第11話
「外はどうなっているの」
レナは強張った表情でちらりと壁の向こう側へと視線を動かす。
「俺を探しに来た騎士の一人が外で大立ち回りをしているさ」
そう言ったが、押し倒した扉の向こう側からは剣戟の音の一切が聞こえてこない。もう、戦闘は終了したのだろう。敵が逃げ込んでこないところを鑑みると、遊撃騎士の勝利で戦闘は終了したのだろう。
「少し待ってろ、外の様子を見てくる」
俺は二人を押しとめて納屋から顔だけを出して外の様子をうかがう。
納屋の内部は地上から数段ほど階段を挟んだ地下に作られている。自然と目線だけが地上に出ているような形になっている。
納屋の外側では
「よっ、終わったみたいだな」
「……ああ、ヘンドリクスさんでしたか」
一瞬、猛禽のような鋭い視線を向けられたが、声を掛けた存在が俺だと分かると彼は目尻を下げて微笑んだ。
「納屋の方はどうでしたか?」
「二人とも無事だったよ。ありがとうな」
彼は深く息を吐いて剣を鞘に戻した。
「こちらも一応は終わりましたよ。何人かは逃してしまいましたが、村に戻ってくることはないでしょう」
遊撃騎士は顔に爽やかな笑みを浮かべた。
「そりゃあ、な。あれだけボコボコにされていて戻ってくるほうがおかしいっての」
傍目に見ていてもあの戦闘は圧倒的だった。あれで心を折られずに再び戦いを挑める
俺が軽口を叩いても彼は爽やかな微笑みを讃えたままだ。それがなんだか気まずく感じて目線を合わせないまま納屋にいる二人に呼びかけた。
「レナ、もう大丈夫だ!」
納屋からレナと隠れていた少女が外へ恐るおそる出てくる。レナは少女を胸に抱きかかえて、少女に外の惨状を見せないようにしている。
予想に反して敵兵の死骸は少ない。山賊兵の頭だった男を含めて数名ほどだ。それは彼が陽動として目を引き付けるような戦い方をしていたからだった。
「村人のみんなは?」
俺たちから少し離れた場所でレナは問いかけた。
「先に逃がした」
「そう……よかった。ありがとう、コウイチ」
レナは安堵の表情で感謝の言葉を述べる。自分の事より村の人々の事を先に気に掛けるあたり彼女らしい。
状況が落ち着いてくると周囲に目を配る余裕ができる。そこで今が、夕暮れ前なのだと気付く。気を失っている敵兵も捕縛しないといけないし、死体の処理もしなければならない。
「やることが多いな」
そう呟いた瞬間、レナが声を荒げた。
「コウイチっ、逃げて!」
ずるり、鎧が地面を滑る。獣じみた咆哮と共に俺の喉元目がけて白刃が煌めく。
乱々と血走った目と視線が合った。殺られる、そう思った。俺は遮二無二に逆手で短剣を引き抜いて無様な体制でその男の攻撃を受ける。受け損なった切っ先が浅く肩口を切りつけた。
苦痛に顔をゆがめる暇もなく相手の持つ、鉄剣の切っ先がこちらに狙いを定めていた。
「コイツッ!」
とどめの一撃はなかった。代わりに隣に立っていた騎士の彼が渾身の突きで鉄剣をその手首ごと吹き飛ばしたからだ。
鉄剣は視界の外へ弾き飛ばされ、騎士は死人の喉元へ刃を突き立てた。その傷口からは出血は無かった。大方の血液は先の一撃で流れ出ていたのだろう。正に決死の特攻だった訳だ。
「助かった。ありがとう」
ずるり、と騎士は剣を死体から引き抜いて眉を顰めながら笑った。
「油断していました、すみません」
「いいや、しょうががないさ。俺もレナが教えるまで分からなかったし……なあ、レナ」
「――レナ?」
地に横たわる彼女、彼女の首からは鈍色の鉄片が深々と喰いこんでいる。抱きかかえていた少女を庇うように、こちらに背を向けている。彼女の腕の中で少女がおねえちゃん、おねえちゃんと悲痛な声で叫び続けている。彼女の背を伝い、赤い血液が滔々と流れてゆく。
俺は言葉を失い、不確かな足取りで彼女の元へ向かう。
「おにいちゃん、おねえちゃん、動かないの」
俺はレナの首元から突き出ている刃に手を触れる。ちりつく痛みと共に指先には彼女の血液よりも黒い血が浮き出た。
その痛みで、彼女が――レナ・マルティネスが二度と言葉を発さない事を理解したのだ。
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