第5話


 ルエルが木々の奥へと消えてから数分経った頃、大木の根に腰を掛けていたエリカが俺にこう訊ねた。


「なあ、聞いていいか」

「なんだよ狼少女」

「あのお嬢ちゃんとアンタの関係性がイマイチ掴めねえンだよな。あのお嬢ちゃんは修道女か何かだろ? ――しかし、巡礼の旅にしちゃあアンタは従者っぽくないし、かといって司教司祭の類でもねえだろ?」

「そうだな、俺は至って平々凡々な一般……平民さ」

「それでな修道女が男と二人で旅をするっての、それとなくイケナイ香りがしちゃう訳よ。どうなのさ、ねえ」


 エリカはにやにやとした笑みを浮かべて俺の出方を伺っている。その姿はまさにゴシップ好きの主婦そのものだ。


「俺はあいつの後見人兼保護者みたいなモンだ。あいつの居た修道院が燃えちまってな、運よく外に出ていたルエルと俺は助かったが、逆に言うと俺ら以外は助からなかった。そこでこの後の事を話し合った時に、アレは『故郷を見てみたい』って言ってな。俺も別に行く当てもなかったしあいつに付いていくことにしたって所だ」

「アンタはどうしてその修道院に居たんだ?」

 

 当てが外れ残念といった様子でエリカは不満そうな顔をした。


「行き倒れていたとこをたまたま拾われてな」

「そうかい。んで、その恩に報いるためにってのもあるのかい」

「そうだな、あそこのシスターには良くしてもらったからな」


 一拍、間を置いてから彼女は肩を竦める。


「ふぅん。ま、信じといてやるよ」

「なんだよそれ」


 エリカの生暖かい視線がなんとも居心地が悪い。嘘はついてはいないのだがな。


「俺からも一つ、いいか」


 一方的に個人的な情報を晒しておいて、やられっぱなしというのも性に合わないので先ほどの会話で出てきた疑問を吹っ掛けるとする。


「なんさね、お姉さんのスリーサイズ以外ならいいぜ」

「そんな貧相な体には興味ないな。『メル族』ってのは部族の名前だって解るんだが、『血術使い』ってなんだ?」

「いやん、そんなヤらしい目で……ってオイコラ」


 見事なノリツッコミをしてくれたエリカはため息を吐く。


「百聞は一見に如かず、見てろ」


 そう言ってエリカは自らの手の甲を小さなナイフで傷付けた。じわり、血かにじみ――、


「“火よ”」


 彼女が鍵となる言葉を吹き込むと、血液が球形のままひょろりと宙を舞い、暖かな光と穏やかな熱を放つ。


「自分の血液を媒体に行使する特殊魔法だ、これを血術と呼ぶ。そしてアタシを含む獣亜人のメル族だけがこの魔法を使えるんだ」


 小さな蛍火は彼女の掌へと移動し揺らめく。


「血術はメル族の中でも使えるのは少数だし、使えればそれだけで人間の貴族サマくらいの地位は保証される。けれど、アタシの適正はだったもんだから、アタシは部族でそれなりの地位を築くことも出来ないで在野に下ったってわけだ」


 やるせない思いを頭の中から消し去るかのように、エリカは蛍火を握りこみ消火した。


「まあ、適当に稼いで適当に女と遊べる今の生活はアタシには合ってたみたいだけどな」

「そいつは良かったな」


 かさりと草葉が揺れる。俺が弓を背中から降ろすのと、エリカがその方向を向いたのはほぼ同時であった。


「誰だ!」


 彼女が犬歯をむき出して吠えると、草をかき分けて二人の男が現れる。


「俺だよおれ」

「クロウラー!」


 短く刈り上げた黒髪に額に十字の傷、喧嘩慣れしてそうなお世辞にも万人受けするとは言えない容貌。それはあの宿屋で見た顔だった。


「あんたは、たしか風薫る瑪瑙亭に居たよな?」

「ああ、因みにそっちのハンラルドとは同業者だ」

「冒険者、か。それであんた達は何故ここに、仕事か?」

「ここに来たのは仕事ついでにお仲間の顔でも拝んでおこうかと思ってだな」


 クロウラーは腰に佩いた剣の柄を弄りながら下卑た笑みを浮かべる。


「はン、よく口が回るもんだ! コウイチ、こいつらは真面目にコツコツ仕事をするような質じゃねよ。どっちかっていうと山賊が街中を歩いているようなモンだ!」

「ソイツは酷い言いがかりじゃんよ」


 クロウラーの後ろに隠れるように佇んでいた片割れが口を開く。クロウラーとは対照的な線の細い男性だった。吊り目がちな細い目をハンチングベレーを目深にかぶり隠している。胸元と太ももに短剣が一本ずつ、動きやすい布製の服と関節と急所だけを隠す防具を着けている。それから彼は斥候役、もしくは後ろ暗い事を得意としているであろうと推測できる。


「イクスト、お前のやり口は重々承知してるさ。冒険者の拠点になってる宿でコソコソ聞き耳を立てて情報を仕入れ、あとは適当なを引き連れて横から獲物を掻っ攫う……。この前、ギルドから厳重注意を受けたばっかりだろ、いいのかよ今度は『注意』じゃ済まないだろうな?」

「別にギルドに報告するヤツがいなければいいだけの話じゃんよ」


 イクストと呼ばれた油断ならない立ち振る舞いをする男は嘲笑った。


「アタシも嘗められたもんだね!」

「シロウトの足手まといを連れた状態でどこまでやれるか見物だな」


 クロウラーの侮蔑にエリカは強がりを返すが、前衛二人にこちらは素人と魔法使いだ。分が悪いのは明らかだろう。


「なあ、狼少女」

「ンだよ、この状況わかんないのかっ!」


 彼女は賢い。この不利な状況から逃げる算段をもうつけている。その証拠に忙しなく周囲に視線を巡らしている。


「同業者っつってたが、敵だよな?」

「見て分かるだろうがッこの、アンポンタン!」

「オーケー。なら俺がやろう」

「素人が出る幕じゃねえよ!」


 エリカが吠える。クロウラーはいつでも剣を抜けるように半身に構えている。


「大丈夫、さ」


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