第10話
「状況は……芳しくないようですね」
騎士の彼は俺と同じように民家の陰から人質の居る辺りを眺めながら静かに言った。
「相方はどうした」
「彼には報告しに戻ってもらいました。恐らく数時間ほどで援軍が到着するでしょう」
「数時間か……あんた、一人でどこまで出来る?」
「そうですね、クランカ副長よりも弱いならば何人でも」
「頼もしいこった」
彼の皮肉が利いた笑みが頼もしく感じられる。同じ土俵で戦うならば彼らは山賊兵ごとき塵芥のように吹き飛ばすだろう。
あの襲撃された山間部も、俺が自殺めいた行動をしなくとも切り抜けられたかもしれない。だが、ああしなければルエルが浅くはない傷を負っていただろうしあの行動に後悔はしていない。
彼もそう豪語するのなら、是非とも一番きつい役どころを担ってもらおう。
「じゃあアンタ、ここから馬鹿正直に正面突撃してヤツらの気を引いてくれ」
「了解しました」
俺は騎士サマが了承を言い終えるよりも早く短剣を引き抜き、彼の背後に回る。
「じゃ、健闘を祈る」
すれ違い際に彼の肩を叩いた。表情は分からなかったが、たぶん獰猛に唇を吊り上げていたはずだ。
家を裏から忍び足で迂回していると間もなくして、剣戟の音が周囲に鳴り響いた。
家の陰から顔をだして音の鳴る方を見ると、先ほどの彼が一人、飛び出して大立ち回りをしていた。
一歩踏み込み、片手に持った長剣を振るうと二人の山賊兵が地から足を浮かせる。三度剣を振り下ろせばそのたびに山賊兵たちは大きく後退させられる。
豪語するだけあってあの程度の雑兵では相手にもならない。しかも余裕があるのか、戦闘の中心地を移動させて人質から離す立ち回りをしていた。
見張りは突如現れた騎士の排除に加勢しにいっている。俺は背を低くして人質たちの元へ素早く駆け寄った。最初に声を掛けたのは一番近くに居た、年若の青年だった。
「大丈夫か」
そっと小声で言うと、彼は肩を跳ねて驚いて声をあげそうになった。
「大丈夫、助けに来た」
俺はすかさず青年の口元を、大声を出さないように押さえて宥める。彼は俺の姿も重ねて確認すると安心して浮かしかけた腰を落とした。
「アレが気を引いているうちに静かに移動しろ」
「あ、ああ、わかったよ」
俺がさっきまで隠れていた場所を指さすと青年は小刻みに頷いた。
「レナはどこにいるか分かるか」
「彼女なら……、山賊たちの頭らしき人物に連れられて納屋に入って行ったのを見た」
青年はそれだけ言い残すと周囲にいた人質たち何人かをまとめてそそくさと退避した。
「納屋に、か」
恐らくは物品の検分の為に適した人物を選んだのだろう。だが彼女の事だ、先んじて自らを人質にするように誘導したのだろう。
一抹の不安を覚えたが、遊撃騎士が気を引けるのもそう長くはない。気持ちを押し殺して残りの人間の誘導を始めた。
手早く、しかしバレないように少数ずつ女子供から先に逃がしていく。パニック陥る人間もいると思ったが皆従順に従ってくれた。外で一塊に集められていた人間の中にはレナ以外の村民はほとんどが揃っていた。中でも戦える人間……特に狩人のリュミシラ氏や村長の息子などは自分も戦いに参加すると血気盛んに話していたが、先に逃した人たちの護衛を懇切丁寧に頼むと後ろ髪をひかれながらも了承してくれた。
「どうなってやがるッ!」
半数以上を逃がしたあたりで折よく山賊兵の頭が姿を現したようだ。納屋のすぐ傍で他よりも豪奢な鎧の男が、目の前の惨状に怒り心頭、口の端から泡を吹き出している。
山賊兵の頭らしき人物はまず地に伏した手下どもの数に怒り、そして明らかに減った人質の数に目を血走らせる。
「おいッ村人たちをどこへやった!」
誰にと聞かずに、豪奢な鎧の人物は近くで蹲っていた味方兵士の土手っ腹を蹴り上げる。
蹴られた兵士は短くうめき声を出してついぞ動かなくなった。
「お前がこやつらの頭か」
遊撃騎士が目を細めて睨む。
「オメェがやったか! 死ね!」
問い掛けに答える間もなく山賊兵の頭は斬りかった。騎士の男はそれを往なす事無く難なく受け止める。
幾度か、剣戟が交わされる。両者の実力は拮抗している……が、やはり騎士のほうが一枚上手なようで隙を虎視眈々と狙っているのが解る。
「今なら……」
俺は周囲の状況を確認する。正面には気迫凄まじく打ち合いをする二人。背後にはまだ避難しきれていない村人たち。それ以外の敵は漏れなく地に伏せっているか絶命している。
「よし――」
手短に、残っている村人たちに静かに逃げるように伝える。俺はクラウチングスタートの体勢をとって一息に駆け出す。
姿勢を低く、トップスピードに乗って激しく剣を打ち鳴らす二人の横を通り抜ける。一瞬、山賊兵の男がこちらを血走った目で一瞥したが、俺の方に意識を割く暇もなく遊撃騎士の連撃に対処させられる。
俺は勢いよく納屋の扉に体当たりをぶちかました。半ば木製の扉を壊して転がり込むように納屋に這入る。
体勢を建て直して納屋の中を見渡す。内部は倉庫というより書斎を思わせる造りをしていた。一面の壁が本で埋め尽くされ、その周囲を囲むように華美な壺や故の知れぬ金属製の像などの骨とう品が並んでいる。その中でひと際大きな彫像に片腕を太い縄でつながれた女性が陶器の水がめを投げつけようと頭上に掲げていた。
「コウイチ、なの?」
その女性……レナはまるで亡霊でも目撃したかのような表情で刮目した。
「レナか。無事でよかった――。とりあえずその、当たったら如何にも痛そうなソレを降ろしてくれないか」
俺はおどけながら諸手をあげる。気が紛れたか、レナは振り上げていた腕から力を抜いた。
「っはー。驚かさないでよ……助けに来てくれたの?」
「ああ、そうだ。外に居た村人たちは全員逃がした」
苦戦しながら彼女を繋いでいる縄を短剣で切り裂く。レナは心底安心したため息を漏らす。ふと視線を上げると小さなガラス玉を思わせる瞳と目が合った。
「その子は?」
レナの影に隠れるようにしてその少女は身を竦めていた。村にいる子供の一人で、よく遊んでいた娘だった。何時もなら活発なはきはきとした声を聴かせてくれるのだが、こんな状況だからかすっかり怯えきってしまっている。
「私より先に人質にされていたのよ。それから私も人質になると提案したの。そっちの方が却って兵隊たちを御しやすいと思ったから」
俺は縄を切り終え、少女の頭をがしがしと撫でる。
「よく頑張ったな、偉いぞ」
少女は一瞬だけ身体を強張らせたがそれは徐々にほぐれ、しまいには頬を綻ばせていた。
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