第13話

 馬車に揺られること数時間、幌の中でイチャついてる私たちに、食傷気味な風体でリカルドが声を掛けた。


「そろそろ村の門ですよ」


 私は荷台の後ろから頭だけを出して前方を眺める。


「あまり乗り出しすぎるなよ」

「うん、わかってる」


 コウはそんな私の腰を支えて荷台から落ちないようにしてくれている。こういう気遣いの出来る男は嫌いじゃない。むしろそんな気遣いも出来て手先も器用で腕っぷしも強いカレはとてもいい男だと思うのだ。

 馬車の進行方向に目を向けると、そこには2年間と変わらずに佇む木製の門と防壁代わりの柵が村の端まで続いていた。けれども以前の閑散とした雰囲気は消え失せ、検問所らしき建物とそれに列を成す多くの馬車や人々が居た。


「人、何か多くない? お祭りでもあるの?」


 私は中に戻って御者席に座っているリカルドの隣から上半身を出す。


「あれを見てください」


 彼の突きだした人さし指を追ってその方角を見る。柵の内側、どの建物からも離れた場所にぽっかりと空き地が広がっていた。以前は畑があった場所だ。今ではしっかりと踏み固められていて邸宅の建築予定地めいていた。

 リカルドの指先がつついと上に動く。私はそれを目で追う。

 白雲漂う青空、その一点を指した。青と白の空間の中に一つ黒い影が浮いている。影は次第に大きくなり、そのかたちがはっきりとしていく。四枚の赤翼をはた

めかせ空を駆ける鳥よりなお大きな獣だ。


「わあ!」


 ごうごうという風切り音と共に頭上を通過したソレは件の空き地に悠々と着地した。


「あれって翼竜ワイバーンよね!」

「そうです。ちょうど一年前程からですかね、王命でこの村に空戦部隊の基地と飛行便の基地を置くことになったんですよ」

「王命で? 珍しいことね」

「どうせ保守派の貴族が『ワイバーンなんていう危険な生物を王都に置ける訳ないだろうが』とか、民衆の支持を集めそうなリカルドを厄介払いしたいとか、そういう思惑が絡んだ結果だろう?」

「すぐ近くで見てきたように言いますね……」


 コウの現場で見てきたような発言にリカルドは苦笑する。

 ワイバーンや鷲頭馬ヒポグリフなどの空を駆ける魔獣を使役して空を移動するすべが発達してきたのはここ最近だ。特に飛行便……専用のワゴンを運ばせることによって、物資や人の高速輸送や空中散歩楽しめる娯楽事業全般の事だが、これがまた人気で、人手が全く足りていないらしい。しかし魔獣を使役するという危険性が付いて回るので人口密集地にはこれらの駐留所を置く事は出来なかった。

 だからこそ、エルビム村が空戦部隊基地兼、飛行便発着場として選ばれたのだろう。王都からそこそこの距離があって、保守派貴族からしたら“勇者”という存在の故郷でもある。警備主任として彼を押し込める道理も立つし、革新派からの批難も少なくて済む。リカルドも唯一の肉親である妹さんの近くで過ごせるとあれば彼に断る理由はないだろう。

 私たちを乗せた馬車は行列をごぼう抜きして検問所の前へと進む。律儀に並んでいる人々からの視線が痛いのはご愛嬌だ。

 木造の門を潜ろうとした所で、衛兵の男性に馬を止められた。


「お疲れ様ですクランカ様。そちらの馬車はどうされたのでしょうか?」


 衛兵の人は謹直ながらも肩の力が抜けた様子でリカルドに問いかけた。


「ご苦労。道すがら友人と出会ってな、これはその方々の持ち物だ。あと少し大物を狩って来たから、あとで集会所に来るように」


 リカルドがあくまで威厳のある上司らしく厳格に淡々と命令を下す。


「宴会ですね! 了解しました!」


 しかし、衛兵の男性はにやけ面を隠そうともせずに嬉々として敬礼をした所為で如何にリカルドが体面を取り繕っても意味はないのだった。


「意外と人望あるのねえ。あとエラそうなのは似合わないわね」


 馬をゆっくりと進ませて、リカルドは困った風に目尻をさげた。


「彼は遊撃騎士隊の同期なんです。魔王討伐軍は解体されて隊のみんなも散り散りに

なる予定だったんですが、僕に付いて来てくれた人が多くて助かってます」

「どれくらい居たの?」

「ざっと、半分くらいですかね。その殆どが『絶対この後コキ使われるから、助けてくれ』って言う人ばかりでしたね」


 村の中に入って馬車はある一軒家の前で止まった。以前にも見た事がある、リカルドとマリィの住む家だ。

 馬車から降りたところで、一軒家のドアが開いて一人の女性が出てくる。


「おかえり、兄さん」


 その人は間違いなく美女だった。艶やかに輝く長い紅髪を一房に纏めて正面に垂らしている。碧眼は優しさを称え、微笑みを浮かべている。緑の上品な綿のドレスを着こなして、しなやかでほっそりとした身体のラインがくっきりと出ている。貴族女性にはない素朴さを持ち、町娘にはない艶やかさと上品さを兼ね備えていた。


「もしかして……マリィちゃん?」

「その声は、もしかしてルエルさん?」


 私は慌てて馬車から飛び降り、マリィに駆け寄る。


「久しぶり! 最初誰だかわかんなかったよー」


 私は彼女を抱き寄せてチークキスをする。


「お久しぶりです。元気にしていましたか?」


 はんなりと微笑むマリィはこの国のお姫さまより美人だと思う。


「うん元気元気。マリィちゃんこそこんな美人さんになって」

「おい、セリフがおばさんじみてるぞ」

「なんですって!」


 つまらないことを口走る彼は放っておき、私はここに来る目的となったもう一人の

人物の事を尋ねる。


「結婚したんだってね、おめでとう! まさか相手があのエリカとは思いもしなかったけど……。つまらない物だけれど、結婚祝いも用意したからあとで渡すね」

「わざわざありがとうございます」


 マリィは恐縮しながらも嬉しそうに頬を緩めた。


「で、あなたの奥さまはいずこへ?」


 私がもう一人の奥さんの所在を聞くと、マリィはなんだか複雑そうな顔をして頬を掻いた。


「ちょうどウチを空けておりまして……」


 マリィは恐縮した様子でおずおずとそう言うのだった。


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