第11話
「ふむ。縮尺は」
「大体千分の一くらいかな」
少し、ほんの数秒、コウは顎に手を当てて沈黙する。
「ここの山に敵は?」
コウは地図上で敵城塞横、指三本分くらいの場所にある山岳記号を指さした。
「一応アナンナ国の兵が制圧したと宣言していますね」
隣でカークス殿が報告書を束ねたものを淡々と捲り答える。
アナンナ国はラーヤレガスの同盟国の一つでこの作戦にも参加している。特色としては国土に山岳地帯が多く、軍も山岳戦を想定した訓練をしているそうだ。だからか、周囲の山々を始めに制圧していったみたいだった。
「その場所でもゲリラ兵が確認されてるようなので、安全が確保されているとは言いづらいかもしれませんが」
「戦場で安全な場所なんてもんはねぇだろうよ」
「如何にも」
コウがにやりと口角をあげると、くつくつとジョナサン総司令が笑いを堪えた。
「ヘンドリクス卿はその山に何かあると睨んでいるのかい?」
「まあな。――敵の防壁、それを無効化できると言ったら?」
コウの不遜な台詞にカークス殿は息を飲み、ジョナサン総司令は表情を崩さなないまま感嘆した。
「詳しくは……聞いても答えてくれそうにないよね。それで私達は何を用意すればいいのだい?」
「山までの足と、そうだな、合図を出すからそれに合わせて……」
三人の会話がどんどん詳細な作戦会議へと移行していく。そんな中、独り私は手を挙げた。
「どうした?」
挙手に気付いたコウが訝しげに私を見る。
「その作戦、私も参加する」
「それは、付いてくるって事か?」
私はコクリと頷いた。
「だって私はエリカの親友だもの。窮地の親友を救えないで親友だなんて言えるもんですか」
彼は眉間を押さえて口に出しかけた言葉を飲み下し、息を吐いた。
「危険な場所だが……」
「行くわ。そんなこと程度で逃げるワケないじゃない」
コウは私の決意を認めたのかそうか、と短く返事をしてそれからは何も言わなくなった。
エリカ救出作戦を立案してから三日後、私とコウは彼が地図上で示していた山へと足を踏み入れた。
麓にあるアナンナ軍の駐屯地まではリッテルトさんが操るメヌエット(注、相棒のワイバーンの事。出発する前に教えてもらった)に運んでもらった。
厚手の刺繍ローブの上に急所を隠す程度の革鎧を身に纏ったアナンナ兵に不審な目を向けられつつも山の現状を責任者に問い合わせると、敵と遭遇したのは最初の制圧戦だけで、それ以降は姿を見る事はなかったらしい。私とコウは余計な気を配らずに意気揚々と新緑が眩しい山を登り始める。リッテルトさんたちは麓で待機して、万が一に備えて貰っている。
天候は朗らかに、枝葉の上からは小鳥たちの合唱が
「見てみろ」
背に長剣ほどの大きさの包みを背負って先導していたコウが左手方向を指さす。茂みの隙間からは大河の中心に聳え立つモザイク柄の城が見える。城の両側に大きな橋と大きな城門があり、私たちに近いほうの橋は崩されて寸断している。対岸の向こう岸では多くの兵士が陣を組んで警戒しているのが見えた。
「綺麗なお城ね」
「リーゼロッタ=レグシオン城と云うみたいだ。その昔、急流な川の上流に橋を渡す技術が無かった時代、関所として現役であった時代に城主であった女城主の名前からとったらしい……とカークス補佐官から聞いた」
「私もルカエルに戻ったら城名前を変えようかしら」
ルエル=フリージア城、なかなか良いかもしれない。ちなみに今の城名は単にルカエル城だ。
「勝手に変えたら名士どもから上訴が来るぞ?」
「やっぱりやめるわ」
「諦めるのが早いな」
背後からだと彼の表情は見えないけれど、たぶん苦笑しているはずだ。
そんな気の抜けたやり取りのお陰で変に入っていた力が肩から抜けて視野が明るくなった気がする。
そうこうしている内に、気づけば山の中腹くらいにまで到達していた。今回の予定では頂上まではいかないので、リーゼロッタ=レグシオン城を俯瞰できるこの場所あたりで準備を始める。
「あの岩の上がちょうどいいかもな」
整備されている山道から外れた所に大人三人が優に寝転べる広さがある平らな岩があった。そのあたりには木などが生えておらず視界が開けている。
コウは岩の陰に隠れるようにして背負っていた荷物を降ろす。私も彼に倣い、姿勢を低くして隠れる。
「これくらい距離があると大丈夫だと思うが、一応な」
そう言って岩の陰から体を出さないように気を付けながら長方形をした荷物の包み布を解く。
「狙撃をするって聞いてたけど、長弓に魔法でも使って撃ち出すの? それにしてはちょっと場所が遠いような……」
コウの簡単な事前説明だと、私が今いるこの山の中腹からリーゼロッタ=レグシオン城にあるとされている魔法防壁の発生装置を“狙撃する”らしい。弓や魔法を使用しての中、長距離狙撃も出来ないことはないし、現に彼は昔に一度だけ1000ヤード先の敵を弓で狙撃したこともある(最も、その時は魔道具と風魔法も併用していたらしい)。ここからお城まではその時の倍以上の距離があるが、出来ないことは……ないと思う。
「これを使う」
包み布の下には、黒色をした私の上半身よりも少し長めの鍵付き箱。コウは胸ポケットから鍵を取り出し錠前を外した。
「銃?」
中から現れたのは一丁の長銃だった。銃身は白銀色で銃把、銃床に至っては木目が鮮やかなクルミ材質に美術的な価値のありそうな彫刻を施されている。引き金は落ち着いた紅色の金属ではない鉱石が使われているようだ。
何より目を引くのはその機関部、私が知っているモノと違って火打石と受け皿がなく、代わりに短いレバーが横に生えているだけ。
「ボルトアクションライフル、
コウは申し訳なそうに、それでいながら自信たっぷりに笑った。
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