第四章. レナ

第1話

 ◆


 Attention Please.《ご案内します》と電子音と共に空港の出発ロビーにアナウンスが響く。

 俺は読んでいた文庫本に栞を挟み、首の運動をするついでに周りを見回す。

 ベンチには横になって寝息を立てている人や自分と同様に読書に耽る人、もたらされたアナウンスにそわそわとし出す人。自分は他人から見るとどう映るのだろうか? などと自意識過剰に考えるあたり、精神的疲労が溜まっていると実感してしまう。

 今回のグアムへの滞在はその疲労を解すための休暇でもあるのだがどうしても、もう一つの目的が頭から離れないでいた。




 事の始まりは祖父のある一言からであった。

 今は亡き、著名な冒険家であった父、リュディオ・ヘンドリクスの願いであった州大学進学を果たして一度目の帰郷をしたときの事だ。

 父の没後、俺に『何があっても生きていけるように』と自らの従軍経験などを交えて生き抜く術を叩きこんでくれた祖父が、安楽椅子に揺られながら飄々とこう告げたのだ。


「ここ数日で死ぬかもしれんから言っておくが、亡くなったとされているお前さんの母親なあ、グアム島で生きてるぞ」


 呵々と笑う祖父に俺は呆気にとられながらも、ジイさんみたいなバケモンが簡単に死ぬわけねえだろと皮肉を返し、その時はいつもの孫いじりかと軽く流していた。

 しかし次の日、彼は同じ安楽椅子の上で息を引き取っていた。あの会話が祖父の遺言となったのだ。

 後になってから、祖父と一緒に俺を鍛えてくれた爺様連中に教えてもらったのだが、俺が帰郷する一か月前に医者から余命を宣告されていたらしい。

 周囲の人間にはきちんと説明していたからか、葬式も埋葬もつつがなく終わり、俺は祖父の家で独りとなった。二回目だからだろうか、不思議と悲しくはなかった。

 数日、祖父の家に残って遺品整理をして過ごした。そして一通りの整理が済むと近所の爺様の一人から今後の事について聞かれた。


「コウイチ、これからどうするのだい? 大学に戻って勉強を続けるのかい?」


 言外に無理をしていないかと心配されたのだ。俺は大丈夫だと答え、これからについて考え始める。

 幸いにも父の遺言はついこの前に果たしていたし、祖父も『自分の思うように生きなさい』とだけ遺書を残し、遺産についてもほぼ全て俺名義で、一人生きていくには十分にあった。

 その段になってやっと祖父が死ぬ間際に話した母についての言葉を思い出したのだ。


「ジイさんの言葉を確かめに母を探しにいくよ」


 自然と口から言葉が漏れ出る。口に出したからか、すんなりと意思は固まった。

 それからの行動は早く、一挙に旅支度を終わらせて休学の届け出をする為に一旦州大学に戻り……そして現在、空港の出発ロビーでグアム島方面行きの飛行機を待っているのであった。


「しかし、手掛かりはこれだけか」


 胸ポケットから古びた写真を取り出す。写っているのは若かりし頃の父と、隣に寄り添う若い一人の女性。日本の着物という古い服装着ている黒髪のロングヘアーが特徴的な女性だった。

 父から、母とは仕事で日本を訪れた時に出会ったと聞いていた。本来ならば日本でそのまま俺を一緒に育てるつもりであったが、出産時に母は亡くなり、残された父は幼い俺を連れて米国へ帰国した――とされていたがそれは嘘だった。是非とも、生きている(とされている)母を見つけ、詳細な話を伺いたいものだ。


「まあ、何とかなるだろ」


 見通しは何も立っていないが、裏を返せばそこまで躍起になる必要性もないという事だ。そうでもしないと大学を休学してまで旅に出た意味がない。

 あくまで母探しは長い休暇のついで、そのつもりで俺は肩から力を抜いた。


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