第6話
俺は地面を蹴り、斜め前へ跳んだ。イクストへのけん制に既に番えていた矢を放ち、クロウラーの間、3ヤードの距離を前方向へのステップで詰めて肉薄する。
クロウラーはどこにでもあるような直剣を素早く鞘から引き抜くと俺目がけて突きを繰り出した。
「殺意高いな! おい!」
俺は弓の鋼で補強した部分で直剣の勢いを逸らし、直剣を絡め取る。そのまま弓ごとクロウラーの手から弾き飛ばし、彼の手首を掴んだ。
掴んだ腕を綱替わりにして手繰り寄せるように接近する。掌底でクロウラーの顎を打ち、腹に肘鉄を叩きつける。怯んだ所で腕の関節を極めて足元を払う。
「ぐあっ!?」
思わぬ反撃にクロウラーはうめき声をあげた。
俺は関節を極めた状態で彼の背後に周り腕を締め上げる。無理やりに膝を折りかけた彼を立ち上がらせ、その状態のままクロウラーを盾にイクストに突進する。
クロウラーが足をもつれさせ躓き転びそうになった瞬間、俺は彼の背を蹴った。締め上げていた腕が軋み、ごきりと関節が外れる音が聞こえたのを合図に手を放す。大きな図体が線の細いイクスト目がけて吸い寄せられる。
イクストは驚愕に目を瞠りながらもそれを冷静に避けた。短剣を抜いてその後の俺の動作に対応しようとするのは、腐ってもプロだと実感させられる。
俺はその所作を眺めつつ横合いから姿勢を低くして彼の懐へ潜り込む。軽く体重を後ろに残して片足をイクストの手元目がけて蹴り上げた。
「あがっ!」
イクストの手元に蹴りが命中し、短剣が手元から離れ、あらぬ方向へと飛んでいく。素早く蹴り上げた脚を戻し、もう一方の脚で、二発目を男の下腹部に捻じ込む。イクストは苦痛に顔を歪ませ、その場に膝を落とした。
俺が腰から解体用のナイフを抜き、態勢を崩したイクストの喉元にそれを突きつけるのと、エリカが火を纏った手刀をイクストの首元に添えるはほぼ同時だった。
「動くな」
「なんだい、アンタやるじゃないの」
エリカは見直したとばかりに口元ゆがめた。俺はその賛美に目礼で返して、イクストの顎先を殴りつけた。
イクストは短いうなり声を上げた後、気を失い硬い地面へと倒れる。奴はそのまま放置して、俺は突き飛ばして地面を這っているクロウラーへ近づく。
「ぐえっ」
クロウラーの背中を踏みつける。彼はつぶれたカエルのような声を出し、命乞いをする。
「な、なあ! 魔が射しちまっただけなんだよ、分かるだろ!」
「分からねえよ」
俺はクロウラーの頭をサッカーボールのように蹴り飛ばし、意識を刈り取った。
「手慣れてるねぇ。あれかい、実は伝説の暗殺者の息子だとか?」
エリカは手に纏っていた炎をマッチを消すように振り払った。
「んな訳ないだろうが。それにこんなの全然さ。三人までなら何とかなるがそれ以上は自信がない」
第一、俺に一連の動きを仕込んだおじい様たち《師匠共》ならこの程度の事など鼻歌交じりにやってのけるだろう。
「無傷で大の男を二人も無力化したんだ、誇るがいいさ」
彼女の手放しの称賛に面映ゆい気持ちになりながら襲撃者二人を引きずり背中合わせに並べる。
「俺のリュックサックの中にロープがあるはずだ、取ってきてくれないか」
エリカに照れ隠しのついでに頼むと彼女は頭を横に振った。
「いいや、それより簡単な方法がある」
エリカはそう言うとローブの内側か薄紅色のついた透明な液体が入った瓶を取り出した。
栓を抜き、呪文を紡ぐ。
「“血よ流動たるその姿、我が命によりて限局せん”」
瓶に入っていた液体が螺旋を描き独りでに立ち上る。やがてそれは赤色をした細い一本のロープへと姿を変え、彼女の手へ落ちた。
「アタシ特製の縄だ。麻縄より頑丈でそれでもって長さは自由自在だ」
伸ばしたり縮めたり、リボンのようにくるくると回したり。蛇使いよろしく曲線を描いた状態でうねうねと動かしたり。
「便利なもんだな血術ってのは」
俺はロープを受け取り、襲撃者二人を簀巻きにしていく。そのロープはほんのりと温かかった。
「そうでもないぜ? これみたいに魔術的な処理をした溶液に血を溶かした物を使わないと形は変えずらいわ威力の調節はしずらいわで、散々だぜ? アタシだってふつーの魔法が使えるならそっちを使うさ」
憎まれ口を叩いてはいるがその顔は満更でもないという感じだ。
「こいつらは『結晶花』を横取りしに来たんだろ? しかも情報源は俺たちの交渉話からときた。こいつら以外に横取りを考えるヤツに心当たりは?」
「んー、無いな。風薫る瑪瑙亭に居た奴らの中で一番阿漕なのがコイツらで、一番稼ぎが少ないのもコイツらだったからな」
「そうか。なら心配はないか」
俺は二人を手早く縛ると、エリカがもう一本伸縮自在なロープを生み出し、簀巻き2つを木の枝に引っ掛けた。
縄は二日くらいで解けるらしいが、二日も宙づりで放置とは末恐ろしいことをするもんだ。
「武器はどうする?」
「使えるモンはもらっとけ。アンタ、長い剣は持ってないだろ。剣の一本でも腰に差してりゃ賊どもへのけん制にもなるさ」
彼女の忠告通りに、地面に転がっていた何の変哲もない直剣を拾い上げたくらいで、見えない壁の向こう側から見慣れた人影が歩いてくる。
「なにがあったの!」
開口一番、ルエルは驚きに目を見開いた。彼女の胸には水晶のように透明に輝く一輪の花が大切そうに抱えられていた。
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