第3話

「この眼はね、生きているモノの状態を視る事ができるのよ」


 レナはあくせくと忙しなく喋り続けている。俺を救助したときのこと、この村のこと、これまでどうやって生活していたのかなど、間を空けることなく機関銃のように立て続けて語った。

 時系列順にすると、レナは俺と同じように森に放り出され、(大体3か月くらいの時間と場所のズレはあるが)何とか生き延びていた所をこの家が建つ村の人間に助けられた。幸い、レナはMIT出身で(かなり自慢された)持ち前の知識を駆使してこの村で職を得ることは難しくなかった。そこから数年、村の人々と友好を深め今日まで生活してきたという。

 この村での彼女の役割は“医者”だという。レナはこちらに転移してきてすぐに自分の目に異変を感じたらしい。それが興奮気味に今喋っている内容である、“モノの状態を視る目”だ。

 俺たちのような転移者には何かしらと呼称できるような、特殊能力が後天的に備わっているようだった。それは転移直後から顕現するものもあれば、しばらく経ってから顕れるものもあるらしい。

 俺が出会った転移者三人にもそのは備わっていた。一人は無尽蔵の魔力を、もう一人は常人離れした膂力を、そしてもう一人には未来予知じみた直感を。

 レナの場合は情報を読み取る眼、だろう。


「その“眼”で俺をしたのか」

「うんうん、それはそれは酷い有様だったんだから。右脚はぐちゃぐちゃだしお腹には大穴空いてるし、肺には水が溜まってるし……そうそう、貴方は川を流れて来たのよ? 洗濯してたら半死体みたいな人が流れてきて本当にビックリしたんだから」


 レナは手をひらひらと翻し、殊更に生きていたのが奇跡だったと主張した。


「そんな状態で良く生きてたな、俺」

「魔法薬じゃぶじゃぶ使ったもの。これで死んでたら叩き起こしてたわ」

「死んだら起きれないだろうが」


 ジョークのセンスは無いようで、俺はつい条件反射的に切り返すと、彼女はそれもそうか、と呆気らかんと笑った。


「……薬代くらいは払いたいのだが生憎と持ち合わせがなくてね」

「見たらわかるわ。いいわよ、薬代くらい」

「決して安いものじゃあないだろうが」


 さして頓着せずに割と高価であるはずの薬代を請求しないらしい。現代社会であるならば何かウラがあるのを疑うところだが。


「同郷の『家族』からお金を取れると思って?」


 気取った様子でレナはフィンガースナップを鳴らした。彼女は俺の事を『家族』だと言った。彼女がそのつもりであるのならば、俺が言える言葉はたった一つ。


「――ありがとう」

「どういたしまして」


 レナは満足そうにうなずいた。


「さてと、貴方もお腹空いたでしょう? 昼食にしましょう」


 彼女は柏手を一つ叩いて、部屋の角にあったウッドチェアをベッドの近くへ運んでくる。


「あまり腹が減ってる気はしないのだが」

「あら、そう? 魔法薬の副作用かもね。でも少しでも食べとかないと何も食べられなくなるわ」


 レナは鏡台に置いていた籠の中からナプキンの包みを引き上げ、膝の上に広げた。

 包みの中身は色とりどりの野菜が挟まっているサンドイッチだった。


「コウイチはこっちもね、消化を助けてくれる果物だから」


 レナはサンドイッチを手渡してから同じ籠から緑色をした梨によく似た果物を差し出したが、待ちきれず俺はサンドイッチにかぶりついた。


「んぐっゥ」


 勢いよく動いた反動でサンドイッチに唇が触れる前に腹部に激痛が走る。浅く呼吸を繰り返し、息を整える。レナはコミカルな俺の動きに苦笑いを浮かべていた。


「そんなに急がなくてもサンドイッチは逃げないわ」


 俺は恥ずかしさを取り繕うように、今度は慎重にサンドイッチを口元へ運んだ。

 一口、齧ると野菜の瑞々しさと甘さが口の中に広がる。雑穀を練り込んだパンはざくざくとした食感があり、平淡になりがちな味覚に刺激を与えてくれる。美味い、久々に食べる食事の様に(本当に久方ぶりだろうが、)がつがつと小さくカットされたサンドイッチを頬張る。忘れていないというアピールのために手渡されていた例の謎果物に豪快に噛り付く。歯触りは梨の様だが、鼻へ抜ける香りは爽やかでどこか檸檬のような清々しい爽やかな酸味も感じる。

 そうして食事に夢中になっていると、レナは少々呆れた風に籠に残っていた薬草を出す。


「食後にこっちの薬草を奥歯ですり潰しながら少しずつ飲み込んでね。一応内服薬の代わりになるから」

「あ、ああ、っなにから何までありがとうな」


 俺は喉にサンドイッチを詰まらせかけながらも彼女へと謝辞を述べた。

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