第4話
「にーちゃーん、あそぼーぜー」
家の前で椅子に座り、手慰みに木材に彫刻を施していると村の少年少女達が元気いっぱいに走ってくる。
「俺は病み上がりなんだよ。お前らみたいな元気の塊と遊んだら療養期間が延びちまう」
「えー、昨日あそんでくれるっていったじゃないかーきたねーぞー」
ぶーぶーと少年少女たちは口を尖らせ反論する。
「大人は汚いもんだ」
非難を躱そうと煙に巻こうとすると、丁度洗濯物を干していたはずの家主の声がする。
「コウイチ?」
家の裏から顔だけを覗かせるレナ。ただ一言、名前を呼ばれただけなのに、いたずらを親に見つけられた時のような居た堪れない気分になる。
「……走り回る以外なら遊んでやるよ」
「やったー! ならかくれんぼしよっ! おにいちゃんが鬼ね―」
両手を挙げて一人の少女が喜ぶと全員が一目散に別々の方向に走り出した。俺が鬼役らしい。結局走らないといけない遊びになってしまった。
半ば癖になりつつある腹部の傷跡をさする動作をして椅子から立ち上がる。関節を鳴らし、大きく伸びをする。
「コウイチ、また鬼になったの?」
「そうみたいだな。まだ本調子じゃないんだけどなあ」
レナの治療を受けてから数週間が経った。相変わらず朝遅く起きて夜は日が変わってから寝る生活だ。
痛みと傷自体はすぐに治ったのだが、しかして落ちた体力と筋力はすぐには戻らなかった。これも魔法薬の副作用なのだろう、体力の消耗が激しく、歩けるようになったのもつい数日前だ。
その間ずっと、レナの家に世話になっている。昼間はリハビリがてら村の子供たちの遊び相手や簡単な手作業をやって時間をつぶし、夜にはサバイバル訓練や本格的な体力練成を。訓練と言っても復習のような物だが。
最初は飯代くらいは稼ぐと無理をして畑仕事や狩猟をしようとしたのだが、彼女には、
「家族の面倒をみているだけなのだから、気にしないで」
と全く取り合って貰えなかった。
せめてもと思って身体に無理の無い範囲で木材に彫刻をして小物を作ったりしていたのが、そろそろ家の中に置き場がなくなりそうだ。
ふと、隣にまで歩いて来ていたレナの髪を一瞥する。いつも通りの飾り気のない三つ編み一束ねだ。
「次は髪飾りでも作るか」
誰にも聞こえない程度の声量で独りごちる。
「何か言った?」
「いいや。リハビリがてらガキんちょ共の相手でもしてくるわ」
耳ざとくレナが反応したが俺は白を切る。
「今日の晩御飯はお肉だからお腹空かせてきなさいな」
「おうよ」
レナは大して気にもせず手を振って俺を見送った。
かくれんぼで、村のあちこちに隠れた子供たちを探しながら考える。
意識が戻った日、その日に村の
彼らにはちゃんと大怪我を負う以前の話をしている。行軍中だったこと、敵の襲撃を受けたこと、仲間と一緒だった事――勿論、ルエルの事も話した。
その話をした上で彼らは『いつまででも』と言った。言外に、“君は死んだ事になっているだろう、もし居場所が無いのならばこの村は君を受け入れよう”と。
客観的に見て、あの高さの崖から落ちた人間を生存確認しようという方が変だ。恐らく、いやほぼ確実に
有り体にいえば見捨てられたのだ。たとえ仕様がない状況であったとしてもその事実は変わらない。たかが、傭兵ですらないただの一般人の命なんぞに構っていては“魔王を倒す”という至上命題は達成できない。生死不明の一般人を捜索する暇があるのならば魔王に利する者たちの一人でも斬り捨てたほうが建設的だ。
「それでも俺は、あそこに戻らなきゃならない」
ルエルのため、もあるが何より俺自身の為に。この大仕事を成し遂げて俺は俺の居場所を手に入れる。
「だから何がなんでも戻らなければならない」
右手を胸の前で握りこむ。以前よりも握力すらも弱くなったと感じる。兎に角、体調を万全の状態に戻すのが先決だ。
俺は視線を感じ、振り向かずに彼らに告げる。
「……ガキども、気づいてんぞ」
「げぇ! にげろー」
睨むように一瞥してやると、きゃいきゃいと楽しそうな悲鳴をあげて三々五々に散っていく。
「だから走れねえっつーの」
俺はため息を吐き、うまく上がらない足で小走りに子供たちの後を追った。
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