第7話


「ん……」


 私はゆっくりと閉じていた瞼を開く。どうやらうたた寝をしていたようだ、あまりにも陽の光が暖かで気持ちよくて意識をいつの間にか手放してしまった。私は眠気を振り払うように目線を上げて辺りを見渡す。

 私たちの乗っているワイバーンは、谷間の中心をゆっくりと低空飛行している。両側には緑をたたえた崖がすぐそこへ迫っている。先ほどまで雲の上を飛んでいたというのに今は下に流れる川で泳いでいる魚を目視できるほど地上に近い場所を飛んでいるのだ。

 予定通りならば既に掃討軍の本陣へ到着しているはずなのだが、思っていたより敵の部隊が広く配置されていたようで、敵に発見されるリスクを最小限に抑えるために大きく遠回りして本陣へと向かっているとの事だった。

 リッテルトさん曰く、このルートならまず見つからないとのこと。

 おかげで最初の吹き曝しからうって変わって陽だまりの中をのんびり遊覧飛行だ。眠気にまけてうたた寝をしてもしょうがないだろう。うん、しょうがないに違いない!

 ちらり、後ろを振り返るとコウも同じようにうたた寝をしていた。あれだけ緊張していた人間の寝顔とは思えないくらい穏やかな表情をしている。



 懐かしい夢を見ていた。私たちの旅で最初の“仲間”と出会った時の事だ。

 聖域から出てきた私を迎えたのは木に宙づりにされた男性二人とそれを談笑しながら眺める同行者二人。ひとしきり驚いたり呆れたりした後、『結晶花』を持ってシハカの街に戻った。私の手から結晶花をかっぱらったエリカは、その日のうちに大胆にも、彼女さんの働いているお店の前で跪いてプロポーズ紛いの事をしたのだった。そして手ひどく振られてヤケ酒に付き合わされたのだ。

 懐かしいな、あの時はコウまで無理やりお酒を飲まされて二人してその日の夕食を戻してたな。その時のエリカといったらもう、顔をぐしゃぐしゃにして鼻水まで垂らしていたもの。悲惨すぎて笑いがこみ上げて来たのを覚えている。

 一緒に旅をしている最中にも幾度か商売をしている女性ヒトに手を出してはフラれてその都度、私とコウが慰めていたのを思い出して口角が上がる。

 懲りないというか、バカというか、それでも憎めない私の親友。元気にしているだろうか……いや、マリィという美人なお嫁さんがいるのだ、大丈夫だろう。


「リッテルトさん」

「ああ、お目覚めになられましたか。こんなに暖かいと眠たくなりますよね」

「ええ、本当に。リッテルトさんは大丈夫?」


 リッテルトさんは、慣れていますからと、気負うことなく静かにはにかんだ。


「この谷を抜ければ掃討軍の本陣が見えるはずです、私の仲間たちもこの物資をまだかと首を長くして待ってそうです」


 このワイバーンが運んでいるのは輜重ではあるのだが、どちらかというと娯楽製品の類がそのほとんどを占めている。壊れやすいものや手紙、ちょっとお偉い人向け品々など、あったらいいけど、無くても大丈夫みたいな品物ばっかりだ。

 掃討作戦が始まってからそう短くはない時間が経っているので、こういう輸送任務が度々なされているらしい。兵士たちには数少ない娯楽を提供してくれる貴重な輸送便なので人気がすごいらしい。どの方面にすごいかどうかは知らないけれど。

 エリカは掃討作戦が開始された一年前ほどからずっと前線で戦っているそうだ。なんでも魔法使い不足のこの世の中で攻撃魔法に特化した存在というのは中々貴重らしい。マリィから本人が書いた手紙を見せてもらったのだが、体よく使われているようで、やれ上官の出す指示が曖昧だ、やれ同じ部隊に配属された貴族さまのご子息がうるさいだ、やれ多くの(イケメン)男性から言い寄られているとか……なるほど、大変そうだと思った。最後のはちょっぴり羨ましかったりする。再会したら真っ先にそのことについて詳しく聞こうと心に決めた。


「まもなくです!」


 リッテルトさんがさっきよりかは大きめの声で私たちに呼びかける。

 色々とエリカと会ったら聞くことする事を考えているうちに谷の終わりに近づいていたようだ。コウは起きているのだろうかと、後ろを振り向いてみるとそこにはまだ穏やかに寝息を立てる彼の姿が。


「ほら、コーウー。おきてー」


 軽く揺さぶってもなかなか目覚めない。何時いつもならぱっとさっと直ぐに目を覚ます筈なのだが、空の旅序盤でガチガチに緊張していたのが影響してか彼の瞼は重く閉じられたままだった。

 彼の無防備な寝顔に私の悪戯心が刺激される。狭い空間の中で半身を捩じり、コウの両頬を指でつまむ。ふにふにと軽く伸ばしてみたりつついてみたり、それでも彼はまだ起きない。

 あまりにも目を覚まさないので、流石にキスをしたら起きるだろうと唇に触れるだけのキスをする。次に唇のすぐ隣にキス、頬、目尻ときて耳の近くに顔を近づけたあたりでコウが身じろぎをした。


「……なにやってんだ?」

「えっと、うん、なんでもない」


 コウの冷静な言葉に、しどろもどろになりながら私は素早く前に向き直った。

 熱くなった両頬に触れる。どうしてこういう悪戯って見つかると恥ずかしいのだろう。

 はっ、と目線を上げるとリッテルトさんが慌てて顔を進行方向へ、苦笑いをしていたようにも見えた。それは、私の両耳まで加熱させることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る