第12話

「あ、れ? そうだっけ?」


 あまりにもいきなり過ぎて私の誕生日はいつだったのか思い出すのに時間がかかる。


「そうだろうよ、ルカエルの収穫祭が近くなってきただろ?」

「そう、だったわね」


 噛みしめるように確かな嬉しさが、感動がじわじわとこみ上げてくる。たぶん今、私の顔はにやけににやけているに違いない。


「ありがとう、ありがとう私の騎士さま」

「……おう」


 コウは恥ずかしいのか下を向いて黙々と狙撃の準備を進める。私は嬉しさのあまりその場で感謝の舞を披露しそうになったが、作戦行動中だったという事を思い出して途中まで上げかけた腰を下ろす。

 コウはもう一つ背負っていたリュックサックの中から、薄いマントのような水色の布を取り出し、岩にそれを押し付けた。すうっと水色をしていた布が一瞬にして岩と同じ灰色に染まる。

 アレは見たことがある、撥水絨毯と一緒に献上された物だ。変えたい色と同じものに押し付けて軽く魔力を流すとその色になるって布。彼は光学迷彩マントとか呼んでた気がする。絨毯のほうは量産できたけど、こっちはコスト面、素材面の両方から現実的ではなかったのを覚えている。


「これを被れ。そんでもってゆっくりでいいから姿勢を低くして岩の上に上がって伏せておいてくれ」


 コウは耳に朱色が薄く残った状態のまま、私に指示を出す。

 私は彼の言うままにマントを頭からすっぽりと被って岩の上に這い上がって伏せる。マントの裾に目を遣っても、どこからどこまでがマントなのか分からないほどしっかりとカモフラージュしている。遠目からだとより一層に私達を視認することは困難だろう。


「待たせたな」


 少ししてから、コウも同じように岩の上に這い上がって私の隣に並んだ。

 コウは伏せた状態のまま私に先ほどの“誕生日プレゼント”を渡す。


「構え方は分かるか?」


 銃身の中ほどにある短いニバイポッドを展開しながら私に問う。


「ええ、モチロン。ストックを肩につけてチークパッドに頬を添える、でしょう?」


 ルカエルに居る時に新作銃の試射を沢山させてもったもの。コウまでとはいかないけどそれなりにちゃんと構えられているはずだ。

 彼はその解答に満足したのか微笑みで返事をし、手元に置いた小箱から小さな弾帯と、細めの単眼鏡らしき物を取り出す。

 弾帯には五発の弾丸が纏められている。円錐形の弾頭に真鍮色に輝く円柱がくっついた形をした弾丸だ。単眼鏡の方は……コウが機関部の上に取り付けていた。銃身と同じ白銀色で、小さな摘みがついている。

 単眼鏡の取り付け作業が終わると、コウはいつも使っている伸縮式の望遠鏡を取り出した。


「城の天辺、あの尖塔が見えるか?」

「うーん、ちょっと遠いかな」

「裸眼ならそうだろうよ、そのスコープを使え」


 スコープと呼ばれた単眼鏡を、片目を閉じて覗き込む。十字に交差した細い黒線がレンズに刻印されていて、これが照星の代わりなのだろう。レンズの向こう側には尖塔が見えるが薄ぼんやりと霞んでいる。


「見えるんだけど焦点が合ってないみたい」

「スコープのツマミを回してみろ」


 ツマミをかちかちと右に回したり左にまわしたりしているとようやっと、焦点が合って色鮮やかなモザイク柄がレンズに映った。


「うん、みえるみえる」

「次は一寸ちょっとだけ右下に傾けてみてくれ」

「川の向こう岸かしら、兵隊さんが隊列を組んでるわね」


 川岸、橋の根本あたりに多くの兵士が隊列を組んで待機している。そこらかしこでラーヤレガスの国旗が掲げられている。私たちがリーゼロッタ=レグシオン城の防壁が無効化するのと同時に待機している彼らが突入する算段だ。


「行き過ぎだな、城壁の近くに半円状の物体があるだろ?」


 指先を軽く動かして位置を調節すれば、彼が示したかった物体にピントが合う。城壁の角櫓のやや内側に鈍色に明滅する、大人ひとり分くらいの大きさをした半球状の物体がある。その周辺だけ他の場所と比べて警備する敵兵の数が多く、それが重要なモノであると推察できた。


「あれが防壁の発生装置の一部だ。外からのありとあらゆる魔法や飛翔物を防ぎ、逆に内側からの攻撃は素通りする。魔王が開発した傑作機だな」

「魔王城にあったものを持ってきたのかしら」

「魔王城の、ではないな。あれはウチの城にあるからな」

「私何も聞いてないんですけど!」


 透明で強固な防壁自体は私も魔王城攻略の際に見たことがあったから、その装置をそのまま使っているのかと半分冗談のつもりで呟いたのだが、彼から返って来たのは想定以上の発言。

 私の周りの事のはずなのエリカの結婚然り、お城の防備状態然り、私自身が知らない事だらけなんですけど。


「正確には魔王城にあったものをいくつか拝借した、だな。拝借したものの結局燃費がすこぶる悪く、それにある欠点も見つかって採用は断念したんだがな」

「……その欠点って?」


 気を取り直して、いつの間に拝借したのかだとかどうしてそれを私に伝えなかったのかとか、ナンセンスな事をぐっと飲み込み適度な相槌を打つ。

 語りたがり状態のコウの回りくどい喋り方に水を差すほど私は彼を嫌ってはいないのだ。ええ、それが適当な相槌でもって会話を進めないとヘソを曲げてしまう難儀な人物だととしても!


「一つは稼働させるのに常時魔力が必要だということ――量にして魔力量に長ける魔族一人分くらいだな。二つ目は小石程度の物体なら透過するって事だな」


 魔族一人分の魔力が必要、それは人族に換算するとだいたい大人三十人分に相当する量だ。その魔力量が常時いるとなると……うん、その人数の魔法使いを常駐させるのはとてもじゃないがウチの領地じゃむりだ。

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