第8話
村に着くと、案の定ルエルの伴っていた騎士が二人とも到着しており、村民たちが彼らをどのように扱えばいいのかと右往左往していたが、その場でルエルが説明をして事なきを得た。
お供の甲冑騎士二人には当然見覚えがあり、リカルドの所属する遊撃騎士隊の三番手と四番手のつわものだった。
村長に彼らの目的と使命を説明し終わると、次は村をあげての宴会となった。
こんな辺鄙な場所の村に騎士サマが二人も訪れて、しかも知らずに彼らの目的である人物を助けていたという。お目出度い事この上なし、と宴会騒ぎになるのは自然であった。俺もルエルも再会できた喜びから羽目を外し騒いだ。それから目が覚めたのは日にちを跨いだ次の日の昼頃だった。
二日酔いの痛む頭をもたげつつ、見慣れてしまった天井を見上げていると不意に扉が開く。
「コウ、朝よー起きて……ってもう起きてるのね」
現れたのは同居人のレナ、ではなくルエルだった。
「ああ、おはよう」
「昨日は沢山飲んでたけど大丈夫?」
「正直怠いからメシを持ってきてくれないか」
ルエルの体調を慮る声に俺は上体を起こして手を振った。
「甘えてないではやくリビングに来なさいな」
ルエルは苦笑し、扉の向こう側へと消えた。俺はそのやりとりに心地よさを感じながらベッドから立ち上がった。昨晩、樽一つ分を空ける勢いで酒を飲んだのにも関わらず思っていた程二日酔いは酷くなかった。軽快とはいかないまでも軽い足取りで部屋から出る。
リビングに入って真っ先に目に入ったのは部屋の中央に置かれた円卓に突っ伏して呻いているレナの姿だった。
「うぅ……」
「珍しいな、レナがこうなるなんて」
「うぅ、私だって初めてよ……」
レナは俺を憎たらしげに睨んでは頭の重さに負けて頬を机に落とす。
「はい、どうぞ。何がいいのか分からなかったから適当にスープにしてみたわ」
ルエルが机に木の椀を置く。中にはぶつ切りにされた野菜や肉の破片が薄褐色のスープの上に浮かんでいる。続いてパンを一斤、そのまま布の上に置いた。
俺が、コレが朝食か。と目線で訴えると、ルエルは誇らしげに息を荒く吐いた。
「レナ、スープ飲めるか」
「ムリ……」
俺はしょうがないとスプーンでスープを少量掬い、レナの口元へと運ぶ。彼女はそれを細々と飲み下す。数度、同じことをしていると隣から視線を感じた。
「どうした?」
俺の事をじっと見ていたルエルは、声をかけるとあからさまに視線を逸らした。
「別にぃ」
何か彼女の気に障ったのだろうか、疑問に思いながらも親鳥に餌をねだる雛のように催促をするレナの口にスープを運び続けた。
「コウイチは、何時ここを発つの?」
さっきより力の戻った声量で、レナが呟く。俺はルエルの顔を伺ってからその問いに答える。
「出来れば今日、明日中には」
これは昨日、ルエルのお供として随行していた騎士二人と話し合った結果でもある。そもそも、捜索の“打ち切りの”期日が迫っていたというのもあるし、対象者本人が見つかったのだから早晩、出来うる限り早急に現状に復帰するのは自明であるだろう。
「そう……急なのね」
「なあに、やる事が終われば帰りに顔を見せるくらいはするさ」
寂しげな彼女の心を紛らわせるように俺は歯を見せて笑った。
レナは急に姿勢を正し瞑目する。十数秒沈黙が続き、それから彼女は口を開いた。
「――うん、よしっ。早速身支度を整えましょう! 着替えとか食料とかいるでしょう?」
レナは意気揚々と椅子から立ち上がる。彼女の静と動の落差に俺は茫然としたが、気を取り直して首を縦に振った。
妙に張り切ったレナが俺たちに持たせる荷物をまとめ終わるのには然程時間は掛からなかった。
元々、俺自身の荷物なんてものは失くしてしまった弓くらいのもので、持って行くものといえば貰った着替えや念のための食料くらいだった。
護衛として連れ立っていた騎士二人とも話をした。捜索をしていた当初は蛇行するように森の中や川の傍をぐねぐねと進んでいたらしい。しかし、村の人間から街に出るのによく使っている道の存在を教えて貰い、彼らの見立てだと来た時よりもずっと早く部隊が駐屯している場所に辿りつけるようだった。二日はかからないが一日で着こうとすると強行軍になるような距離に駐屯地を構えていて、逆算して、余裕を持った移動をするとなると今日の昼過ぎには村を発つのが最も無難であった。
「コウイチ」
馬に乗ろうと
彼女の他に、周囲にはよく遊んでいた子供たちやその親、村の長までもが俺の出立を見送ろうとその場に集まっていた。
馬上には既にルエルが先に座っている。馬が三頭だけだったので体重が一番軽いルエルと相乗りだ。俺はルエルに目配せをしてからレナの前に降り立った。
「どうした?」
「これ、持って行って」
そう言ってレナが差し出したのは折りたたまれた無地のハンカチだった。
「さっき急いでスーツケースの中を漁ってきたのよ。こっちじゃなかなか綺麗な布ってないでしょう?」
元の世界の名残、シルクのハンカチ。この世界ではシルクなんて貴族あたりしか持てないようなものだ。
「貰ってもいいのか?」
「いいの、持ってって。私が持っていても使わないから」
「ありがとうな」
俺は感謝を述べて丁寧に胸ポケットへとしまい込んだ。
再度、鐙に足を掛けて一息に馬上に上がる。ルエルの後ろに座り、村の皆に向けて声を張った。
「みんな、ありがとう! 楽しい毎日だった!」
ありがとう、と叫ぶとあちこちから同じ言葉が聴こえてくる。
「っさあ、行こうか」
少し上擦ってしまった声を抑え、ルエルにも隣に並んでいる騎士たちにも聞こえるようにここから離れると伝える。
ルエルは無言で馬を村の外へと向けた。俺は振り返り、手を大きく左右に振る。
村の人々もそれに応えるように手を振り返した。それは、俺たちが見えなくなるまで続いていた。
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