第8話

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 何かと様々な言い訳を訊いた気がする。今日は日差しが悪いやらいつもなら鹿がここいらを通り過ぎるのに今日はそれが無いだの、どう考えても今思い付いた事を口に出しているだけだろうが俺は律儀に耳を傾けていた。それらはリカルドがこの森に留まり続ける為の方便であった。

 数多くの言い訳に共通していたことと言えば、二言目に『地竜を倒すまで』と続いたくらいか。『ですので、妹にはまだ帰れないとお伝えください』と、言い訳が思いつかなくなったのか、リカルドは腰を50度に折り曲げ頭を垂れた。俺としては今すぐにでも村にコイツ意地っ張りを引き摺り連れ戻して、さっさと首都へと向かいたいのだが、そうは問屋が卸さなかった。

 例の如く、ルエルが『なら、地竜とやらも倒しちゃいましょう』としれっと言い放ったのだ。今までの話を聞いていなかったのか? 俺は眉間を指で押さえながらどうやってこの馬鹿2名をどうやって連れ帰るか考える。しかし、エリカが『いいぜ、マリィからの依頼はリカルドを助ける事だ』とか何とか、いつもの彼女らしくない物言いで一石を投じたのだ。

 その結果、俺はこうしてリカルド先導のもと、件の地竜とやらの偵察に来ることになってしまったのだ。

 道なき道を進むこと数時間、地竜が寝床にしているという洞窟へたどり着いた。その洞窟は森の更に奥、小屋から徒歩で数時間かかる所にあった。隆起した断層のど真ん中に不自然に大口を開けている。辺りは拓けており、地竜が寝床とするために整地したのか、地表に根だけを残した樹木の残骸が見える。

 本来なら主戦力となるエリカがここに来るべきなのだが、当の本人が『戦略を立てるのはお前なんだからお前が見て来い』と小屋へ逃げてしまったので、戦闘能力が殆どないルエルに行ってもらう訳にもいかず、しょうがなく俺が行くことになった。エリカの言う事にも一理あるのだが、どうせ面倒くさいから俺に押し付けたいというのが本音だろう。


「見えますか?」


 ああ、と俺は草むらに身を隠しながら洞窟の奥を注視する。


「ウロコをごつくしたトカゲって感じだな」


 10ヤード以上離れているここからでも、ぬらりと煌めく緑色の巨体はよくわかった。

 その姿は竜というより大蜥蜴だった。四つの足と強靭な鱗、猪くらいなら丸呑みに出来そうな大きな口に大木と見間違うほど太い尻尾。すやすやと安らかな寝顔で器用に自分の尾を枕代わりにして寝息を立てている。その表情にはどこか愛嬌があり、やっぱり竜というよりオオトカゲだ。 彼(彼女?)のスケール感と名前負けしている容貌から意識を切り替え、戦力の分析へと思考を移す。


「見た感じ、腹の辺りは鱗が薄いか?」


 遠目からなので、いまいち分かりづらいが、背中周りと比べて腹部の鱗の大きさが小さく思える。双眼鏡でもあればよかったのだが、以前立ち寄った市場バザールでは、単眼鏡ですら中々どうして良い値段をしていた。生憎と無駄遣いできるほど旅費に余裕はないので、無いもの強請りになってしまう。


「ですね。逆に尻尾の根元と首元あたりはとても硬かったですね」


 硬かった。ということは試したのか……と呆れたが、ひと月も戦っていたら嫌でもそういう事は分かるか。


「――よし、戻るか」

「もう良いんですか? まだ一戦も交えていませんよ。何なら今すぐにでも突撃して……」


 リカルドは獰猛な笑みを浮かべて腰に佩いていた剣を抜く。すかさず俺はリカルドの後頭部をはたいた。


「馬鹿か、今回は様子見だけって言ったろ?」


 こいつはどうしてこんなに好戦的なのだろうか?


「ええー、もう帰るんですかぁ?」

「誰が好き好んで気軽に命賭けるかよっ」


 リカルドは露骨に落ち込み、剣を持つ手を緩めた。


「とにかく、周辺を一通り見てから戻るぞ」

「はい……わかりました……」


 リカルドは後ろ髪を引かれるように洞窟を背にその場を去った。




「おうさ、お帰り」


 地竜討伐作戦(仮)の拠点である山小屋まで戻ると、焚き木の前でエリカが豪快に骨付き肉を貪っていた。


「どうだった?」


 もちろん、ルエルの手元にも小ぶりな骨付き肉が握られている。ルエルはそれを小動物の様に小さく啄んでいた。

 空を見上げてみると、太陽は既に天辺を過ぎていた。彼女らは痺れを切らして一足先に食事にしたのだろう。

 俺は二人のように焚き木の周りの置いてある椅子代わりの丸太に腰かけた。二人が食べているのは大き目の兎なようで、エリカの横に半分ほどの大きさになった兎の全身骨格が綺麗に並べられていた。彼女の手元にあるのは3本目の腿肉のようなので、狩りで兎を2羽獲ってきたみたいだ。


「予想以下想定以上ってとこだな」

「ええっと、それって?」

「見た目は期待外れだったが、相手取るとなると骨が折れそうってこった」

「だろ? だから大抵は討伐隊が組まれるんだ」


 エリカはしたり顔でずびし、と大分骨が見えている骨付き肉を俺に向けた。

 彼女によると、討伐隊を編成して挑んでも十人中一人か二人くらいは重軽傷を負うとのことだった。


「それで、にわか軍師殿は何か策でも考えてきたのか?」

「人の事を俄か軍師呼ばわりするくらいならお前がやるか?」

「ほら、獲ってきた兎よ」


 エリカは似合わない爽やかな微笑みで俺に焼き立ての兎肉を差し出した。俺はそのあからさまなご機嫌取りに苦笑しつつも兎肉を受け取る。部位としては胸肉のあたりか。


「どうも。策なんて要るのか? お前一人いりゃああんなオオトカゲなんて消し炭だと思うんだがなあ」


 エリカは小柄で可愛らしい外見(本人談、我々はノーコメント)からは想像も出来ないが、火炎魔法の名手であり、火に関する魔法であれば王国でも名うての魔法使いであった。


「あー、ダメだ駄目。地竜は炎に耐性があるから私の得意な火炎魔法は効きが薄い」

「それ程なのか?」

「そもそもだ、竜とかいうヤツらには大なり小なりの魔法耐性があるんだ」


 エリカが言うには、竜種には上位種になればなる程魔法に対しての耐性が大きくなるらしい。最下位であるミニ・ドラゴンだと弱い攻撃魔法でも倒せるのだが、上位種の炎竜や氷竜あたりになってくると魔法によるダメージは期待できない。むしろ吸収したり倍化して反射したりするので、むやみに魔法は使ってはいけないのだそう。


「上位種か下位種かの見極めは大体、身体の大きさと知能の高さが目安かね。最上位種になると人語を理解して会話もするらしい。私は会った事ないけど」

「へえ、そうなんだ」


 ルエルも相変わらず兎肉を啄みながら傾聴していた。


「話が逸れたな……で、地竜なんだが、コイツは私の得意な火炎魔法に対してかなりの耐性を持ってんだ。代わりにその他の魔法に対しては耐性はゼロだけどな」

「つまり今回の戦闘ではエリカは全く役に立たない訳だ」

「うっさい!」


 エリカは犬歯を覗かせて、肉が一欠けらすら残っていない骨を俺に投げたが、俺は首の動きだけで軽く避ける。


「私だってなぁ、奥の手使えば地竜なんてラクショーよ楽勝」


 俺ははいはい、と等閑なおざりな言葉を返す。口ではああ言っていても“奥の手”なんて物は無い事を俺は知っている。


「それで、何か策はあるの?」


 やっと啄んでいた兎肉を食べ終えたルエルが興味深げに聞く。


「幾つか考えてはいるが……その何れもルエル、お前が要だ」

「わ、私がっ?」

「ああ、お前にしか出来ないんだ、頼む」


 俺は真剣にルエルの目を見る。彼女は驚いて瞳を見開いた。そして恥じるように顔を背け、決意を抱いた表情で自信満々に言い放った。


「まかせなさいっ」


 ルエルならそう言ってくれると思った。俺は自然と口角が上がるのを感じた。


「ええっと、この兎肉貰ってもいいんですよね」


 空気を読まないリカルドは焦げ付いた兎肉を嬉しそうに頬張っていたのであった。


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