第4話


 しばらく、小屋の周囲でキャンプファイヤーを作るための石集めや小屋の中にあった帆布はんぷを使い、たき火の上を覆う簡素な庇を増設したりテントを作成していた。

 小屋の中は行商人にうまく売られたのであろう、使い道のない雑多なもので埋め尽くされていた。人ひとりがやっと寝られるだけのスペースしかなかったので、急ピッチで野営の準備をすることになった。幸い、雑多な物の中に帆布や切りそろえられた角材があったので少し手を加えるだけで立派なテントを作る事が出来た。

 あとは薪を集めに行ったエリカが帰ってくるのを待つだけなのだが、数時間経っても彼女は中々戻ってこない。


「ねえ、ちょっと遅くない?」


 片手間に作ったウッドチェアの上で、ルエルが心配そうにきょろきょろと森の方へ視線を泳がせる。まあ、360度どこに向いても森林なのだが。


「ああ、少し遅いな」


 時間的に太陽は落ちていないのだが、元々日当たりの悪い場所だということ、それに予測通り今にも雨が降り出しそうな暗雲が空を覆い、そろそろ火を熾さないと視界の確保も辛くなるだろう。


「ちょっと探しに行くか」


 雨が降り出す前にエリカ《薪》を確保しないと寒い夜を過ごす事になりそうだ。俺はさっきまで地面に置いていた複合弓と矢筒を背負ってウッドチェアから立ち上がった。


「コウ、これも一応」


 そう言ってルエルが腰に差していた短剣を差し出す。長剣なら持っているのだが、森の中では振り回しずらいだろうという配慮か。


「おう、ありがとうな」


 俺は素直に短剣を受け取り腰に差した。ルエルはその行動原理から天真爛漫で傍若無人な娘だと思われがちだが、実はとても貞淑な少女である。言葉遣いこそ淑女のそれには遠く及ばないが、彼女の食事の作法や立ち振る舞いは上流階級でも通用するものであるし、このように人を慮る行動をすぐさま執れるのは驚嘆に値する。もしかすると、何にでも首を突っ込みたがるその性格さえ直ればとても優れた淑女になるのではないだろうか。


「どうかしたの?」


 ルエルはきょとんとした表情をする。ぱっちりとした灰色の瞳にシミ一つない白い頬、ふわりとした栗毛の長髪を後ろで一括りにしてルエルは小首を傾げている。

 俺はレディ・ルエルの姿をイメージしてみる。ルエルがファーチンゲール入りのドレスを着こなし、口元を扇子で隠しながらホホホと微笑む。


「いや、無いな」

「何が!」


 自分が馬鹿にされている空気でも感じ取ったのだろうかルエルが声を張り上げて抗議した。


「よし、行って――」


 装備の確認も終わりあまり気乗りがしないまま緩慢な動作で伸びをした、その時だった。目の前の草むらがガサリと大きく揺れた。


「ヒッ」


 ルエルが短い悲鳴を上げる。その声に応えるようにがさがさと草むらが大きく揺れる。


「ね、ねえ。何か居るんじゃ……」


 次第に大きくなっていく音にルエルが怯える。辺りは分厚い雲の所為で暗く、湿った冷たい風が時折吹き抜ける。昼間とはうって変わって陰鬱で気味の悪い雰囲気だ。なるほど、さっきからルエルの落ち着きがなかったのはこの所為か。

 俺は弓に矢を番え、がさがさと揺れ続ける草むらに狙いをつける。

 草むらが一際大きく揺れ、突然そこから黒い人影がゆらりと姿を現す。


「でででで出たああああ!!」


 ルエルが半狂乱になってウッドチェアから転げ落ちる。人影はゆらり、ゆらりとこちらに真っ直ぐ向かって来る。俺は弓を引き絞った。


「おぉい」


 人影から苦しそうな声がする。


「何やってんの! 早く撃ちなさい!」


 ルエルが涙目になりながら指示を飛ばす。


「だ、だってよぉ」


 俺は決めあぐねていた。何故ならそのうめき声に聞き覚えがあったから。


「はぁやぁぐ」


 人影はうめき声を上げて左右にふらつく。その姿はゾンビにも幽霊にも見えとても不気味だ。しかしそれでも俺は弓を引き絞ったまま静止する。


「もう! そんな優柔不断だから女の子に逃げられるのよ、このニブチン!」

「それは関係ねえだろ!」


 そんなやり取りをしている間にも、うめき声がどんどんと近づいてくる。そして俺たちの10フィート程手前で人影はいきなり前のめりに倒れた。


「ふみゅぅ」


 何か変な声が聞こえ、ソレは動かなくなった。ルエルを一瞥すると顎をしゃくり、『見て来い』との事。俺は舌を出して首を横に振った。


「うぉおい……早く助けろ……」


 地面に伏してるソレから、助けを求める声が聴こえる。俺は弓を下ろし、訝しみながら恐る恐る近づく。


「そんな所で見てねぇで助けろ……助けて……」


 よく見てみると、黒い人影だったのは気絶している男性だった。そしてその下ではエリカがぜえぜえと呼吸を荒げながら狼耳をピクピクと痙攣させていた。


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