第7話
「別に面白い事なんて無いぞ? 今期中に期限がある書類を王城に提出しに行ったのと、コンラッド鍛冶場主任に頼まれて何人かの職人を引き抜きに職人街に行ってたんだよ」
「なんだ仕事じゃないの」
「人に訊いておいてその態度は何だ」
「てっきり現地妻にでも会いに行ってたのかと」
「ルエルお前、どことなくエリカに言動が似てきたよな……」
コウはじとりと私に訝しげな視線を向けた。
「そうかしら?」
「恋人としては浮気に対してもっと過敏に反応すべきだと思うんだが」
「だって、コウは浮気なんてゼッタイにしないでしょう?」
前触れ無く端然と告げると、若干どもりながら虚勢を張ったのだ。
「そ、その自信は一体どこからくるのやら……。もしかしたら王城の中の使用人の一人や二人くらい囲っているのかもしれないぞ?」
「自分で『もしかしたら』と言っちゃった時点でそんなのはいないって明言してるって気づいてるのあなた?」
「ぐっ」
正論を突きつけられてコウは言葉を飲みこんだ。私に舌戦で勝とうなんざ十年早い。
「……あれ?」
勝ち誇っていると私たちの進行上に何かがゆらゆらと動いてるのが見て取れた。
「ねえ、ねえ。あそこで誰か手を振ってる?」
コウはどこだ、と荷台に置いてあった伸縮式の望遠鏡を引き延ばして覗いた。
「真っ直ぐ、道の傍」
「……ああ、いるな。というかよく見えたなあんな遠くの」
私にはもう少し大きく見えているのだが、彼からは麦の粒程度にしか見えないだろう。
「山育ちを舐めないでもらいたい」
「山育ちでもこの距離は見えねえと思うんだけどな」
「まあ、山育ちの元修道女ですし」
「便利な言葉だよな元修道女って」
コウはどこか遠い目で呆れていた。領地経営に簡単な魔法も使えます、なぜなら元修道女だから。
「ところで、馬車のスピード上げたか?」
「あそこで助けを求めてる人がいるのよ、早く行ってあげないと!」
「新手の盗賊かもしれないぞ? ああやって良心に付け込んで後ろからザクリと」
「この道で盗賊なんて居ないわよ。毎日警邏が巡回しているし、それに命がけの盗賊稼業なんかより復興需要に乗っかったほうが儲けれるわよ」
現在、王都近郊では、長年に亘って流通や新たな物流拠点建造の障害であった『深淵』の消失や、魔王討伐による魔物の生息範囲の縮小(どちらの事象も因果関係はイマイチはっきりしていないが)による開発ラッシュが起こっている。そのお陰か、今王都では人材が取り合いになっていて、場所によっては毎日高価な宿に泊まってもおつりがくるくらいの賃金を払う所もあるらしい。
大規模な開発があるとそこには人や物資が集まる。それは臑に傷を持つ人間も集まるということだが、今まで魔王討伐に駆り出されていた兵士も王都へ帰還しており、そのまま警邏隊に再就職した人も少なくはないと言うし、悪事を働こうにも捕まるリスクが大きく、さらには普通に働いたほうが普段の3~5倍の賃金を貰えるとあっては行商や旅行者相手の盗賊行為をする人間なんて、それこそ盗賊稼業に誇りを持ってる馬鹿くらいだろう。
やんやと言い合っているうちに例の人物がいる地点にいつの間にか、かなり近づいていた。
この距離ならコウの肉眼でも見えるだろう。身の丈はコウより少し高くてアールより低いくらい。上半身には黒色のスケイルアーマーを身に着けており、足元には黒鉄のブーツと白銀のキュイス。腰には何の変哲もない片手剣が佩かれている。パッと見は寄せ集めの防具を着こんだ地方から出て一山当てようとしている傭兵だ。
しかし、私たちは知っている。そのスケイルアーマーは炎竜や氷竜などの上位ドラゴンの鱗を寄せ集めて作った騎士鎧よりも頑丈でどんな攻撃魔法をも霧散させてしまう魔鎧だという事を。黒鉄のブーツと白銀のキュイスは、どちらも大精霊から授けられた万里を一夜で駆けることが出来る聖なる物であると。そして、腰に佩かれている剣はかの魔王を貫いた勇者の剣に他ならないという事を。
「おーい」
私たちは知っている。その声の主の事を熟知している。
「リカルド⁉」
満面の笑みを浮かべてこちらに走ってくる青年、勇者リカルド・クランカその人だと。
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