第10話
間髪入れずに、エリカの威勢のいいテノールが響き渡る。ルエルの足が地面から離れるのとほぼ同時に土が爆ぜる。ルエルは茂みの中へ転がり込み、そのままぱたりと動かなくなった。
地面の下から爆炎と共に尖った木片が指向性を以て地竜へと襲い掛かる。
エリカが操る火炎魔法の爆発力を利用し、尖らせた木片と小石を鉄球替わりにぶちまける指向性地雷モドキの罠であったが、即席で作った物としてはこれ以上とない出来だと自負している。難点を挙げるとすれば、鉄球代わりの小石やらの準備がとても面倒くさいのと、エリカの魔法では時間を置いての起爆ができず、地雷そのものとしては落第点もいいところだ。
地竜は驚いたとばかりにその場で首を擡げた。爆風でそれなりの威力になっていたはずの木片たちは彼の鱗を傷つけ、小さいものを吹き飛ばしたが、それでも地竜本人からは致命傷になったという感じは全くしなかった。
「もういっちょ喰らっとけ、“炎よ!”」
エリカはダメ押しと言わんばかりに短い詠唱をし、握りこんでいた小瓶から薄赤色の液体を地竜へと投げ飛ばす。薄赤色の液体は、中空で球状の炎の塊となって地竜の顔面へと襲い掛かった。
轟。と地竜の頭を丸ごと橙色の炎が包み込み、破、と熱すらも無かったことのように魔法が霧散する。
「げぇ、ここまで無効化されちまうと滅入るんですけどっ」
無駄な追い打ちをした所為で地竜の敵愾心がエリカの方へと向く。
「離れろ!」
俺は地竜のほぼ真上から残り少ない矢の三本を撃ち放った。三本とも先ほどより強い引力を借りられたお陰か、難なく地竜の眉間へと突き刺さる。しかし地竜は動じずにエリカへと迫っている。
――浅い。想像以上に強靭であった地竜の
「リカルド! 私を守れ!」
エリカが吠えた。
「はいッ」
鋼鉄を打ち鳴らしたような音が鼓膜を震わせる。
それはエリカの前へ滑り込んだリカルドが地竜の顎を剣でかち上げた為に発せられた音であった。
「なんつう出鱈目な……」
ピックアップトラックのフロント部くらいはある地竜の頭が、腕力のみで打ち上げられた光景に俺は目を丸くした。
その隙にエリカは後ろへと下がり、リカルドは前へと出る。
「おおおおおッ!」
リカルドは鉄の剣を地竜の腹へと横薙ぎに打ち込んだ。
また、鋼鉄を打ったような音がする。地竜の鱗に剣を阻まれたのだ。だがリカルドは気にも留めずに剣を振り切った。
宙を泳ぐ剣先に赤い線が追随する。
リカルドの振るった剣が地竜の鱗ごと肉を裂いたのだ。
その光景に俺は絶句した。俺はリカルドの力量を過小評価していたみたいだ。
リカルドは一息の内に返す刀で逆袈裟に斬り上げる。しかしそうも簡単に事が運ぶはずもなく、リカルドが斬り上げる為に腕を上に振りあげた脇を狙い、地竜が短い前脚で彼を弾き飛ばしたのだった。
「がぁ」
リカルドはピンボール球のように地面を数回バウンドし、大木の根元に無防備な状態で背をぶつけた。
額は裂け血液が流れ出し、肌が露出している場所からは細かい切り傷や擦り傷が出来ている。気を失っているのか、地に伏したまま動かない。
エリカを助けて戦況の立て直したのも悪くない、一太刀入れたのも良い意味で想定を裏切ってくれた。
しかし、それだけだ。
リカルドが今日まで戦ってこれたのは『運が良かった』だけなのだろう。三人がかりでも地竜相手には敵わなかった。
「まさかこんなに強いとはな……エリカ、プランCだ」
俺はエリカに逃走戦へ移行したことを伝える。俺たちには目的がある。その為にはこんな辺鄙な森で息絶える訳にはいかないのだ。
「あいよ。“
エリカの手元から赤い水滴が中空に漂い、両刃の大剣を形造る。煌々と輝くそれは、彼女の腕の動きに合わせて地竜へと襲い掛かった。
地竜の目前で赤熱した魔法の刃が、周囲に熱を撒き散らす。先ほどの火炎球とは異なり、即座に霧散することはなかったが、地竜に触れた場所から白煙を上げて消失していくのが見てとれた。
地竜は魔法自体を無効化できてもその熱と物理的な圧力は無視できないのか、炎の剣から逃れようと身をよじる。だが、その都度エリカが行く手に炎の剣を滑らし、地竜の行動を制限する。
俺は彼女が足止めをしている内に、離れた場所で横たわっているルエルの方へ駆け寄った。
「おい、いつまで寝ているつもりだ」
ぺしぺしと、ルエルの頬を叩く。呻り声が上がったあと、泥にまみれてぐずぐずになった端正な顔を上げる。
「撤退だ。立てるか?」
「もう倒したの? ……って、まだ居るじゃないの!」
「だから撤退だ。リカルドがああなっちまった以上、一度態勢を立て直す必要がある」
ちらりと俺達やリカルド、エリカと地竜の位置関係を確認する。
「ルエル、お前はこのままこの場所に居ろ」
「リカルドはどうするのよ」
ルエルの澄んだ灰色の瞳に射ぬかれる。その瞳には確固たる意志があった。
「もちろん、ああ勿論助けるさ」
ルエルの頭を撫でて安心させる。
俺は、このままヤツをほっぽり出して王都へ向かう算段があると、討伐を断念すると言い切る事が出来なかった。
「おい、グズグズすんな! こちとら相性最悪の竜種を相手にしてんだぞ!」
痺れを切らしたエリカの怒声が地竜の咆哮にかき消される。我慢の限界なのは彼女も相手も同じようだ。
俺は腰に佩いていた短剣を抜いて、この場所において最も大きな木の傍へ走る。
大木の根元には木の中心近くまで切り込みが入っており、地面から7フィートほどの所には他の木々から伸びた蔦が太いロープのように一本に纏められ巻きつけられている。俺は大木の横へまわり、ホイッスルを吹く。
ホイッスルの甲高い音を受け、エリカの狼耳がピクピクと動く。エリカは俺を一瞥する。
俺はハンドサインで指示を出す。その指示に従い、エリカがリボンを扱う様に炎の剣で地竜を翻弄する。
右、右、前、左。俺は短くホイッスルで指示し、短剣をロープじみた蔦へあてがう。
再三、今度は長めにホイッスルを吹き、短剣で蔦を切り落とす。同時にドロップキックの要領で大木を蹴りその場を離脱する。
みしみしと音を立てて大木が傾倒する。その瞬間、エリカは炎の剣を自発的に霧散させ横に飛んだ。
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