第6話
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コウが王都の往来で重要発言をした3日後、私たちはリカルドの故郷『エルビム村』へ馬車の進路を執った。エリカとマリィが結婚したという報せを遅まきながら聞いたあと、二人への結婚祝いを見繕ったり王都の観光をしたりと、久々の王都を満喫していたら何時の間にか三日も経っていた。急ぐ旅でもないので、これくらい行き当たりばったりのほうが私の愛する
王都に滞在中、全日すべてアールの所にお世話になった。その宿代の代わりなのか、王都を出立する前にアールからリカルド宛の蝋付された封書を手渡された。アールによると“勇者リカルド”への王様直々の召喚状らしい。そんな重大なものをこんなお忍び旅行中の辺境の領主ごときに託していいのかと疑問に思ったのだが、寧ろそっちの方が危険性が少なくていいらしい。何の危険があるのかは怖くて聞く事ができなかったが。
アールの情報によると、リカルドとその妹君、そしてその妻は故郷の村で慎ましくも充実した生活を送っているらしい。そのあたりの情報はコウの持ってるものと大差なかったので信用できるだろう。コウの少し古い情報をアテにしてエルビム村に行ったら誰も居ませんでした、みたいなことにはならないだろう。
がたごとと揺れる幌馬車の上で、相変わらず私は御者台から解放されないのだけれども、気持ちだけは軽やかだった。
リカルドとの再会が楽しみというより、その妹であるマリィと彼女の妻であるエリカに会って恋バナをするのに胸が高鳴っているという状態だ。あわよくば、結婚の先輩である彼女らから何か役に立ちそうな知恵を貰えれば万々歳だ。
幸いな事に目的地は王都から馬車で一日ほどの場所にあるので、このままゆっくりと進めば日暮れ前には着きそうだ。
「ねー、御者替わってよー」
私は馬車の床に座って黙々と作業をしているコウを呼ぶ。王都を出発してからここ数時間、コウは揺れる馬車の上でこちら側に背を向けて俯いている。大きな背中の端から、ナイフと、反対側には木片のようなものが見え隠れしている。
「少し待て」
その言葉に従って何も言わずに数分ほど待つと、コウは荷台から御者台へとのっそりと移動してきた。
「腕出せ」
御者をやっている人に腕を出せとか、手綱を握っているのにどうしろと。しょうがないので2本の手綱を右手に纏め、私の左隣に座った彼にもう片方の腕を差し出した。
コウは私の左腕を取ると木で出来たバングルを私の腕へと嵌めた。編み込みのようなデザインのバングルで、編目の中に赤色の色硝子玉が埋め込まれている。
「サイズが合ってるか心配だったが……、よかった。ぴったりだな」
「綺麗……これはコウが?」
「お前が洋服やらを見ている時に見つけてな。硝子玉を嵌めただけのバングルだったんだが、それだけじゃあちと寂しかったから編み込み風にしてみた」
コウは目を細め、その出来を確認するように私の手を持ち上げた。新たに模様を彫ったので元の大きさよりかは細く薄くなってしまっているそうだが、私が着ける分には違和感はない。むしろ木の優しさと模様の繊細さが、金属製のアクセサリーでは出せない味となっている。
「ありがとう!」
コウは照れ臭そうに頬を掻いた。それは5年近く行動を共にしていても中々見る事のない表情だった。そんなレアな彼の仕草に浮かれていても、私はその後に呟かれた言葉を聞き逃す事はなかった。
「機嫌直してくれた、か」
気の緩みからか、普段ならおくびにも出さない心の声を、運悪く馬蹄の音が途切れた瞬間に漏らしてしまう。コウはしまった、と自らの口を手で覆った。
「機嫌?」
「あー、いや、気にしないでくれ」
「それで納得すると思ってる?」
口の端を歪めて彼の瞳を見つめれば、コウは観念のため息を吐いた。
「思わねえな……。エリカとマリィの結婚について話してから口数少なかっただろ? 俺が詳しく説明しなかったことにヘソ曲げちまったのかなと思ってな」
そんなことか、と私は脱力した。口数が減っていたのは単に結婚祝いをどうするか悩んでいたからだ。親友の結婚祝いなのだ、そりゃもう全力全開で品選びをするだろう。
ちなみに祝の品として選んだのは紫水晶を薄く加工したペアグラスだ。こぶし大の紫水晶から削り出しで加工されたそれは、魔法細工師(書いて字の如く、魔法を使って様々な加工品を作る職人のこと)がひと月かけて極限まで薄く加工し、そこに一流の魔法付与師(付与魔法によって様々な『効果』を付与することを生業にしている人々のこと)が付与した物品の強度が増す『頑健』と中身の温度を一定に保つ『温度維持』、そして小さな傷なら即座に修復する『自動修繕』を付与している。値段は……下手をすれば首都の近郊に家を構えることができるとだけ。
「コウってば変に細かい所を気にするのね」
「うっせえ」
「結婚祝いを考えるのに夢中だっただけ。それだけよ」
私がちっとも気にすら留めていなかった旨を伝えるとコウは嘆息して嘲る。
「ならこのバングルは必要なかったか」
「でも、ご機嫌窺いじゃなくても何かくれる予定だったんでしょう?」
「まあな。折角の旅行だ、移動して飯を食うだけじゃあ味気ねえだろ?」
半ば無理やりに彼をこの旅にへと連れ出してしまったのだけれども、存外楽しんでくれているようで何よりだ。彼も長い間会っていなかった仲間と語り合えるのは嬉しいのだろう。
私は今一度、ありがとうとコウに感謝を述べる。飾らないその言葉に彼は恥ずかしそうにはにかんだ。そして手綱を両手で握り直してからふと、考える。
「そういえば私が買い物をしてる時、ちょくちょくいなくなってたわよね? どこ行ってたの?」
私が洋服やらを見ている時に、と彼は言った。確かに思い出してみると観光中、時折コウがその場を離れる事があった。その時は“まあ、コウだし”と全く気にしていなかったけど、改めてその事に意識を割いてしまうとどうにも据わりが悪いのだ。
「ん、野暮用だよ、野暮用」
真面目に答える素振りも見せず、コウはひらひらと手首を振る。
これは答えるつもりがないな、と彼の考えを理解した私はコウが最も苦手とする戦法へと切り替えた
「……じー。」
此れ即ち『とりあえずずっと見つめる戦法』だ。
「……」
「じー」
みつめる。
「おい、」
「じぃー」
とにかく、みつめる。
「だからよ」
「じーーー」
「前! 前見ないと対向から馬車が来たらどうするんだ」
大丈夫、道は真っ直ぐだし馬は賢いし、それに道幅は馬車3つ分が悠々と通れるくらい広いから。
「じぃぃぃぃぃい」
「わかった! わーかった、俺の負けだ」
目の渇きにも耐え、無表情を作り続けて痙攣しだしそうな表情筋を気合で押し込めてやっと、コウは諸手をあげて降参した。
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