第3話

「ふぅん、ルカエルの街までの護衛ねぇ」


 風薫る瑪瑙亭へと場所を移し、傷心から幾許か回復した少女に一通り俺たちの事情を話し終える。俺は対面で幼い容姿にそぐわない仕草で顎を触る少女を注視する。店内には客がまばらにおり、食事や歓談をしている。勿論、俺たちも何も頼まない訳にはいかず、気分が落ち込んでいたエリカには温かいスープを、俺たちは安い紅茶を頼んだ。

 エリカ・ハンラルドは、外見は魔女見習いの少女に見える。少女らしい睫毛の長い瞳に少女らしい肉厚な頬、背丈は俺の半分ほどで少女が仮装をしている様にしか見えない。彼女は自分の年齢を二〇代前半だとしていたが、その口ぶりはサバを読んでいることを隠そうとはしない素振りであった。

 彼女の前には空になったスープカップが置かれていた。その淵を指でなぞり、事も無げにこう言った。


「いいぜ」

「ホントウにっ」


 がたり、と身を乗り出したルエルの肩を抑えて強引に席に押し戻す。


「馬鹿か、『私の故郷につれてって、報酬も少ないし護衛も貴女だけで二人を守ってね』って、あんだけの説明で二つ返事するヤツがどこにいるか。こんな依頼受ける奴なんて底なしのお人好しか、難癖つけてくるかの2択だろうが」


 くつくつとエリカは笑う。


「良かったな、嬢ちゃん。しっかり者の同行者が居て」


 嘲るような言葉にしてやられたとルエルは唇を尖らした。


「それで? お前は俺らに何を望む?」


 俺は少女然とした見た目に騙されないように目じりに力を籠める。


「アタシが出す条件は3つ」


 エリカは3本の指をまっすぐ立てて順番に折り数えていく。


「ひとつ、報酬はそれでいいが、アタシの食糧費と宿泊費はそっち持ち」

「ふたつ、仮に依頼を受けるとしてもアタシが護衛するのは王都まで」

「みっつ、これから“ある場所”へ行って『結晶花』を一株持ってくること」


 三つ目の条件が提示された時、俄かにこの場で食事をしている他の客が騒めいた気がした。


「まあ、なんだ、前二つは正直どーでもいい。アタシにとって重要なのは三つ目――『結晶花』の入手だ」


 聞きなれない単語に、俺はルエルの膝を小突いた。


「ルエル、『結晶花』ってなんだ」

「おいおい、そっちのあんちゃんの方が実はしっかりしているようで世間知らずってか?」


 エリカには聞こえないようにごく小さく囁いたつもりだったのだが、彼女は耳ざとく聞き取ったようだ。


「『結晶花』はね、これくらいの大きさの名前のとおり結晶のような形をした花の事よ」


 ルエルは机から少し上、マグカップ二つ分くらいの高さに手を翳した。


「清浄な空間にしか咲かない花で、生花なのだけれど一度摘めば“割れる”まで朽ちることはないと言われているわ」

「やけに詳しいな」

「童話になっているもの。『かがやきの花』っていう、賢い魔法使いから自由に姿を変えれる魔法を授かったお姫様が一目惚れした王子さまに“かがやきの花”に変身して王様に婚姻の許しを請うというお話よ。知らないの?」

「似たような話は聞いたことがあるが……」

「それで、そのお姫様が変身した物のモデルと言われているのが『結晶花』。これの“欠片でも”持って求婚すると成功すると言われているの」


 そこまで説明されて察する。エリカはこの花を手土産に先ほどの女性の機嫌を取りたいのだと。


「そんな半眼で睨むなよ、照れるだろ」


 エリカは花も恥じらうようにはにかむ。


「でも、『結晶花』は希少で上流貴族くらいにならないと手に入らないって聞いたのだけれど?」

「偶然に、生えてる場所に当てがついたんだよ。あとはそこまで行って花を摘んでくるだけさ」

「アンタが摘みに行くってのはないのか?」

「アタシじゃあ無理なんだ」


 素朴な疑問を投げかけるとエリカはバツが悪そうに目を伏せた。


「ま、とにかく! この条件なら受けてやれない事もないが、どうする?」


 エリカの値踏みするような視線にルエルは逡巡する。


「いいわ。これから宜しくね、エリカ」


 ルエルは右手を差し出す。俺に決定権はない、何故ならばこの旅はだからだ。


「握手はあとでだ。ホラ、行くぞ」


 エリカは彼女の手を取らすに手首を掴み、立ち上がった。


「行くって……もしかして今から『結晶花』を摘みに行くの!?」

「今行けば日暮れ前には戻って来れるはず。よく言うだろ。『善は急がば回れ、善行は一日にしてならず』ってな」


 二人は席を立ちそのまま店内を後にする。残された俺は一人、机の上に銅貨を置いてまだ残っていたカップの中身を飲み下した。


「いろいろ混じってるだろそれ」


 俺はそうぼやきながら重たい腰を上げるのだった。


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