第13話

「小石程度? ってことは」

「ああ、銃弾が通るって事だ。そこでこのライフルとコイツの出番って訳だ」


 そう言ってコウは弾帯を目線の高さに持ち上げた。


「この弾丸を使って貰う。特製のW・M70 Freesia《コイツ》専用の弾だ」


 コウは一発だけ弾帯から取り外し、私の目の前に翳す。銃弾の表面をじっくり凝視すると魔術的な刻印がびっしりと表面を埋め尽くしているのが分かる。


「そこの把手を上にあげて手前に引いてくれ」

「こう?」


 把手を引くと機械的な音を響かせて機関部にぽっかりと隙間が空く。


「そうだ。空いたそこの隙間に弾丸を入れてさっきと逆の手順で把手を戻してくれ」


 私はコウに言われるまま、隙間に弾丸を入れて引いていた把手を元の位置へ戻す。


「これで装填は完了だ」

「これだけなの? 火打石も火薬もいらないの?」

「全部銃弾の中だ。引き金にはまだ指を掛けるなよ」


 革新的なのだろう、どうやってこの構造を開発したのかは知らないが(これの書類も私の所まで上がってきてない!)この構造が技術革新だということは容易に想像できた。


「狙うのはあの尖塔の天辺、剣状の装飾があるだろ」


 私は再びスコープのつまみを回転させて尖塔へとピントを合わせた。


「うん」

「そこの根本、水晶が嵌ってるはずだ。それが防壁の要、魔力を貯めて分配する装置だ。恐らくだが、あの尖塔にはエリカが囚われていてアイツの魔力でもって防壁が稼働しているはずだ」


 確かに両刃剣を模したオブジェの根本には六角柱状にカットされた透明な水晶が嵌っていた。


「じゃあ、あの水晶を破壊すればエリカは自由ってこと?」

「その可能性が高いな」


 私は彼の予測を信じて、狙撃へと意識を集中させる。


「撃つ時には引き金に魔力を流せ。そうすれば弾に掛けた魔法が発動してスコープの照準通りに弾が命中する」


 私は静かに深呼吸をして引き金に指をかける。


「弾は五発あるから外しても大丈夫だ。だが当てれると確信が持てるまで撃つな」


 気負うな、という事なのか。彼の言葉は耳に届いていても理解できなかった。それくらい緊張しているのだ。

 私は照準を六角柱の水晶に合わせて細く息を吐き、指先に魔力を籠める。


 ――発砲。ぐあおん、と青銅の鐘を耳元で叩いたようなけたたましい音と跳ね上がるような反動が私を襲う。


「っ!」


 長銃から放たれた弾丸はコウの説明通り真っ直ぐ飛翔し剣のオブジェ、その右斜め下あたりを掠めた。

 地面にニ脚をつけて伏せているお陰で手によるブレはほとんどないけれど、思った以上に反動が大きくて狙いがずれたみたいだ。

 私はいつの間にか止めていた息を吸う。拙い動きで機関部の把手を手前に引く。ころりと真鍮製の円柱部分だけとなった銃弾が排出される。コウからもう一発銃弾を手渡して貰い、さっきと同じ手順で装填する。


「ねえ、かなりすごい音がしたけどバレないかしら」

「大丈夫だろうよ。ヤツがそれほど居るとも思えねえし、それに気づいたとしてもこの距離から狙撃してるなんて思いもしないだろうさ」

「そうかしら……」


 もしバレるとしても、私は言われた事をするまでだ。それが愛すべき親友を救う最短距離なのだから。

 射撃体勢を整えてスコープを覗き込む。少しだけズレた照準を元に戻して再び引き金に指をかけた。


「上から覆いかぶさるように体重をかけてみろ。幾分か反動が和らぐはずだ」


 言われた通り、体重をかけて先ほどよりしっかりと銃を固定する。

 指に魔力を這わせて流れのまま引き金を引いた。

 がおん、銃口から橙色の花が咲き出る。耳が慣れたのか頭を揺さぶられるような衝撃は少なく、最後まで茜色の尾を引く弾丸の軌跡をまじまじと見る事ができた。

 淡く輝く弾丸は一直線に水晶を穿ち、その半分以上を削り取る。砕かれた水晶のひと欠片まで全てが地上に落下するのを見届けてから排莢する。


「ほう。まさか二発で命中させるとはな」


 よくやった、とコウは労うように私の頭に掌を乗せた。

 スコープから顔を離し、まだドキドキしている心臓の鼓動を感じながら私は彼に尋ねる。


「これでエリカを助けられたかしら」

「すぐに分かるだろうさ……、ほらよ」


 コウが顎で城を示した次の瞬間、尖塔から天高く炎の柱が立ち昇った。

 赤々と燃え盛る炎はどこか温かく、それでいて苛烈さを含んで激しく燃え上がっている。これはエリカの炎だと、一目見ただけで分かる。


「さて、言われていた仕事はこれで終わりだ。お疲れさん」


 彼は労いの言葉をかけて私から長銃を受け取る。


「ありがと……。えっと、コウ? 何してるの?」


 コウは撤収の準備もせずいそいそとスコープの調整をしてレシーバーの下部に四角をした箱のような物を取り付けていた。


「敵兵を減らしておこうと思ってな」


 じゃこん、と機械音をさせて排莢したままになっていた把手部分を戻す。


「じゃあ、始めるぞ」


 使っていた望遠鏡を私に投げ渡すと、間髪いれずに銃声が鳴り響く。

 急いで望遠鏡を使って城壁付近を見てみると、前触れもなく敵兵が地面に落下していくのが確認できた。

 金管楽器を叩いたような音をさせて薬莢が岩の上に転がる。コウは私がやるよりも数倍も速く再装填し終えたのだ。

 私は淡々とトリガーをひき続ける彼の横顔を感嘆と陶然の念を込めてしばらく眺めていたのだった。

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