第8話


 本陣に到着した私たちを出迎えてくれたのは胃の弱そうな文官じみた男性だった。空の上から地上へ降り立った私は足元がおぼつかなく、船から下船した時みたいに足元がふわふわとしているように感じる。


「リッテルト殿、そちらのお二人は……」


 その男性は神経質そうな口調でじろりとワイバーンを労うリッテルトさんを睨んだ。


「ああ、クリオスタン殿。こちら『勇者』さまの縁者さんでフリージア子爵と護衛のヘンドリクス卿です。あとこれも」


 そう言ってリッテルトさんは肩掛けの鞄の中から一通の便せんを取り出した。私たちが出発する前にリカルドが身元を保証するために認めたものである。


「そういえば私、子爵だったんだ」

「それすらも忘れていたのか」


 むむ、そこまで忘れっぽくないですぅ。今の発言は再認識の意味を込めた独り言なのだから軽く流してほしい。

 リカルドやアールが無理やりにもぎ取って私に押しつけた爵位なのだから実感がないのも仕様がないだろう。そもそも、私は故郷のルカエルを治められるだけの地位があればよかったのに、あの発言力だけはある、話を聞かない二人が結託したお陰で子爵という分不相応な爵位を貰ってしまったのだ。

 気を取り直して、私は出来るだけ貴族らしく鷹揚に、優雅にお淑やかにクリオスタンと呼ばれた男性の前へと歩み出て一礼をする。


「このような恰好で申し訳ございません。わたくし、フリージア領を治めております、ルエル・フリージアと申します」


 ちらりとコウに目配せすると、空気を読んで騎士然としたきりりとした表情を作った。


「あー、えっと。フリージア騎士団? コウ・ヘンドリクスだ」


 要所、所々思い出しながら、詰まりながら彼は自己紹介を済ます。

 因みに一等、じゃなくてね。一応、我が領の騎士団で一番偉いという肩書だ。騎士団とは名ばかりの、彼ともう二人だけしかいない騎士団だけれども……。

 コウも私の事を言えないじゃないか。クリオスタン殿に気づかれない程度に肘でコウの脇腹をつついてやる、うりうり。

 クリオスタン殿が便せんを読み終えると、浅くため息を吐いて私たちに先ほどより幾分か柔らかい視線を向けた。


「確認致しました。フリージア子爵様とヘンドリクス卿ですね、長い空旅お疲れ様でした、生憎、野郎と敵兵と魔獣しか居ない僻地ですがどうぞごゆるりとお過ごし下さいませ」


 一礼、この人はこの言動が通常運行みたいだ。


「失礼、名乗るのを失念しておりました。私は本掃討作戦に於いて後方支援隊を率いております、レチェルト・クリオスタンと申します。ご両人は当軍の視察に訪れたという事ですので、先ずは作戦本部の方へとご案内いたしますが、よろしいでしょうか?」

 

 彼はどこか気苦労の絶えない笑顔を顔に貼り付けて遜る。


「ええ、頼むわ」


 クリオスタン殿は私たちを先導し、飛行便のその場から移動するように伝える。

 っと、その前に私たちをここまで運んでくれた二人に、リッテルトさんとそのワイバーンに感謝の言葉を述べる。


「ここまでありがとう。楽しい空の旅だったわ」

「いえいえ。こちらこそ話し相手になって頂いてありがとうございますコイツも喋らない荷物を運ぶより楽しかったでしょうから」


 そう言ってリッテルトさんはワイバーンの頭を撫でた。




 可愛らしいワイバーンと爽やかなその騎手に簡単に別れを済ました後、クリオスタン殿先導のもと、大きな荷馬車や木箱が並ぶ物資の集積所を通り抜ける。次に見えて来たのは、大小さまざまなテントとその傍で思い思いの時間を過ごす兵士たち。持ち込んだボードゲームや動物の皮でつくられたボールを蹴ったり投げたりして遊ぶ人や、静かに読書や勉強に勤しむ人、何をするでもなくただひたすら空を眺める人……最後のはちょっと危ないんじゃないだろうか?

 クリオスタン殿にどうして兵士たちが自由に休んでいるのか、詳しく聞いてみると、


「部隊毎に交代で休日を与えているのですよ。ずっと戦場に置いているとどうしても士気が下がり、作戦行動に小さくない支障をきたし出しますからね」


 その言にコウは感嘆の声を漏らした。


「先の大戦んときは『休日』って概念すらなかったのによくここまで制度化できたな」

「お褒め頂いていると受け取ってもよろしいでしょうか。大戦時は各国の軍が入り乱れての坩堝状態でしたからね。しかし本掃討作戦に参加している兵士のほとんどはラーヤレガスの兵で指揮もわが国の士官が務めているのでこのように色々と融通、もとい実験ができるのですよ」


 以外とラーヤレガス軍上層部はやり手らしい。あのコウが珍しく感心しているのだもの。


「しかしながら、少数ではありますが他国から派遣された兵も居りますのでその方々からは小言をよく頂戴致しますね。逆に、冒険者の方々からは好評ですが」

 そんな視察らしい話をしている内に、テント群の中でひと際大きな、正に“天幕”と呼べるような物の前へと辿り着く。

 いち個人の家屋くらい大きな天幕の前には護衛らしき兵士が二人、直立不動で佇んでいる。クリオスタン殿はその彼らに向って取次をするようにと指示を出す。

 片方の兵士が天幕の内側に這入って数分後、外で突っ立っていた私たちに許可が下りた事を伝える。よく訓練された彼らの所作に私も身が引き締まる思いだ。

 先にクリオスタン殿が中に入り私たちはそれに続く。天幕の内側は広く、幾つもの衝立や仕切りで囲われた小部屋が並んでいる。その小部屋の間を文官らしき人々が忙しく行ったり来たり、なかなか往来が激しい。


「忙しそうね」

「慌ただしい場所で申し訳ありません。当軍についての事務処理を一手に引き受けているのでいつもこの様な有様ですね」


 その真っ只中を我関せずといった感じで彼は通り抜ける。天幕の最奥、両側の垂れ幕で目隠しがなされた所の前でクリオスタン殿は立ち止まり、伺いを立てる。



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