか? とか嫉妬とも言えない感情が渦巻いた。
変に、
さっきからコウに気の利いた言葉をかけようとして、口を噤む。そんな行動を何度も繰り返していた。
「ついたぞ」
自然と下げていた顔を上にあげると、視界いっぱいに橙色に染まった海が広がった。
「わぁ!」
雄大で鮮やかな景色に私は心を奪われる。遮るものは何もなく、朱色の夕日が水平
線の彼方へと落ちようとしていた。
その景色に見惚れていると、コウは静かに崖の先にある小さな白石の前に花束を置いた。
そういえば今思い出したのだけれど、レナさんのお墓ってあの村の外れじゃなかったっけ?
「ルカエルに戻る前に、ちょいとここに一人で寄らして貰ってな。その時にアイツの亡骸をここに再葬したんだ」
私が訊くよりも先んじてコウはぽつぽつと語り始めた。
「アイツはここから見る景色を気に入ってたみたいでよ、何時でも眺められるようにと思ってここにしたんだ」
コウは感慨深そうにレナさんの名が刻まれた墓石を指でなぞる。
「そう、なの」
もっと、彼には違う言葉を掛けるべきなのだろうけど、自分の中で渦巻く変な感情がこの一言を絞り出すだけで精一杯だった。
こちらからは彼の背中しか見えない。彼は今、どんな顔をしているのだろうか?
「そうなの、って……まぁいい。ルエル、こっちに来てくれないか」
私はコウに呼ばれるがままレナさんの墓石の前で彼と並んだ。
「ルエル」
何を言われるのだろう、なにか悪い事だろうか。私は肩を跳ねさせてコウに体を向けた。
しかし、私の悪い予想とは裏腹にコウはその場に膝をついて私を見上げていた。
「とても遅くなってしまったが、ここで……この世界唯一の肉親の前でこの言葉を贈ると決めていたからな」
彼は懐から布張りの小箱を取り出して、蓋を開けた。
私は息を飲んだ。
「ルエル・フリージア、俺と結婚してくれ」
私は咄嗟に口元を両手で押さえた。
嬉しくて、瞳からは涙がこぼれ落ちる。私はコウに抱きつく。
「――YES、
「ルエル、待たせて済まなかった。そして、ありがとう」
コウは私の肩を掴み、ゆっくりと唇を奪ったのだった。
☆
私の薬指にきらりと輝く
「ついにルエルも人妻かぁ、そそるねぇ」
と大変失礼な事この上なしだった。マリィに言いつけてやる、ゼッタイに。ちなみにリッテルトさんはごくごく平凡にお祝いの言葉を贈ってくれた。
そのまま、私たちはメヌエットに乗ってルカエルに帰還した……のだが、ルカエル城正門で出迎えたのは大勢の領民とアールとリカルド兄妹、そして我が弟。その全員がなんと正装で待ち構えていた。
何事かと弟に聞けば、『これから姉上の結婚式ですよ。コウイチ卿から聞いてませんか?』と心底不思議そうに訊き返すものだから私は一瞬きょとん、となった。
むしろ言い忘れていたのはコウの方だった。エリカの救出をするまではちゃんとアールやリカルド兄妹にも伝えていたのに、最後のさいご、肝心な私には言ってなかったのだ! 私は
夫、コウ・
妻、ルエル・フリージア。
私の方が貴族位が上なのでコウの苗字が変わる。つまり形式上は婿養子である。尤も、本当に形式だけだが。
式が終わって、宴会の最中にかねてから疑問だったレナさんとコウの関係を耳打ちでこっそり訊ねたら、
「レナは俺の遠い親戚じゃねえかなあ。写真で推測を立てただけだから違うかもしれないが……。例え違っていたとしてもアイツは俺の姉であり妹であり、この世界で唯一の肉親だった」
私はひとり相撲をとっていたと分かっただけで終わった。
それからは……二人の時間をたっぷりと過ごして、今回の旅も大団円で締めくくられたのだ。
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