第14話

 男は結局、俺の存在に気付くことなく彼にとっての自軍……つまりは敵駐屯地に帰還した。

 敵の駐屯地は村より幾分か下った場所にあった。海岸沿いの洞窟を中心として周囲を囲むようにして陣地を形成していた。

 外敵の侵入については考えていないのか、疎らに木製の背の低い柵が地面に打ち付けられているだけで、防壁のようなものは一切見当たらなかった。


「豪胆なのか、それとも考えなしなのか」


 身を隠すほどの巨木を背に、俺は独りごちた。どちらにせよ、侵入はしやすい。

 背に視線をやるとあと少しで水平線の向こう側へ太陽が落ちる間際であった。そこから右に視線をずらしてやると、洞窟を囲む天幕の前で幾人もの兵士たちが退屈そうにしている。

 俺は地面に伏せり、サイドマウントに取り付けた装置のスイッチを入れた。

 直線的に緑の可視光線が伸び、敵の兵士に緑色の点を映し出す。

 サイトの微調整をしてレティクルの丁度真ん中に緑点が来るように合わせる。アンダーマウントの先端部を持参した砂袋に載せて銃身の安定を図る。

 射撃姿勢を整え、最初の犠牲者を選ぶ。


「決めた」


 照準を合わせたのは集団の中でも一人離れた場所にいて、且つ多数からは見えない場所に居る兵士。

 肺に三割程度、酸素を残すように息を吐いた。

 ざくん、という発砲音と共にマズルからフラッシュサプレッサーによって抑えられた発火炎が散り、レティクル先の兵士が倒れる。

 間髪いれずに近くに居た兵士を、死体に気付くよりも早く狙い撃つ。

 再びざくん、という音とほぼ同時に兵士の脳漿がはじけ飛ぶ。

 少し間を空けて、多数の兵士から遠くにいる人間から順に撃ち抜いてゆく。

 鴨撃ちよりも簡単な、訓練にもならない射撃。破裂音と味方が倒れるのが関係していると感づく賢い兵士も居るが、周りに知らせるより早くその喉元を銃弾が切り裂く。

 身を隠すように指示を出す者もいたが、身を隠した兵士はその遮蔽物ごと撃ち抜かれ、死んだ。

 1マガジン全て撃ちきったくらいで、俄かに騒がしかった駐屯地は廃村のごとく静まり返った。

 俺は膝立ちになり、空となったマガジンを交換して装填ボタンを押す。

 視線を逸らさず、足音を立てないように駐屯地内部へと近寄る。

 銃身は下げず、天幕一つひとつを生存者がいないか確認しながら回る。生き残っている敵兵には胸と頭に1発ずつ撃ち込み、完全に息の根を止めた。

 天幕を全て回り終える頃には、もう1マガジンが空になっていた。

 手早く装填をし直しす。全ての天幕を廻ったが、指揮官用らしき天幕はあったものの、指揮官らしきその人物は見当たらなかった。


「となると……」


 俺は奇妙な静けさを放つ洞窟に顔を向ける。暗闇に満たされた洞穴からはうすら寒い風が流れ出ている。

 レーザーモジュールのスイッチを切り替えてLEDライトを点ける。

 久しく見ていなかった無機質の強い光が数ヤード先まではっきりと照らし出す。俺はライフルのグリップを握り直し、意を決して内部へと足を踏み入れた。

 洞窟の中は簡易的な倉庫として使っている様で、大小さまざまな木箱やずた袋が積まれている。


「クソッ」


 拙い、実に拙い。これだけ遮蔽物が多いと射線が通らないし奇襲やすい。それに俺がここに来るまで足音が派手に反響してしまって、潜んでいるはずの敵からはこちらの位置が丸分かりときた。

 唯一の救いは視界の優位性は俺にあるのと、ここまで来るときに背後から襲われていないという事だけ。

 気を引き締め直そうとした瞬間だった。左前方で木桶が転がり落ちる。気をとられて銃口をそちらに向ける。

 それとほぼ同時に反対側から直剣を握った男が雄たけびをあげて吶喊する。


「おおおおおお!」


 鈍く光る剣が迫りくる。俺は咄嗟にライフルのストックを合わせて剣閃を逸らす事に成功するが、男に組み伏せられてしまう。


「がっ」


 肺から空気が漏れ出る。


「死ね! どこのどいつだか知らないが、死ねッ!」


 頭上から怨嗟の言葉が落ちてくる。この間合いでは長銃は使えない。それにライフルは俺の手を離れて地面に転がっている。


「お前が死ね」


 運よく右手はフリーとなっていた。右膝を立ててホルスターに入ったままのM1911を握り込み、発砲した。

 男からくぐもった声が聴こえる。振り上げられた直剣の切っ先が俺の左耳を掠め落ちた。

 立て続けて2発、発砲。発射音が洞窟内に反響して脳を揺るがす。

 男の口から血液が溢れ出て、そのまま俺に覆いかぶさり息絶えた。

 一瞬、安堵したのも束の間、まだ敵が潜んでいるかもしれないと慌てて男の下から這い出てM16を構える。

 周囲をLEDライトで一通り照らし、索敵を終える。


「敵影、無し。クリア」


 アドレナリンが切れる前に洞窟の奥に足を進める。

 数分ほど警戒しながら突き進んでいたが、最後には岩壁にぶちあたり、行き止まりになっていた。

 体の力を抜くと自然と深い溜息が漏れ出て、忘れていた痛みが襲い掛かってきた。


「クソっ、耳を斬りやがって……」


 左頬を血液が伝っているのが解る。それに押し倒された時に腰も打ったのか、じくじくと痛む。

 俺は行き止まりの岩壁に凭れかかる。ライフルをストラップごと脱ぎ捨てて、地面に腰を下ろした。


「タバコ、吸いたくなっちまった」

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