第12話


「ハハハ、まさかコウさん達の馬車だったとは。偶然ってのはあるもんですね」


 リカルドはずりずりと自分の2倍の大きさはあるだろう巨大鹿メガロディアを背負い引きずりながらはにかむ。


「こっちが驚いたさ。天下の勇者サマが街道のど真ん中でヒッチハイクしているんだからな」


 コウは優しい表情でそう言った。

 リカルドの話にると、食肉の確保と森の定期巡回の為に狩りをしていたのだが、普通の鹿だと思って追っていた獲物が実はメガロディアで、難なくトドメを刺す事は出来たものの、こんな大物を持ち帰る手段なんて用意しておらず立ち往生してしまっていたらしい。

 普通、こんな大きな動物を見間違うワケないのだけれど、そういう少し抜けている所がリカルドらしいっちゃあらしかった。


 コウは馬車から小さなホイールの付いた組立式の荷車の準備をしている。

 この簡易的な荷車は『馬車をもう一台用意するまではないけれど、多くの荷物を運びたい時に使える物』としてコウがルカエル城下の職人たちと共同で開発したものだ。

 素組みの状態でも使えるのだが、牽引部に魔導核という魔力を充填した動力源を取り付ける事によってあらかじめ付与されていた魔法が励起され、耐荷重の増加さらには軽量の付与魔法によって従来の馬車に連結することも可能になる優れモノだ。

 そんな痒いところに手が届くこちらの商品、なんと! 今なら大金貨一枚のお値打ち価格での提供です!

 ……大金貨一枚というのは紫水晶のペアグラスを購入したときにかかった金額とほぼ同じである。新しい馬車一台がその五分の一以下の値段なのだから売上はご察しである。

 ほんと男の子ってこういうの好きよね、としか言えない。


「何か面白いモノでも見つけたのか?」


 私が遠い目をしていると見当違いな発言をするカレ。私は半眼で頬を膨らますと、コウは三本の指で私の両頬をつまむ。尖った唇から空気が情けない音を立てて抜けていく。


「おっとすまねえな、汚れちまった」


 コウは慌てて私の頬から手を離す。つまんでいた場所にはくっきりと彼の泥まみれの指紋が残っていた。コウはズボンのポケットからハンカチを取り出して私の頬を拭く。


「コウ、鹿はこれに置いたらいいんですか」

「ああ。荷台に敷いてある絨毯は気にしなくていい。『撥水』の付与がされているからな」


 リカルドがメガロディアを引き上げると木製の荷台が軋み声を鳴らす。その際に垂れた血が絨毯の上を滑って土の上へと落ちた。

 この『撥水』付与の絨毯もルカエルで開発された物で、こっちは王都でも見かけるほどポピュラーな商品だ。魔法付与なので毛足のふかふかさはそのままに、ピクニックやお茶会などの外で気軽に使え、水を弾く性質のお陰で洗うのも簡単。私たちも

 コウは実益を兼ねた趣味でこういう商品を提案しては職人たちに作らしているのだが、当たりはずれが大きいのだ。毎回、この絨毯みたいにヒットしてくれれば我が領地の経営も楽になるというのに。


「この絨毯いいですね。これだと荷車や馬車で獲物を運ぶ時に毛皮の心配をしなくていい」

「そうだろ? 領地に戻ったら送ってやるよ」


 リカルドは絨毯を撫でて生地の滑らかさを確認している。確かに巨大鹿とかの大型の動物を運搬するときには特に使えそうだ。この手の動物は巨大故にその場で捌くのは難しいし、自重で毛皮が痛みやすい。馬車や荷車で運ぶにしても敷物を毛足の長い付与絨毯にすればきっと汚れも傷もつきにくいだろう。


「リカルドはどうして狩りに? 村に狩人さんがいるでしょう?」

「あーそれは、村の人口が増えてしまった所為で食肉の供給が追っついてないんですよねえ」


 だから村で腕の立つ若衆は皆、狩猟に駆り出されているらしい。狩りだけに。

 王都から買い付けている分もあるそうだが、やはり多額の金銭が掛かってしまうし、傷んでしまう物も多いそいうだ。


「“勇者”っていうネームバリューの効果で?」

「それもあるんですが……、実際に見てもらったほうがいいですね」


 リカルドはそう言うと、馬車の御者席へと座った。

 そこに座ったという事は馬の操縦をしてくれるのだろう。私とコウは幌の中へと這入る。馬車の後方からは生気のない鹿の目がこちらを見詰めていた。


「乗りましたか?」


 リカルドは私たちが搭乗したのを確認してから手綱を振るう。

 ガタゴトと馬車が揺れ、動き始める。同様に鹿の立派な角も上下に動く。ぼうっと、だらしのなく開く鹿の口元を見ているとなんだかそこから人語が紡ぎだされそうな気がしてくる。


「オマエ ヲ クッテ ヤロウカ」

「ヒェィ!」


 ぼそりと低音で囁かれた言葉に体が跳ねる。何ともいえない変な声が出ちゃったじゃないの。


「もー!」

「真剣ににらめっこしているもんだからつい、な」


 悪戯を仕掛けた当の本人はあっけからんとしたものだ。私はコウの肩をぽかぽかと殴る。


「鹿ってことは今晩はステーキだな」

「コウってシカを食べる時いつもステーキにするけど、何かこだわりでもあるの?」

「鹿肉っつったらステーキじゃないのか?」

「煮込み料理じゃないの?」


 二人して見詰め合う。


「煮込みも旨いけどな、やっぱステーキだろ」


 のっぴきならぬ拘りがあるようで彼はいつにもなく真剣だ。


「俺の故郷じゃあ、鹿が獲れたって聞いたら我先にと仕事放り出して食いに行くからな」

「そ、そうなの?」


 仕事を放り出してまで鹿肉を食べに行くって、コウの故郷の人々はどれだけ鹿肉・ラヴなのだろう。


「だから今晩はステーキな。ソースは任せろ、親父秘伝の味を魅せてやる」


 いつもよりテンションが高めなカレは、私に輝かんばかりの笑顔を向ける。

 私は期待しておくね、と目を伏せた。

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