第13話



 レナの家へと戻ると、居間でルエルが手持無沙汰に足をふらつかせながら椅子に座っていた。


「待ってたのか」

「だって、コウが居ないと帰れないもの」


 至極当然な言い分だ。


「これで終わりだから、もう少しだけ待ってくれ」


 ルエルは椅子から飛び降りて俺の顔をのぞきこんだ。


「コウってば大丈夫なの? ムリしてない? お葬式の時、すごい表情カオしてたけど――」

「大丈夫だ。心配かけたな」


 俺は笑顔を作るように努めてルエルの頭をくしゃりと撫でた。


「そう……」


 ルエルは納得していない、胡乱なげな目を向ける。

 俺は構わず本棚の前に歩み寄り、伏せ倒されていた写真立てを起こす。

 白木の素朴な縁の中心に嵌っている写真にはよく似た顔の二人の女性が写っていた。

 一人は若く、もう忘れる事はないだろう、レナ・マルティネス。

 もう一方は中年に差し掛かったあたりの、レナによく似た、日本の和服を着たご婦人だ。二人は肩を寄り添わせて仲睦まじく笑顔で写っている。

 ご婦人はレナの母親か何かであろう。目元と鼻筋がよく似ている。二人とも溌剌とした印象でとても仲の良い家族だったことが分かる。

 郷愁の念も一際強かっただろう、この写真立ての扱いを見ればよく分かった。


「コウ、それは?」


 思索に耽っていると後ろからルエルから声をかけられた。


「これは写真って言ってな……有体に言うなら姿絵って所だな」


 俺も持っているのだと、胸ポケットから父の写真を取り出す。

 ふと、手に持った写真2枚を見比べる。


「――。」


 俺は言葉を失った。


「どうしたの? あれっこの女の人、よく似てるわ」


 そうだ、ルエルの言った通りどちらの和服の女性も容姿が似ていた。

 それは、似ているというよりも、だという方がしっくりくる。


「ああ、嗚呼、ちくしょう」


 俺は膝から床に頽れ、頭を抱える。

 この二枚の写真が指し示すは一つ。今となっては確かめる術すらないが。

 レナは、俺をだと言っていた。てっきり、それは“同郷人”という意味で使っていたのだと思っていたが……。


「――それも、もう意味がない、か」


 ルエルの細腕が俺の肩を抱いた。彼女の無言が俺の心を慰撫するようだ。

 暫く何も考えられずに二人、そのまま肩を寄せ合っていた。


「決めた」

「何を?」


 俺はルエルの腕からするりと抜け出し、持ってきていた深緑色のスーツケースを乱暴に床に寝かす。


「ルエル、済まないが先に戻っておいてくれ」

「だから、コウが一緒に来ないと」

「すぐに合流する」


 俺はルエルの瞳をじっと見つめて有無を言わさず、力強く言い放った。


「ちゃんと、合流するのね」


 ルエルは言いたい事を飲み込んで、何かを堪えるように両手を胸の前で握った。


「ああ」


 そう答えるとルエルは短く、わかった、と俺に告げて家を出た。

 こんな調子じゃ近いうちに愛想を尽かされるな、と思いつつ俺の意思を尊重してくれた彼女に感謝をささげた。

 俺がこれからやろうとしている事はただの八つ当たりだ。しかも一歩でも間違えばまた死の縁を彷徨うことになるかもしれない綱渡りの八つ当たり。


「ハッ、それがどうした。奴らは俺の『家族』を殺したんだ」


 ダイヤル鍵を回し、スーツケースを開錠する。内部に空気が満たされる音がして中からオイルの臭いが漏れ出る。

 ケースの上部を持ち上げストッパーが止まる所まで押し上げる。中に収められていたのは2丁の銃。ウレタンのクッションに包まれ、収納した時と何ら変わらない状態で鎮座している。

 M16アサルトライフルM1911A1ハンドガン、その周りを囲むように並べられている予備のマガジンと弾薬たち。

 俺はの柄を握った。




 今一度、迷彩柄のチェストリグに緩みが無いか確かめる。緩みは何処にもなく、数年ぶりに身に着けたものだがしっかりと体にフィットしている。

 動物の鳴き声一つ聴こえないシンとした森林のど真ん中で細く息を吐く。

 太陽が中天を過ぎた頃の森は驚くほど暗い。よく注意して足元を見ていないと敵の足跡痕跡を逃してしまいそうなくらいには。

 肩から吊るしたストラップの先には艶消しされた、祖父の形見であるM16ライフルがある。

 黒革の銃把を握りストックを肩に当てる。レシーバーの上に載ったACOGサイトを覗く。フォアグリップを握り、すぐそこにある一輪の花に狙いをつける。少しだけ切り詰められた銃身は構えやすく、銃自体が自らの腕の延長となった錯覚をする。

 チャージングハンドルの稼働を確認して、何時でも撃てるようにチェンバー内に装弾されていることを確認する。

 最後に腰についたホルスターからM1911ガバメントを引き抜き、同じく装填を確認して仕舞った。

 気を取り直して、再び歩を進める。見立てだと恐らくあと数十分も歩けば敵の拠点までたどり着くはずだ。

 がさり、と不意に葉の擦れる音がする。

 俺は咄嗟に姿勢を低くして木の根本に隠れた。

 あくびをしながら音のした所から出て来たのは村で討ち果たした山賊兵とよく似た鎧を身に着けた男だった。

 山賊兵みたいな使い捨ての兵とは違う、敵軍の正規兵だろう。男はぼやきながら周囲を適当に辺りに茂った草木を剣で払う。

 男は人影に気付く素振りも無く、同じ場所を何度も切りつける。

 ちょうどいい、アイツに案内してもらうか。

 俺はライフルを構えていつでも射撃できる姿勢を整えたまま、無気力に移動する男の後を尾行した。

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