第2話

 □


 護衛斡旋所の職員の口から出てきたのはある程度は予測していた言葉だった。


「ええ、ですから護衛の紹介は三人一組からが原則でして」

「それだと三人分の金額を払うことになるわよね」

「はい、なのでお客さまの『中堅で且つ単独でも護衛依頼を引き受けられる人物』という希望には添いかねるというのが現状でして」


 受付の中年ながらも楚々とした雰囲気の男性職員は、ハンカチで額に浮かんだ汗を拭った。


「護衛を1人だけ雇うのはムリってことよね」

「はい、重ねて申し上げますが防犯、安全面等を考慮いたしまして原則、護衛対象一組に対してかならず護衛三名以上のご契約をお奨めいたしております」


 ルエルは眉間に皺を寄せ、不機嫌そうな表情で男性職員を睨みつける。ルエルはなまじ美人なだけにその顔は怖かった。


「そんなに怖い顔するな。ここでゴネたって無理なもんは無理なんだろうよ」


 俺は肘をカウンターに乗せて傾いでいる彼女を窘める。あまり受付の人間に無理を言うものではない。

 修道院のある山麓の街、シハカに着いたのはつい先日の事だ。山を下り、面倒な手続きをして外壁を潜るのに一日、修道院から持ち出した雑貨をお得意様の商会に売り払い旅費を捻出するのに一日、そして今日、その商会長の薦めで護衛を雇う為に護衛

斡旋所に来ていた。


「でも」


 俺はまだゴネるつもりである栗毛の少女に頭を悩ませながら周囲を見渡す。

 銀行のような造りをしたこの建物には多くの人々が、ある人物は忙しそうに書類を運び、ある人物は入口横にあるカフェスペースで友人と談笑している。建物の奥では数名の屈強な傭兵……ここでは『冒険者』と言うのだったか、斡旋所の職員と打ち合わせをしたり仲間たちと軽食を摂っているのが見える。

 俺は一息吐き、ルエルの頭に手を置く。


「ここで斡旋するのは、ってことだろ。また商会長サンのとこに戻って別方面から探せばいいだけだ」


 この職員の言い方から察するに斡旋所を通したほうが護衛の質が高く、一人あたりの料金も安いのだろう。だが、“護衛”自体はここ以外でも雇えるのだろう質や料金などを度外視すればの話だが。


「ううう……」


 ルエルはその綺麗な容貌を苦渋に歪める。修道院を出るまでまともな交渉なんてしたことが無かったのだろう、相手のリードを取りたくて若干高慢になってしまっているようだ。


「すまないな、また出直すよ」


 俺は慰謝料代わりにと、つい先ほど換金されたばかりの銅色の高価をカウンターに置いた。


「――ですが一人だけ、紹介できるやもしれません」


 男性職員の声にルエルは伏せていた面を上げる。


「些か……いやとても特殊、というか独特な方なのですが、あなた方なら交渉することが可能かもしれません」

「ホント!?」


 ルエルはカウンターに身を乗り出し彼に迫る。


「え、ええ。性別は女性で冒険者としての位階は中級一位のベテランで魔法使い。依頼達成数は……ほぼ成功していますね。しかし素行に少し、」

「彼女に決めるわ!」


 全ての情報を言いきらない内に、彼の言葉を遮り、ルエルは即答した。あまりにも考えなしな行動に俺は苦言を呈する。


「おい、もう少し考えてだな」

「その彼女に! 決めるわ!」


 おい、張り合うのは俺にじゃねえだろ。

 



 斡旋所の職員に紹介され、訪れた宿屋はシハカの南端に位置する2階建ての素朴な建物であった。

 宿の名称は『風薫かぜかお瑪瑙めのう亭』。古びてはいるが看板は新しく、宿の中からは男女が騒ぐ声が漏れ聞こえている。よくある宿屋の造りで、一階部分は食事処兼酒場で二階が宿泊スペースになっている。間口は通りに面していて、街の四方にある街門のうちの一つである南門の近くだということもあり、利用客は尽きないようであった。

 この宿をくだんの冒険者、エリカ・ハンラルドは拠点にしているらしい。その日暮らしが多い冒険者は、宿屋を住まいにしているのは珍しい事ではないらしい。その例に漏れず、エリカという冒険者も一軒家や長屋を借りることはなくこの宿に住み着いているようだった。


「ここよね?」

「ああ、渡されたメモにはそう書いてあるな」


 俺は手元にある紙片に視線を落とす。斡旋所で記入してもらった簡易的な地図にはしっかりと宿の住所が描かれていた。ルエルが意気揚々と吶喊とっかんすると思いきや、彼女は宿屋の看板を眺めたまま動かない。


「どうした、入らないのか?」

「え、ええ。ちょっとまってね」


 そう言ってルエルは2、3度深呼吸をした。

「こういう所、初めてだからなんか緊張しちゃって」


 ルエルは力なく笑う。よく考えてみれば、これまで山から下りたことが無かったのだから気が張り詰めていても無理はない。斡旋所でもその気張り方が裏目に出ていたし、ここは俺が前に出るべきだろう。


「まってくれよぅ」


 そうこうしていると、宿屋の中から媚びるような女性の猫撫で声が聞こえてくる。


「だから待ってくれって……」

「エリカちゃん、私言ったよね? 『今度約束すっぽかしたら許さない』って」

「だからあれは仕様がなかったんだって! 仕事が急にはいっちゃってさぁ」

「知らないから、そんなこと」


 カラリ、とドアベルが鳴り、宿から出てきたのは二人の女性だった。片方は妙齢のすらりとした長身の女性、もう一人はポインテッド・ハットとんがり帽子を目深に被った小柄な女性だった。

 小柄な女性は長身の女性に縋り付き、長身の女性はそれに構わず建物から出る。ずりずりと、小柄な女性は情けない声で『どうにか』だとか『後生だから』とかダメ人間の常套句を発しながら引きずられている。とんがり帽子が地面を移動しているような奇妙な光景が繰り広げられ、にわかに人が集まってきている。

 宿屋から数ヤード移動したくらいで帽子を被った女性の腕力が尽きたのかその場に突っ伏したまま動かなくなった。


「ねえ、コウ」

「なんだ?」

「さっきのキレイな女性ヒト、あの子の事をって……」

「みなまで言うな」


 俺もそれには気づいていた。だが、同姓同名の赤の他人である可能性もあるし、何よりこの衆人環視の中でアレに声をかける勇気はない。

 頭が重いような気がして目頭をほぐしていると、いつの間にかルエルは地面とハグをしている女性のそばにしゃがみ込んでいた。


「ねえ、アナタ?」


 呼びかけに頭だけを浮かし、ルエルの姿を確認すると帽子の女性はため息を吐いた。


「なんだい、どんな美女からお声がかかったと思ったらガキかよ」

「むー! これでも一応、18は超えてますー!」


 心外とばかりにルエルは頬を膨らます。


「へいへい、それでその乳臭いガキがアタシに何の用だい」

「アナタ、『エリカ・ハンラルド』よね?」


 その一言ででエリカ・ハンラルドは少しばかりの警戒心を露わにする。目に見える反応の後、ルエルは不敵に高慢に口元をゆがめた。


「アナタに仕事の依頼を持ってきたのよ」


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