第12話


 運が悪かった。その一言に尽きる。

 たまたま山賊兵の斜め後ろ方向に立っていて、たまたま弾かれた剣が共にいた少女目掛けて飛んでいって、たまたま傍に居た彼女が咄嗟に少女を庇い、死んだ。

 確かにレナのお陰で少女はかすり傷ひとつなかったし、彼女が居なければ幼い命が失われていたことは想像に難くはない。

 ただ、運悪く彼女の頸動脈に刃が刺さってしまった。手足にでも背中にでもなく、まるで狙い澄ましたかのように首に剣の切っ先が突き刺さっていた。


「神サマのクソ野郎が」


 別に殺す事はないだろうが、神様。


「アンタは何時もそうだ、俺たちをどれだけ悲しませれば気が済む」


 簡素な衝立の向こう側では、自分と同じく椅子に座っているであろうアールは無言を貫いている。それもそうだろう。『衝立の向こう側で座っているだけでいい』と言ったのは俺からなのだから。


「俺から、どれだけ大切なものを取り上げれば気が済む」


 レナは俺の命の恩人だ。


「同郷で、そして俺を“家族”だと認めてくれた」


 物心つく頃には親父は棺桶の中だったし、母親はいなかった。


「姉がいたらあんな感じだったのかもしれない」


 を見つけれた気がしたんだ。

 レナが住んでいた家の中で、木製の、大人一人分ほどの大きさの衝立を背にして俺は項垂れた。

 タイミングを見計らったかのように衝立の向こうから扉をノックする音が聞こえる。俺は頭を上げてアールに感謝の言葉を述べた。


「……すまないな、アール」

「いえ、懺悔や悔恨を聞くのも務めの一つでスので」


 俺は椅子から立ち上がり、扉の前へと歩み寄る。衝立の傍ではアールがいつも通りの胡散臭い微笑みで俺を見ていた。

 ドアを開けると、眼前にルエルが眦を下げて佇んでいた。

「コウ、準備が整ったわ」

「分かった。片づけたら行く」


 俺はルエルに言づけて家の中へと戻った。


「ということだ。俺がいうのもなんだが、アールの準備は大丈夫なのか?」

「ええ、大丈夫でスよ。先に向かっていまスね」


 にこにこと、アールは微笑みを崩さず簡単に座っていた椅子や衝立を部屋の端に退かして家を出ていった。

 ――1人残された俺はその場に暫く立ち尽くした。




「其の魂が安らかに眠らんことを――」


 の葬式というのは思いの他簡素であった。

 神官や司祭に位置する人間が簡単に鎮魂の言葉を述べ、参列者が順に棺の上に花を手向ける。粛々と進行し、献花が終わると男手で棺の上に土を被せる。

 それで、終わりだ。故郷statesの様式からすると通夜も埋葬のあとの会食もないし、参列者の服装も普段着がほとんどで、なんとも呆気なく味気ない。それほど死というものが身近にあるという事だろう。

 同時期に亡くなった人間が複数いる場合は同じ日に同じ様式で葬送するがしきたりだが、この場にある棺は一つだけだ。

 それにそぐうのは罪を犯していない、または贖罪を終えた人間だけで、村を襲った山賊兵たちは『罪人』として、援軍として訪れたエリカ、アールによって塵も残さないように火葬された。

 この場に棺桶が並ぶ事を阻止したレナの功績は計り知れないと思うし、だからこそ大々的にとまでは言わないがそれなりに手厚く葬りたかった。というのが本音だが、ここが襲われた以上、本隊もすぐ近くに存在するという事の証明でもあり、住民の避難を優先するためにこのような形に相成った訳だ。

 彼女の遺体を持ち運ぶことは出来ない。遺体を外に放置していると魔物や魔獣の類が寄ってきやすくなるし、なによりゾンビやアンデットといったおぞましい化け物に遺骸が転変してしまう恐れもある。野戦場跡にゾンビが溢れているという話は大して珍しくもない話なのだ。

 だから村の中心から幾分か外れた場所ではあるが地面の柔らかい場所を見繕って埋葬だけ済ました。近い将来、ここに戻って彼女を相応な場所で改葬すると決意して。


「コウイチくん」


 しばし、周囲と色の違う地面を眺めていると一人の老人に声をかけられた。


村長むらおさか」


 振り返ると、村の長が好々爺じみた柔らかな表情をしていた。


「マルティネスさんの遺品なのだが、きみが貰ってくれ」

「俺で、いいのか?」

「きみがいいんだ」

「……わかった、もらい受けるとする。けどな、家具とか、彼女の仕事道具は貴方が貰ってやってくれ。俺には使い道が無いし、たぶんそっちの方がアイツも喜ぶと思うから」


 それで良いと、村の長は満足そうに口角を上げて踵を返す。俺は少しだけ大事な事を思い出して彼を呼び止めた。


「待ってくれ、彼女が保管していると言っていたコンテナまで案内してくれないか?」




 村の長に案内された場所は意外にもすぐ近くで、とある狩猟人の家だった。

 村の長曰く、この家の地下にコンテナがあるらしい。(尤も、長は“コンテナ”という言葉は知らなかったが)

 長は俺をここまで案内しただけですぐにその場から消えた。避難の準備があるのだ、しょうがない。

 独りとなった俺は掘っ立て小屋の周囲を見て回った。

 一周回ったくらいで天を仰ぎ見ている、ひと際大きな扉をみつけた。航空コンテナを通すならこれくらいの間口は必要なのだろう。この大きな扉を見つけて納得した。地下室を作ったあとに小屋を建てたのだ。

 重く閉ざされた扉の片方だけ持ち上げる。思っていたより簡単に扉は持ち上がった。それなりの頻度で誰かしらが訪れていたのだろう。もっとも、一人くらいしかいなかっただろうが。

 木の踏み板をぎい、ぎい、と鳴らして地下へと降りる。十段ほど歩を進める。下まで降りきるとただ土を押し固めた床に足が触れた。

 空間の中は暗く、かろうじて開け放った扉から差し込む光で手元が見える程度だ。照明もないので持参していたカンテラに火を灯す。

 ぼんやりとした橙の光が空間を薄く照らす。藍色の闇を押し延べて視界が広がる。その中心に鈍色をした箱の姿がぼんやりと浮かんでいる。アルミ製若しくはステンレス製の航空コンテナ、レナがこの場所にコンテナを移してからそれなりに時間が経っているはずだが赤錆も青錆も余り見当たらず、年月の経過を感じさせない。

 一、二歩と傍まで近寄って、鎮座しているそれの把手を横にスライドさせる。バネ仕掛けで連動していたロックが外れ、垂れ幕のような二つ折りの扉がコンテナとのあいだに隙間を空ける。

 ひと息で扉を持ち上げて開ける。安物の鐘を鳴らしたような音が耳に残る。

 コンテナの中身は整然としており、トランクケースやボストンバッグがサイズ順に並べられていた。

 元は名前も知らぬ乗客の所持物モノだったが、今では押並べて、最後の管理者であったレナの遺産である。

 ここにある鞄のほとんどは開けられた形跡がない。元の持ち主なんて特定できないのだから勝手に開けて勝手に持ち去ればいいのに、手をつけなかったのはとても彼女

 俺はコンテナから適当なものを一つ見繕って引きずり出す。地面に置いたカンテラの淡い光を頼りに、施錠されていた鍵を短剣で乱暴に壊す。

 トランクケースの中身はありふれた旅行道具一式だった。着替え、歯ブラシ、ミネラルウォーターに携帯電話の充電ケーブル等々……。この世界では珍しい物だが、必要ではないものばかりだ。

 好事家に売ればそれなりの値段にはなりそうだが、そんな事をすれば欲をかいた人間が村の住人に迷惑をかけるのは想像に難くはないだろう。

 それでも一通り、簡単に開きそうな鞄は片っ端から開けていく。その一部には宝石があしらわれた装飾品もあり、華美ではなくそれでいて売り払っても不審に思われない程度の物は拝借した。


「ははは、墓荒らしみてぇだな」


 自嘲が音の渦となって寸刻、残る。

 自分以外誰もいない空間で黙々と選別作業をする。


「嗚呼、あー。ここにあったのか」


 作業の途中で俺が見つけたのは、深緑色のスーツケースとキャラメル色の革鞄。

 最初に場所を探してもついぞ見つからなかった俺の鞄だ。真っ先にコンテナから引きずり出してダイヤル式の鍵を解除する。

 革鞄の方には数枚の着替えと日常品を入れていた。どれも綺麗な状態で、長く放置されていたとは思えなかった。


「……これもこっちに入れてたか」


 俺は一枚の古ぼけた写真を手に取る。写真には若い頃の父と見知らぬ母が映っている。そういえばレナの家に写真立てがあったはずだ。貰っていこう。

 スーツケースの方はどうせ密閉式なのだから確認するのは後でも良い。


「これで最後、か」


 気付けばの整理も終わっていた。選別からあぶれて残った物もあとで村長に処分して貰うつもりだ。

 俺は乱暴にコンテナの扉を閉めて踵を返した。

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